焼津のマリアナ観音
2022年 5月 三池平古墳
2022年10月 琉球王国の摂政の墓
2023年 1月 若王子古墳群
2023年 3月 久保山愛吉の墓
焼津市浜当目に行ってきました
またウィキペディアの写真撮影で小旅行に行ってきました。
焼津市の中でも瀬戸川の左岸、東海道線よりも海よりの一帯を浜当目(はまとおめ)と言います。その浜当目に二つ、ウィキペディアに画像がない事物があったので撮ってきました。
この浜当目という町は絵にかいたような海の街です。なにせ、コンビニ入ってすぐ右が釣り具コーナーでした。あと天井からビーチボールを吊るして売っていました。
今でこそ海水浴場しかありませんが、昔は漁船が多かったそうです。私が撮りに来た画像も、どちらも漁船に関係する画像です。一枚目は久保山愛吉の墓です。
久保山愛吉の墓
久保山愛吉は、マグロ漁船第五福竜丸の無線長です。ビキニ環礁で被ばくしたその半年後に死去しました。第五福竜丸はビキニ環礁から日本まで、無線封鎖をしたまま帰ってきました。そりゃあ米軍に存在を感づかれたら何をされるかわかりませんからね。そしておそらく無線封鎖を決断した人物は、無線長である久保山さんなのでしょう。彼は戦時中に徴用漁船に乗っていたことがあるのです。
そして第五福竜丸は焼津のふねです。毎年3月1日には焼津市街で更新が行われ、この墓がある弘徳院で集会が行われます。供えられている緑が鮮やかなうちに撮りに来ました。
撮影した日は決して波が高くない日だったのですが、この写真を撮っている時点ですでに潮騒が聞こえました。海が本当に近い街なのです。海沿いへ出ていくと、もう一つの撮りたい像があります。
マリアナ観音
マリアナ観音です。名前から、戦時中の何かかな?と思うかもしれませんが、実はこちらも戦後の話です。
マリアナ海域漁船集団遭難事件、という海難事故のものです。行方不明208人のうち、浜当目の第三千代丸の乗組員42人を追悼するための観音像なのです。
このマリアナ観音の周りには他のお墓もたくさん立っています。ウミガメの産卵地としてもこの辺りは有名であり、ウミガメのお墓まであるそうです。(撮るの忘れた)。
屋外美術を被写体とする写真の利用方針
さて、このマリアナ観音の画像を私はウィキメディアコモンズにアップロードしたのですが、削除依頼を出されてしまいました。著作権侵害のおそれがあるためです。マリアナ海域漁船集団遭難事件が1965年なので、その慰霊碑の著作権が切れているわけがないんですよね。
うっかりしていました。
でも、例外もあります。この観音像は、だれでも見られる屋外に常設されているんです。これは著作権を制限する規定があるんです。
これに基づいて、低解像度の画像をウィキメディアコモンズではなく、ウィキペディアにアップロードしました。今、マリアナ海域漁船集団遭難事件につかわれている画像はこちらの方です。