『耳鳴り?』(ショートショート)
音が止まない。耳鳴りだろうか。
雨音、あるいはテレビの砂嵐のような
「ザ-----!」という音が止まらない。
朝目が覚めてからずっとだ。自然に治る気配はない。
それどころか、先ほどより悪くなっている。
「うッ・・・」
また一段階、音が強くなった。どうやら段階的に音が大きくなっていくようだ。
「朝起きた時は……軽い雨くらいだったのに……!
……う、うるさいッ……嵐みたいだ…ッ!」
まるでテレビの砂嵐を、音量を最大にしたうえでヘッドホンをつけて聞いているかのような、暴力的なまでの大音量。
あまりの音量に、思考する余裕が奪われる。頭の中のほとんどを雑音に支配されてしまう。医者に診てもらう、そんなことさえ考えられなくなっていた。
「ぅぅうるさいッ……!うるさい……ッ!!」
たまらず両手で耳を塞ぐ。
「ザ------!!」
変わらず鳴り続ける雑音。耳じゃない。"頭の中"で鳴っている。耳を塞いでも全く効果がない。それでも、耳を塞がずにはいられない。
「あぁ…ッ!ぐぅぅ……ぅッ!!」
自分の声さえも、雑音にかき消されてよく聞こえない。
それだけじゃない。頭に異常な圧迫感がある。まるで頭にだけ超強力な大気圧がかかっているようだ。
「ァァアタマがっ……潰れる…ッ!」
「ザ------!!!」
一瞬たりとも途切れない砂嵐。ふらふらとベランダに向かう。とにかく外に出たかった。場所を変えればマシになるかもしれない。そんな藁にもすがる様な思いで、戸を開けて、その先の柵によりかかる。
「ザ------!!!!」
落胆。しかし頭が割れるほどうるさい今、落ち込んでいる余裕もない。とにかく誰か人を探そうと、外を見渡してみる。この時間なら通勤途中の人がいるはずだ。
…スーツを着た若い男性を見つけた。何事もないように歩いている。やはり私の家の周りがうるさいのではなく、自分だけがおかしいのだ。
「……なに…原因……ッ?! 鼓膜……?脳………?……ぅうぅッ!!」
なんでもいい。なんでもいいから、すぐにでもこの雑音を消したい。私の頭は、周波数が合わないラジオのようになっていた。断片的にしか言語で考えることができない。
机の上のボールペンが目に入る。
「これ……鼓膜……潰せば……!!」
なかば衝動的にペンを手に取って、即座に耳の前に構える。
そこで反射的に、以前習った解剖学を思い出した。映りの悪いテレビのように「ザザッ」と一瞬だけ、耳の解剖図が頭に浮かぶ。
「………ダメだッ!!鼓膜だけじゃ済まない!」
ペンを脇目も振らず投げ捨てるが、もはやペンが床にぶつかる音も聞こえない。しかし思いとどまったことで、冷静さをわずかに取り戻せた。
こんな耳鳴りがあるとは授業でも聞いたことがない!きっと脳の問題だ…。寝てるときに頭を打ったか…?頭を触ってみるが外傷は………ない!コブも出血もない!あとは分からない!とにかく、あとはとにかく……
「医者だ!!」
私が混乱してから、この最も基本的な解答にたどり着くまでの
雑音と理性の戦争は
ひとまず、理性に軍配が上がった。
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後日談
先生「よく我慢できたね」
私 「なにがですか?」
先生「耳にペンを突っ込もうとしたんでしょ?」
私 「あぁ、はい…。すこし前に解剖学を学んだことが役に立ったんです。
それと……」
先生「それと?」
私 「ずっと昔に読んだ漫画の中で、その時の私と同じことをしたキャラク
ターがいたんです。そのキャラは耳の奥深くまでペンを刺しすぎて、
病院送りになりました。私はあの時、そのことも思い出していたんだ
と思います。」