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【パレット上の戦火】 第32話


「戦火の果てに」


指令室では依然、誰も口を開くことができない状態であったが、その静寂を打ち消すように、地面を揺らす衝撃音が轟いた。

「何の音だ!?敵襲か?」
アモンが慌てて指令室のモニターを確認すると、トリスの燿羽衣飛去来器《ヨーウィーブーメラン》が、地面に突き刺さっている様子が映し出された。
「トリスさんのブーメランだ!」
トリスが、地下で最後の力を振り絞って投げたブーメランは、来た道を辿りボゾンゲートを抜けて、VEX本部に戻ってきたのであった。

「私が回収してきます。」
と、指令室にいたトリスピーカーは、ブーメランが刺さった場所へ向かった。その場に辿り着くと、ブーメランに括りつけられた端末を発見し、中のデータを確認した。
(これは、凛花さんへ向けたメッセージだ。届けなければ。)
トリスピーカーは、ロケット発射場へ向かった。

その頃、花、ライアン、凛花の3人はロケット発射場に到着していた。発射場では田中所長の指示の元、機械工と作業員たちが発射の準備をしているところだった。
「所長、ご苦労様です。発射の準備はいかがですか?」
と、凛花が田中に声を掛けた。
「コンピュータが使えず、手動でいろいろと行っているから、どうしても時間がかかるね。燃料の準備も含め、もう少し時間が必要だな。」
「わかりました。引き続き、お願いします。」

そこへ、トリスピーカーがやってきた。
「ずいぶん、遅かったのね。」
「凛花さん、トリスさんのことはご存知ですか?」
「…もちろん知っています。私は仮にも、司令官代理ですよ。」
「人間はこんな時、深く悲しむものだと思っていました。」
「私はトリス・カスガイの妻です。任務を全うせずに泣いていたら、あの人に叱られてしまうから。」
「人間の感情というのは、私には理解が難しいです。
実は、トリスさんが最後に、地上に向けてブーメランを投げていたようなんです。それが到着したので、確認にいっていました。」
「あの人、最後にそんなことをしたのね…」
「ブーメランにはトリスさんの端末が、括りつけられていました。データを確認したところ、音声ファイルでした。あなたへのメッセージも記録されています。」
そう言って、トリスピーカーは凛花に端末を渡した。
「…ありがとう。後で聞いてみます…」
相変わらず気丈に振舞う凛花であったが、潤んだ瞳が太陽の光に照らされて輝いて見えた。

そこへ作業員の1人がやってきて、凛花に声を掛けた。
「先に内部の準備は整いましたので、ご搭乗頂けます。」
「わかりました。ありがとう。」

「花ちゃん、ライアン。ロケットの中の準備は整ったみたい。先に搭乗しておきましょう。トリスピーカー、2人のアテンドをお願いできる?」
「お任せください。花、ライアン、行きますよ。」
2人はトリスピーカーに連れられ、ロケットに乗り込んでいった。
2人が乗り込んだ後も引き続き、機械工と作業員は出発の準備を行っていた。

その時、空から複数の飛行物体が現れ、ロケット発射場から少し距離が離れた場所に着陸した。
アモンは、その様子を指令室のモニターで確認していた。
(発射までもう少しなのに!)
アモンは即座に警報ブザーを鳴らし、ロケット発射場のスピーカーから敵襲を知らせた。
「ヴァーリアント襲来!!ヴァーリアント襲来!!総員、武器を取り、敵襲に備えよ!!」

ほどなくして、怒りに満ち溢れたヴァーリアントが、飛行物体から降りてきた。故郷である地下都市を崩壊させられ、マザーも殺されたことを知った、残されたヴァーリアントたちは、完全に我を失っていた。
「莠コ髢薙?逧?ョコ縺励□??莠コ繧る??′縺輔↑縺?シ」
(人間は皆殺しだ!1人も逃がさない!)
雄叫びのような奇声を上げると、一斉にロケット発射場へ乗り込んできた。白日の下で見たヴァーリアントは、今まで無機質に感じていたその体表が、極度の怒りによってなのか、鉄が熱を持った時のように赤みを帯びていた。

その光景を見た凛花は、即座に指示を出した。
「みんな、武器を持って!ロケットを死守して!」
機械工や作業員たちは銃を手に立ち上がり、指令室から研究員たちも武器を握りしめ、飛び出してきた。彼らは懸命に戦うも、ほとんどの人員は戦闘経験がなかったため、無残にも次々と殺されていった。

(まずい!このままじゃ、ロケット発射までもたない!)
凛花がそう思った時、衝撃波が数体のヴァーリアントを一気に蹴散らした。そこには、体中包帯だらけの状態で、U-MEを纏うジェシカの姿があった。「ヴァーリアントは私に任せて!みんなは、ロケットの発射準備を急いで!」
と、ジェシカは満身創痍の体で叫んだ。
「そんな状態で戦える訳がない!下がりなさい!」
と、凛花が止めようとした。
だが、凛花の言葉を聞かず、ジェシカは戦いを続けた。

奮闘するジェシカであったが、1人で抑えるのは難しく、数体はロケットまで辿り着いてしまった。
「蝨ー逅?、悶∈騾?£繧九▽繧ゅj縺具シ」
(地球外へ、逃げるつもりか!)
そう叫んで、ヴァーリアントはロケットを破壊しようと攻撃を仕掛けてきた。
「荳?莠コ繧る??′縺輔↑縺?シ√♀蜑阪◆縺。莠コ髢薙b縲∵?縲?→蜈ア縺ォ貊??繧九?縺??」
(一人も逃がさない!お前たち人間も、我々と共に滅びるのだ!)
さらに攻撃を受けると、その衝撃でロケット内が大きく揺れ、一部の機器が破損してしまった。
「花ちゃん、大丈夫!?」
「うん、大丈夫。」
「きっと、外で何かあったんだ。様子を見てくる。」
「気を付けてください、ライアン。私は壊れた機器が、発射に影響がないか確認し、修復を試みます。」と、トリスピーカーが言った。
ライアンが窓から外を覗くと、目の前でジェシカがロケットに近づいたヴァーリアントと、戦っているところだった。
「姉ちゃん!」
窓越しに叫んだが、ジェシカには聞こえなかった。

戦い続けるジェシカを見て、凛花は考えた。
(きっと、彼女はもう止まらない…)
そして、全員に改めて指示を出した。
「ジェシカが戦ってくれている間に、残りの作業を急いで進めて!必ず、ロケットを飛ばして!」
残った機械工と作業員は、手分けしてロケット発射の準備を進めた。

決死の覚悟で戦っていたジェシカであったが、1人で戦うには限界があり、次第にヴァーリアントに囲まれていった。力を使い果たし、地面に膝をついたところに、ヴァーリアントの鋭い触手が、容赦なく四方八方からジェシカの体を貫いた。
ジェシカは残された僅かな力で、フレイルの先端の鉄球を爆発させ、周りのヴァーリアントを一掃したが、自分も爆発に巻き込まれてしまった。
(くっ、ここまでか… ごめん、ライアン…)

その時、ライアンが、トリスピーカーに向かって叫んだ。
「トリスピーカー、ハッチを開けてくれ!!!」
「駄目です、ライアン。危険です。」
トリスピーカーの制止を聞かず、ライアンは搭乗口に向かい、手動でハッチを開けてしまった。飛び出ようとするライアンに、心配した花が声を掛けた。
「どこ行くの、ライアン?」
「花ちゃん。心配しないで、ちょっと待っててね。僕が必ずロケットを飛ばすから。」
花は、不安そうな顔で頷いた。
「後で渡そうと思ってたんだけど、実はお父さんから、これ預かってたんだ。君へのメッセージが入っているって。」
そう言うと、ライアンは風浦から預かった端末を花に渡し、タラップを駆け下りて、ジェシカの元へ向かった。

倒れているジェシカに駆け寄ると、酷い状態であった。
触手により体を貫かれ、自身が起こした爆発で全身火傷を負っていた。それはライアンから見ても、助かるような状態ではなかった。
「姉ちゃん!姉ちゃん!!」
ジェシカは、やっと目を開けてライアンを見つめた。
「僕が姉ちゃんの代わりに戦って、みんなを守る!必ずロケットを発射させる!」
ライアンは、目から大粒の涙を流しながらも、力強い言葉を発した。
「………」
ジェシカは、声が出なかった。
それでもライアンの頬に手を当てると、涙を拭って優しい笑みを浮かべた。
「ありがとう、姉ちゃん…」

「…だ…い…す…き… ラ…イ…ア…ン…」
振り絞って出した言葉を最後に、ゆっくりと目を閉じた。
ライアンはジェシカの額にキスをすると、預かっていたペンダントを自らの首に掛け、ジェシカのU-MEを装備し、立ち上がった。

「凛花さん!」
と、ライアンは離れた場所で戦っている凛花に向かって、大きな声を張り上げた。その声を聞いた凛花は、ライアンの方へ視線を向けた。
「僕が戦います!ロケットを飛ばすまで、絶対にここを守ります!ロケットには僕の代わりに、凛花さんが乗ってください!」
凛花はライアンの代わりに自分が乗ることにためらいがあったが、彼の覚悟を受け止め、代理で乗ることを決断した。
「ライアン!」
凛花はそう叫ぶと、ライアンに向かって敬礼をした。
「早く行ってください!花ちゃんをお願いします!」

凛花が急いでロケットに乗り込もうとすると、搭乗口で花が不安そうな顔で立っていた。
「凛花さん…」
「花ちゃん、私と一緒に乗ろう。」
「ライアンは、どうなるの…?」
「ライアンは今、VEXの隊員になったの。VEXの隊員は地球と人々を守ることが使命なの。パパと一緒だよ。だから、あなたは、戦うみんなのためにも、生きなきゃね。」
「…………わかった。」
花は、顔をくしゃくしゃにして泣きながらも、精一杯返事をした。

遠くに見えるライアンの雄姿を、花は窓から暫く見守っていた。
凛花はそんな花の様子を見て、そっとしておいてあげたかったが、いつ出発のタイミングが来ても良いように、花を座席に座らせ、ベルトを締めた。「トリスピーカー、内部の状況はどう?」
「所々やられていますが、発射に影響がありそうな部分だけは修理しました。一部修復不可能な部分は諦めます。」
「了解。では、ハッチを締めて私も座ります。あなたもどこかに体を固定して。」
「花の座席の下が丁度良さそうなので、簡易的に固定します。」


2人が座席に着いた頃、ライアンは皆を守りながら、新たに襲来したヴァーリアントたちと戦っていた。
「皆さん、まだ発射できませんか!?」
「ライアンさん、もう間もなくです!」
「急いでください!僕一人じゃ、長くはもちません!」
ギリギリの状態で戦っている中、作業員が声を上げた。
「燃料の準備、完了です!」
「了解です!エンジン点火します!」
大きな音を立てて、エンジンが点火された。

その瞬間、建物の陰からモリスの愛犬ヴァンが飛び出してきた。
ヴァンは、ロケットのエンジンが点火すると、首輪の通信機が反応し、ロケットへ向かうように訓練されていた。それは、誰がロケットへ乗ることになろうとも、ヴァンも一緒に連れて行ってもらうための、モリスの愛情であった。

吠えながらロケットに駆け寄ってくるヴァンを、花が発見した。
「ヴァン!見て、あれヴァンだよ!」
凛花が驚いて窓を見ると、確かにロケットに向かってくるヴァンの姿があった。
「花ちゃんは、このまま待ってて!私がハッチを開ける!」
凛花はベルトを外し席から立ち上がると、急いでハッチを開けた。ヴァンは尻尾を振りながら、凛花に飛びついてきた。凛花は、そんなヴァンを抱きしめると、自分の座席へ連れて行き、その下に伏せさせた。


「ロケット内部、聞こえるか!?」
「聞こえています!」
「後は、発射装置を起動させるだけだ!準備はいいか!?」
「準備は出来ています!お願いします!」
そう確認すると、田中所長は発射装置を起動させた。

ロケットは凄まじい砂埃を巻き起こし、上空へ飛び立った。宇宙そらへと向かうロケットが小さくなっていく姿を、ライアンは誇らし気に見送った。
「これで心置きなく戦える!かかって来い、ヴァーリアント!」


ロケットが飛び立った後のVEX本部では、研究員のアモンと佐々木だけが残っていた。
「アモンさん、無事ロケットが飛びましたね。」
「そうですね。ひとまず、目標達成ですね。」
2人は固く握手をした。

「……ん!?」
佐々木が異変に気付き、モニターを確認した。
「どうしました?」
「オーストラリア近海の海底に、凄まじいエネルギー反応があります!」
「えっ!?どういうことですか!?」
「分かりませんが、徐々にエネルギーは増幅しています!」
「何故、今頃になって…」
「ここは大海蛇《シーサーペント》が、沈んだ場所です。」

「自爆指令は2体に出ていたんだ… 
おそらく大海蛇《シーサーペント》のコアは破壊しきれずに、海底へ沈んでいて、エネルギー反応が微弱だったから、我々は気付かなかったんだ…」
と、アモンは落胆して呟いた。
「徐々にエネルギーが溜まっていったんですね… このままでは大爆発を起こします…」
「もう、我々には止める術はありません… 最後に出来るのは、祈ることくらいですね…」
2人は座り込み、神に祈るように目蓋を閉じた。


暫くして、大海蛇《シーサーペント》のコアは、海底で大爆発を起こした。爆発は、海面を大隆起させ、凄まじい津波を発生させた。その津波は大地を飲み込み、都市を飲み込み、全てのものを飲み込んでいった。
そして、人類もヴァーリアントも全て飲み込まれ、絶滅してしまったのである。
大海蛇《シーサーペント》の生命力が弱っていたため、爆破規模が抑えられ、地球壊滅までには至らなかったのが、唯一の救いであろうか。


こうして、人間とヴァーリアントの長きに渡る戦いは、終焉を迎えたのであった。



文:夜田わけい
イラスト:蔦峰トモリ



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