囚われの姫君

外の光が差し込まないオフィスで仕事をしている。

コロナ禍というデンジャラスゾーンの真っただ中で何とか再就職にこぎつけたのが昨年の10月。
新入社員として入社してから約3年3ヶ月勤めた会社を辞めた時には「こんな業界、二度と戻るか」と意気込んでいたはずだったのに、気が付けば職種こそ異なるものの同じような業界・同じような専門用語が飛び交う仕事で僕はサラリーをもらう生活に落ち着いていた。
結果としてあんなに嫌いになっていた業界の経験に救われた形である。

「この業界にいても自分の未来予想図に何も描かれない」
そんな気持ちで辞めた人間がまた同じような場所で続けていけるのかと思ったが、不思議と今の職場に落ち着きを見出しつつある自分が確かにいた。

所変われば品変わる、とは言ったものだ。
無職期間中に知人に転職相談をした際に
「話聞く限り、その会社が正義ちゃんに合わなかっただけじゃねえの?」
と言われたが、全くその通りになった。
今更ながら無職期間中に色んな人の話を聞けたのはいい経験になった。
今後友人・知人が転職で迷うことがあったら僕も同じような話を出来るよう備えておこう。
それこそ転職体験記をnoteにまとめてもいいかもしれない。(皮算用)

閑話休題。

そんな訳で今の会社で一応自分の居場所を確保は出来たのだが、今のオフィスにちょっとした不満がある。


自分のオフィスに、外界の光が一切差し込まないのだ。


入社当初、自分が所属する部署のフロアとして用意された場所は自社ビルの最上階から一つ下の階にあり、外界の光が程よく差し込む部屋だった。
出社してすぐの9:00~10:00はブラインド越しに朝日が差し込み、ほどよく一日の疲れが蔓延り始める16:00頃は夕日が差し込み始め、帰るころには空は闇で覆われて窓越しに外を見ると様々なビルの蛍光灯で演出されて仙台という町の夜の風景がライトアップされている。
まぁ普通の部屋と言えばそうなのだが、この部屋は「朝・夕・夜のパートごとに差し込む光の種類」という存在によって、時間というものが視覚的に認識できる部屋だったのだ。

その部屋が奪われることになったのは昨年12月のことだった。
コロナ対策の一環として、他部署のフロアが1部屋から2部屋に分けられることとなり、新しいフロアとして僕たちの部署が所属する部屋に白羽の矢が立った。

僕自身、その時点で前のフロアに特別な感情を抱いていた訳でもなかったのでその決定に対して「引っ越し面倒だな…」程度にしか思っていなかったのだが。
新たな引っ越し先として誂えられたその部屋は、なんと光の入らない部屋だったのだ。

まず、オフィスにはめ込まれた窓は向かい側のマンションに面している。
マンションとの距離は極端な狭さではないのだが、朝日や夕日の煌々とした輝きを封じるには十分だった。
加えてその一室が我が部署用として完全隔離されており、他の部署と地続きの交流を図れる状態ではなく、ふと隣の部署へ顔を出して光線を浴びることも叶わなかった。

時間の進みを太陽光の変遷によって感じられた状況から一転。
時間で変わることのない部屋に押し込められてしまった。

何とも思っていなかった前のフロアが大切なものだったと気づいた時にはもう既に遅い。
いつ何時でも大切なものは失った後に気づくものだった。
何不自由なく生活していた一国の姫君が、革命によってその立場を追いやられて、城の一室で幽閉されながらかつての優雅な生活に想いを馳せているような状態だ。

結局僕らは悲しいかなサラリーマン、会社の決定に唯々諾々と従うしかなかったわけで。
光が差し込まない部屋で粛々と仕事をするしかなった。

フロアを移動して1週間。
コロナ対策の一環、加えてなんとなく酸素が薄く感じるこの部屋では定期的な換気が必要不可欠だった。
その日も何気なくマンションに面した窓を開けた。

その時だった。
前のフロアで見た、外の風景が目に入ってきたのは。

今のフロアの窓は所謂「縦すべり出し型」というタイプの窓であり、ストッパーを回して左側の窓を外へ押し込みながら開ける必要がある。
つまり、必然的に外へ押し込まれた窓に、外界の風景が反射して。

外の景色を見ることができるのだ。

これは発見だった。
それから僕は時折換気と称して窓を開けては外の風景を眺めるのが日課になった。

「ああ、今日は雲が多いな。夕方から雨だって言ってたっけ」
「今日は日が出てるけど風が強いな、洗濯もの大丈夫かな」
「あれ、雪降ってるじゃん。そりゃこんな寒くなるよなあ」

外から見える天候に一喜一憂するのが仕事を忘れるほんのひと時になった。
城に幽閉された姫君が、鉄格子のついた窓に飛んできた小鳥たちとの会話を自らの心の拠り所にしているような状態だ。
今はまだ大変かもしれないが、いつか必ず外の景色を感じられる、そんな日を待ち望んで、今日も姫君は小鳥たちと語らいあう…。

そして、そんな希望の光は僕にも差し込んできている。

このままコロナ対策が効果を示すようであれば、数か月後にはフロア替えを再度行うとお達しが出た。
このまま行けば、またあの光を感じられる部屋に戻れるかもしれないのだ。

だからこそ、僕は絶対コロナにならないようにせねばならない。
マスクを付け、消毒し、手を洗い、うがいをする。

革命の日は近い。いつか幽閉は解ける
今はただ、小鳥と語らいながら、その時を待つ。

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