(雑記)パチンコとジンクス
パチンコを打ち続けていると、自分なりのジンクスと言うものが生まれる。
“あの機種は相性が悪い”
”眠い時に打つと負ける“
”体調が悪い時に打つと勝ちやすい“......。
何度も行く内に体感として得た物がジンクスになる訳だが、コレを信奉してしまうとオカルティクスの魔女*に近付く為、良くないと思う
(オカルティクスの魔女*=海物語の甘デジで大当たりが終了した後画面を撫でる老人の総称)
さて、そんな俺はと言うと......
自分の作ったジンクスで雁字搦めである。
連チャン中に隣の台に座る人間が居たら連チャンは終了するし、俺にだけ微笑まない時短突破機は多数存在する。
と言うわけで、負けるなら負けるで一つも瑕疵無く負けたいと思っている癖に、理由付けしてしまう自縄の自縛霊と化している訳だが、ここ最近で新たなジンクスが一つ増えた。
それは“少し遠出をしようかな......と思った時に地元で済まそうとすると負ける”ジンクスである。
電車で2、30分程度の場所にある店には近場には無い台がある。
何度も打つ内に褪せてしまった近場の店の色を取り戻す為にも一度、物理的な距離を取ろうと思うのだが、昨今の状況を鑑みて結局褪せた店に向かい、そして自分が灰色になる事が多い。
そう思う時は大概勝っていて手持ちがそこそこある時なのだが、何故か音速でサンドに溶けていく。
結局財布の中身は“ちょっと手持ちが増えたから、コレを元手にして増やしてやろう”なんて言う甘い考えと共に雲散霧消するのだ。
そして今、ちょっと勝っている。
そして、ちょっと遠出をしたくなっている。
ただ負けた時の帰り道の気だるさや、近場で遊ぶ事の楽さが俺を遠出から遠ざける。
だが俺は分かっている。
遠出をせずに1パチでちょろちょろ遊べたら良いなあなんて考えていると、5000円くらい呑まれてカッカしながら20スロでヒリつきに行って、レギュラーを一回引いて呑まれて手持ちが2000円くらいになった辺りでまた1パチに舞い戻り、そこが終の棲家になるのだ。
この予言じみた考えさえも敗北のジンクスに繋がる可能性があるが、何回もこの流れを繰り返しているので多分そうなるんだろうなと思いつつ、上手い事行ってめちゃくちゃ勝てないかなあとか思っているので始末に負えない。
......ジンクスを確かめに行っている訳じゃないのだから、素直に出玉の増減を楽しめば良いのでは?と心の声が聞こえた。
それではまた今度。
追記:もしかしたら勝つまでこう言った記事は上げない方が良いのかも......と思って上げなかったけれど、コレを書いた次のパチンコでものの見事に負けた。
ジンクス違いに翻弄されている。