【湧き水と地元少女】


 

  描き上がった後に浮かんできた小話
 有名な山に観光へ来たはずだが、いつの間にか道を外してしまったらしい。彷徨うこと数十分、水の音を聞きつけ、それを頼りに進むと湧き水を発見した。駆け寄り、夢中で水を飲んでいると声をかけられた。
 「旅の人ですか?」
  
 顔を上げると、山歩きには似つかわしくない格好の女の子が岩に腰掛けていた。話をしてみると、麓の町の生まれで幼い頃から自分の庭のように山に入っているらしい。 年齢が上がるにつれて無茶なことはしなくなったが、今でも湧き水が出るこの場所は秘密の場所として度々出入りしているようだ。  
 この場所を秘密するという条件で、登山道への出方を教えて貰った。山を降りて町の旅館に入る頃には日が暮れ始めていた。普段、部屋から眺める山などただの風景でしかないが、あの場所を意識しただけで途端に気になっていく。いくら地元の人といえどあの子はちゃんと家に帰れているだろうか。  
 食事と風呂を堪能した後、旅館の中庭で見知った顔にばったりと出くわした。なにを隠そう彼女の実家が旅館であり、ちょうど手伝いをしていたのだという。再会に喜んでいると隣の従業員にが訝しげに見てくる。怪しいものではないことを説明していると耳打ちをしてきた。
 「あの場所のことはこのまま内緒で」  
 無事に説明を終え、仕事に戻っていく彼女の背中を見ていると印象が大きく異なった。滞在中、忙しそうに懸命に頑張る姿を何度も見かけた。何か事情があるかもしれないが、秘密のあの場所は秘密のままで。  
 旅館のチェックアウトを済ませ、登った山を再び見上げる。気になるのはあの場所の一点。秘密の共有者としてまた会いに行こう。 


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