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食指
今日は「手洗いの日」なんだとか。
その線で今回のネタを考えて、『弥縫録 中国名言集』(陳舜臣 中公文庫)より、「食指がうごく」という話を。(一部変更)
鄭(てい)の国の話である。紀元前六〇五年のことだから、孔子の生まれる五十年くらい前の話である。
鄭の国は、今の河南省のあたりにあった。いまでも鄭州とか、新鄭といった地名が残っている。
ときの君主は、霊公であった(『論語』衛霊公に出てくる霊公とは別人)。霊公は皮肉屋で、いささか意地が悪い人物であった。
あるとき、楚の人がスッポンを献上した。今も当時もスッポンはたいへんな珍味だった。鄭の大臣の子公と子家という人物が謁見のため、連れ立って参内しようとした。
このとき、子公は妙なゼスチャアをした。右手の人さし指をぴくぴくと動かしたのだ。人さし指の事を当時は「食指」と呼んでいた。
「何だい、それは?」と、子家が訊いた。
「この指が動くと、うまいものにありつく前兆なんだよ」と、子公は言った。
参内すると、はたして宴会にスッポンのスープが出たのである。
ーーほら、みろ。やっぱりそうだろ。
子公はニンマリ笑って子家のほうを見た。
「いったい、何がおかしいのか?」と、霊公は訊いた。
「じつは、かくかくしかじか……」と、子家はことの次第を説明した。
「ふン」霊公は意地悪の皮肉屋である。鼻を鳴らして言った。「はたして、その前兆があたるかな?」
宴会のとき霊公は「子公だけはスッポンを食べるな」と命令した。どうだ、お前の前兆など当たらなかっただろう。ざまぁみろ。子公は短気者である。怒って立ち上がると、鼎(かなえ)の中のスッポンスープに指をつっこみ、その指をなめながら退出した。
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「見ろ、やっぱり前兆は当たったのだ!」
こんどは霊公が激怒した。殺してやる!
満座の中で主君に反抗したのだから、子公にも覚悟があった。殺される前に殺してやろう。彼は友人の子家と二人でわついに霊公を謀殺してしまったのである。いくら春秋時代でも、こんなバカな殺され方をした君主も珍しい。「食指が動く」という言葉は、こんな血なまぐさい由来を持っている。げにも食べ物の怨みは恐ろしい。また、ユーモアには寛大にならねばなりませんな。😁
今回の記事を、どのマガジンに入れようかと思ったが、一応、古代中国の話なので、中国古典系に入れておこう。😁
🐻