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矛盾と堯舜
(さっきのまひろさんの投稿はイレギュラーとして😅)昨日の続き。
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矛盾の話で、矛を突いたら(盾は)どうなるか?と聞かれた人は、「応うる能わざりき」という結果になったのは、いうまでもない。
「矛盾」のエピソードがあまりにも有名になったが、韓非子は自分の説をわかりやすくするために、これを説明的につけたのである。(中略)堯が聖人なら、舜の事業は否定され、舜が聖人なら、堯の聖人説は否定される。二人とも聖人だったというのは「矛盾」である。韓非子が流行させたかったことばは「矛盾」ではなく、「堯舜」だったにちがいない。(『弥縫録』陳舜臣 より)。
『論語』にも、堯舜を讃える章がいくつかあるが、孔子の時代には、まだそれほど堯舜を讃美する趣きはなかったとも。
実際はどうだったんだろう?
🐻