ロシア軍の地帯防御システム
ロシア軍は2種類の防御システムを採用している。機動防御と地帯防御である。今回はTC 7-100.2を参考に、ロシア軍の地帯防御を紹介する。この地帯防御は軍団規模(いくつかの師団や旅団が集まっている規模)の防御を取り扱っている。
ロシア軍の地帯防御とは?
ロシア軍は、重要な地域(またはそこへのアクセス)を拒否しなければならない状況や、劣勢にある時に、戦術的な地域防衛を実施することがある。地帯防御は以下の2つのどちらかで目的を達成する:
敵が目的を達成する前に、敵の攻勢作戦を強制的にクライマックスに導くこと。
戦略的作戦または作戦任務の達成によって意思決定が達成されるまで、戦闘力を維持したまま敵の任務を拒否すること。
地帯防御とは、敵に犠牲を強い、一定の領域を維持し、友軍部隊を守る事である。ロシア軍の地帯防御の特徴は主陣地を敵のRISTAに晒さないようにしている事だ。地帯防御は主陣地である複合戦闘陣地(Complex Battle Position: CBP)を中心に置き、周辺のエリアに対して偵察火力(Reconnaissance Fire)を投射する事で圧倒的な影響力を行使する。偵察火力は攪乱ゾーン内にいる攪乱部隊と協力することで投射される。また偵察火力は敵の戦闘システムの中でも、敵に優位性をもたらす要素やサブシステムを攻撃することに特に注力する。偵察火力は攪乱ゾーン(Disruption Zone)内の敵戦闘システムを解体する為に用いられる。
地帯防御は擾乱ゾーンでの偵察火力やカウンターアタックを実施し、敵の重要なシステムを破壊する。また地帯防御の中で、地形を戦術指揮官は敵に継続的な攻撃を加えられるように扱う。
地帯防御とは自分が釘付けにされる代わりに、敵軍が脆弱な時間を作るものだ。ロシア軍は地帯防御を以下の場合に使用したがるだろう。
アクセスコントロール作戦を実施している時
敵部隊がRISTA※とスタンドオフPGM(精密誘導弾薬)の優位性を得ている時
ロシア軍が敵を火力や機動部隊で撃破できる場所に、敵をキャナライズするのに適している時
上手に実施される地帯防御なら、著しく弱い部隊で強力な敵部隊を撃破することを可能にする。しかしながら地帯防御はそれに適した地形と脱中央化されたロジスティクスにかなり依存している。地帯防御を行う部隊は典型的に責任エリア(Area of Responsibility: AOR)全体で複雑な地形の中で待ち伏せと襲撃を実施し、敵部隊に継続的な作戦を強いてその戦闘力と意志を着実に奪う。
地帯防御システムの中でも、ロシア軍は一部で機動防御を使用する可能性があり、特に失地が許される領域で使用されやすい。これはロシア軍の部隊や部隊が、地帯防衛の実行に必要な複雑な地形の陣地を最初に占領しているときに最も頻繁に発生する。
攪乱部隊 Disruption Force
現代戦は過去の戦いより素早い連携が取れることが特徴である。地帯防御では、単純に強固なCBPに篭っても、現代ではRISTAがそれを見つけて現代戦特有の高い火力、特にPGMで撃破されてしまう。間接火力に限らず、通常の機動部隊も防御側の陣地の位置がわかればこちらの望む場所で戦う事を回避するだろう。だから敵のRISTAを防ぐCounter-Reconaissance作戦などの偵察合戦がとても大切だ。偵察合戦の勝者≒戦闘の勝者であり、現代戦の本質がここにある。
地帯防御では、攪乱ゾーン(Disruption Zone)が戦闘ゾーン(Battle Zone)の周りを取り囲んでおり、ロシア軍が自らを敵に大きく暴露することなく継続的な妨害を可能にする。
例えば対偵察(Counter-Reconnaissance)活動は敵の注意を奪い、敵をキルゾーンに誘導して長距離精密火力やヘリコプター、砲兵を用いた待ち伏せに遭わせることができる。RISTAアセットと抗偵察部隊が関連部隊に沿って攪乱ゾーンを占拠する。
準軍部隊は防護(Protection)の提供、住民の統制、命令に応じて欺瞞作戦を実施することで他の攪乱部隊をアシストする。図2は地帯防御における攪乱部隊の例である。
地帯防御に於ける攪乱ゾーンは戦闘が断続的に発生するゾーンとして設計されている。ロシア軍のRISTAが敵部隊を捉え、他の攪乱部隊が待ち伏せや精密誘導火力などで断続的に攻撃する。
攪乱部隊は多くの任務を担っている。戦術レベルで最も重要な任務は敵の戦闘システムから適切な要素を選んで破壊し、敵の解体を始める事である(適切な要素とは後述の通り)。以下のリストは攪乱部隊が担うその他のタスクの一覧である。
敵の主要部隊を発見する事
敵の意図を明らかにする事
戦闘配置の位置と構成について敵を欺く。
敵を遅延させ、防御と反撃の準備の時間を確保する。
敵に早期展開を強いる。
有利な目標(重要なシステム、脆弱な部隊)を攻撃する。
敵をキャナライズし、不利な状況に陥らせる。
また攪乱部隊の任務には敵との接触を維持することと、偵察火力の投射とカウンターアタックの成功の為に状況を整える事が含まれる。
地帯防御では、攪乱部隊は通常戦闘陣地の外の攪乱ゾーンに止まり活動する。そしてAOR内で指定された敵に可能な限り害を与え、敵の重要なシステムを破壊しようと試みる。地帯防御の攪乱部隊は敵に安全な場所を与えず、四六時中、あらゆる天候の中で損害を与え続ける。
地帯防御の文脈内でも、攪乱部隊は機動防御的な形を取って運用する場合がある。この場合、攪乱ゾーン内の陣地間の距離は広く、敵が攻撃を継続するために支援火器の多くを再配置することを強いられるような距離であることが条件である。この広さが部隊が敵との接触を断ち、後続の陣地に転換する時間を稼いでくれる。
攪乱ゾーンは大抵は積極的な障害物設置の努力が為される。ウクライナ戦争においては龍の歯や地雷などが代表的な物である。また攪乱ゾーン内での工兵の活動も攪乱部隊の移動をサポートし、敵に攻撃したり待ち伏せするための機動力を増強する。敵部隊が優勢な場合には、ロシア軍はブービートラップなどの即席障害物を特に使用する。
地帯防御の全体の構造の中で、攪乱部隊は局所的に大ダメージを与える攻撃を試みる。攪乱ゾーンでの任務に選ばれた部隊は想定される敵の接近路(Avenues of Approach)に展開する。そして攻撃してくる敵に対して最大のダメージを与えれる地形を選び、障害物を広範囲に渡って使用する。また射撃と機動(Fire and Maneuver)を用いてアグレッシブに防御する。敵の圧力が強くなったなら、攪乱部隊は機動防御を実施でき、ある陣地からある陣地に撤収し、敵の包囲や決定的な交戦を避ける。
攪乱部隊の任務の一部は敵の戦闘システムの攻撃である。その典型的なターゲットは以下の通り。
C2システム
RISTAアセット
精密火力システム
空中や地上にある航空アセット、例えば戦闘ヘリの前進装備補給処(Forward Arming and Refueling Points: FARP)、飛行場。(防空伏撃は攪乱ゾーンで特に有効である)
物流支援エリア
連絡線
モビリティ・カウンターモビリティアセット(ポンツーンや輸送車両等)
損害回収ルートとその手段
場合によっては、攪乱部隊は特定の敵能力を発見して破壊するという単一の任務だけを担う場合がある。これは他のターゲットと交戦しない事を意味しないが、ターゲットが選べる場合に敵の戦闘システムに最も大きなダメージを与えれる選択を選ぶという事を意味する。
主要防御部隊 Main Defense Force
主要防御部隊は複合戦闘陣地(CBP)を占領して戦闘ゾーン内で地帯防御を実施する。複雑な地形は工兵やC3D(カモフラージュ、隠蔽、カバー、欺瞞)によって増強される。これらのCBPは敵がスタンドオフPGMで攻撃出来ないように設計し、敵がこの陣地に居る部隊に影響するにはコストのかかる手段を選択せざるを得ないようにする。また敵がオープンな場所で戦わざるを得ないように設計する。
地帯防御での主要防衛部隊は、攪乱ゾーン内の敵に向けて偵察火力を投射することで攻撃する。攪乱ゾーンの部隊もまた主要防御部隊が占拠するCBPを補給・装備ポイントとして利用する。
予備 Reserve
地帯防御の指揮官は、様々な種類と強さの予備を採用する。他の機能に加えて、地帯防御における機動予備は、地帯防御のための時間を獲得するという任務を持つことがある。予備は基本的にカウンターアタックの際の機動戦で敵の攻撃部隊を撃破するのに十分な強さを持つ部隊である。指揮官はその予備を戦闘プランに基づき、1つ以上の戦闘陣地内の集合エリア(Assembly Area)に配置する。
まとめ
総じてロシア軍の地帯防御システムはNATO軍の強力なRISTA能力に対処することが強く意識されている。RISTAとは(偵察、インテリジェンス、監視、目標捕捉)の4つの事で、敵陣地や部隊の移動などを発見するための能力だ。NATOの強力なRISTAとPGM(精密誘導弾薬)の組み合わせはロシア軍を圧倒しており、強力な対RISTA能力をロシア軍は必要とした。その結果、従来からあったセキュリティエリアの概念を発展させて非常に広大な攪乱ゾーンを作るようになった。攪乱ゾーンの範囲を超えて敵はRISTA能力を行使できないし、情報がないのでPGMを投射することもできない。ただし前線の攪乱部隊はまともにRISTAとPGMを食らうので、継続的に部隊資源を供給し続ける必要がある。もちろん隠蔽や移動で抵抗するが、ドローンで見つかって砲撃されたり爆撃されている様子はTwitterでよく見られる光景であるかと思う。
このような地帯防御システムが貫通された事例として、ハルキウ反転攻勢があるだろう。あの時のロシア軍は前線に脆弱な攪乱部隊だけがいて、後方に控えるべき主力部隊はヘルソンに行ってしまっていた。攪乱部隊は薄く広がりすぎており、後方に主力がいないことを察知されてしまうほどCounter-Reconnaissanceに失敗していたようである。その結果ウクライナ軍に戦力を集中投射されて突破されてしまった。
逆に現在行われているザポリージャ方面での戦闘ではロシア軍は同様の地帯防御システムを効果的に運用できているようである。前線にしっかりとした数の攪乱部隊を張り付けて、後方から投射できる偵察火力の量もしっかり確保した結果、ウクライナ軍は攪乱ゾーンを突破出来ていない。BTGは攪乱部隊として扱うには最適な編成である。と言うのも攪乱部隊は主部隊から独立して活動しなければならない為、単独で多くの事が完結しているBTGは便利だとされている。
重要なのはロシア軍は主陣地が破壊されない限りカウンターアタックの選択肢を常に持ち続けているという事である。カウンターアタックは防御時には必ず必要で、敵から主導権を取り返すために必須の事項である。カウンターアタックを起こすタイミングは敵の攻勢がクライマックスを超えた時、もしくはカウンターアタックを行わないと防御システムが崩壊する時である。またカウンターアタックに際しては温存していた予備部隊や強力な戦車部隊が投入されることが基本だ。このような活動が見られていない以上、ロシア軍はまだウクライナ軍の攻撃がクライマックスに至ったと考えていないのだろう。
参考
TC 7-100.2 Opposing Force Tactics, Chapter 4
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