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浮世絵の絵の具ーウコンー

追記

ウコン(鬱金)はインド原産で享保年間(1716~1736年)に渡来したと言われています。染色・漢方薬・食品の着色等に使われてきた歴史があり、江戸時代の浮世絵では主要な黄色絵の具の一つとして使用されています。しかし、江戸時代において、絵の具としてどのような製法で作られ、どういう形状・性状のものであったか、といった絵の具としての実態がわかるような文献資料はほとんどありません。

T. TOKUNO「JAPANESE WOOD-CUTTING AND WOOD-CUT PRINTING」(1894) には明治時代当時の摺師の絵の具が紹介されており、そこには「turmeric,"wukon-ko"」の記述があり、粉末状の絵の具としてその時代には存在していたことがわかります。また同時代の出版物におけるウコンの記述からは、次のことがわかります、「ウコンは国内では薩摩や琉球等の暖地に産し、根を粉末にしたものが市場には多く見られる。その色素は冷水には溶解しづらいが、熱湯・アルコール・エーテル・酢酸等には容易に溶解する。酸液と合うと赤味を帯び、アルカリ液では褐色味を帯びる。(このことから経年による酸化によって赤味が増すとも考えられます。)使用において、媒染剤を用いずとも染め着きは良く美麗な黄色を呈するが、媒染剤の使用と種類によって鮮黄色~橙色~オリーブ色まで出すことが出来る。光によって退色しやすく、また永く湿気中に放置すると変色する。」

当時の市場において、ウコンは主に粉末状で供給されていたことがわかりますが、これは前述の絵の具としての「ウコン粉」とは違うと思われます。ウコンの根を粉末にしただけのものは、絵の具としての使用に際し、カスが残留し又絵の具として必要な濃度を得にくいため、使用に向きません。

同参考文献内には「鬱金素」というものの記述があり、これはエーテルないしアルコールにて色素を溶出させた後、溶液から粉末カスを除去し、水分を蒸発させることによって作られる結晶体です。江戸時代においてウコンの絵の具がどのように作られていたのかはわかりませんが、使用上の便宜を考えると、粉末カスを残さずかつ色素を凝縮させることができる点で、この方法に準じるものだったのではないかと思われます。

なお、絵の具の復元に取り組まれていた立原位貫さんは、「木版画家立原位貫 江戸の浮世絵に真似ぶ」(山口県立萩美術館・浦上記念館  2015)によると、水で煎じて色素が溶出した液体を、濾してウコン根のカスを除去し、その溶出液に米粉糊を加えたものを乾燥させる、という作り方をされていました。自分も基本的にこの作り方にならっています。

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同書には米粉糊を加える理由として、「ウコンは基本的に染料であり木版上にのりにくいため、膠や糊によって土台と粘着性を与え、顔料化させる必要がある」、ということが挙げられています。

しかしながら、ウコンは成分としてそれ自体に澱粉を含んでおり、米粉糊を加えずとも、顔料化は可能と見られ、又高い粘着性を有します。

先だって行った絵の具の分析調査からは江戸時代のオリジナル版画の黄色箇所からはウコンと膠の成分が検出されました。加えて、当時の本藍やベロ藍の絵の具は、膠や糊ないし水と練合わせることによって、棒状ないし方形のような形に成型されて流通しており、それらのことを踏まえると、運搬・流通の便宜上の目的でウコンには糊や膠が加えられ、(粉末状ではなく)棒状のように成型された状態で市場には流通していたのではないかと推察できます。このことについては今後明らかに出来たらと思っています。

浮世絵における使用において、ウコンは少し赤味のある黄色であり、紙の裏面に抜けやすい(浸透しやすい)という特徴があります、それ故に目視でもその使用が判別出来るケースもありますが、赤味に関しては色の濃淡、製法、版画の保存条件に強く影響されると見られ、紙面裏への抜け具合に関しては摺り方や(キハダやズミといった)他にも高い浸透性を有すると見られる黄色絵の具が存在するといったことから、ウコンが使用されているかどうかは肉眼での判別が不可なケースも少なくありません。

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使用例①オリジナル作品:これは比較的判別しやすい例です。

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使用例②オリジナル作品: これだと、「多分ウコンだと思う」になります。判定には科学的な分析調査が必要です。

(話は変わりますが、先日、「専門家なら見ただけで何の絵の具が使われているか、わからないものなのですか?」という質問を受けましたが、浮世絵の絵の具の多くはそういうものではありません。主な理由としては、浮世絵の絵の具は特に江戸時代以降大きく変遷し(或いは改良され)ており、当時の絵の具の種類及び色に対する知識が(少ない資料を通して大枠を知ることは出来ても)途絶えいる、江戸時代の浮世絵の色自体が経年劣化・変化の影響を受けやすい、肉眼では判別不可な微妙な混色の使用が少なくない、等々があります。)

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使用例③:これは自分が製作したものです。

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使用例④:同上。使用例③に比べて少しトーンが落ちます、原因は材料となるウコンの質にあると思われますが、はっきりとは特定出来ていません。

参考文献:

竹内久兵衛「実業応用絵具染料考」1887

山岡次郎編「初学染色法 染料薬品之部」1888

小泉栄次郎編「実用色素新説」1894

T. TOKUNO「JAPANESE WOOD-CUTTING AND WOOD-CUT PRINTING」1894

高松豊吉(ほか)編「化学工業全書 第3冊 染色法」1904

山口県立萩美術館・浦上記念館「木版画家立原位貫 江戸の浮世絵に真似ぶ」 2015

Special Thanks:菅原広司、末光陽介

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