AI投資-投信・ファンド分析 AI日本株式オープン
三菱UFJ信託銀行は2017年2月1日に国内で初めて個人投資家向けのAI投信をリリースしました。これについて販促用資料をもとに内容の分析を行いました。
販促用資料
1.運用戦略(販促用資料より)
(1)運用戦略
「株式個別銘柄戦略」と「先物アロケーション戦略」の組み合わせで絶対収益を追求するようです。この両者ともにAIが使われます。
(i)株式個別銘柄戦略
個別株式のロングと先物ヘッジを組み合わせて市場要因を排除しながら個別銘柄の収益を狙う。以下の2つのモデルの組み合わせによる。
(a)安定高配当モデル(中長期向け)
決算短信などの文字情報と配当利回りを組み合わせて、安定且つ高配当な銘柄を選定する。
(b)ニュースピックモデル(短期向け)
ニュースやアナリスト情報を用いて銘柄選定する。
(ii)先物アロケーション戦略
マーケットの上昇時に(1)のヘッジ量を減らし、市場上昇の収益を一部獲得する。以下の3つのモデルの組み合わせによる。
(a)日次予測モデル
ディープラーニングによる翌日の市場動向の予測。
(b)月次予測モデル
過去の投資環境との類似性から1ヶ月先の市場動向の予測。
(c)転換点予測モデル
株価やインデックスの値から相場の転換点を日々予測する。
(2)組み入れ銘柄例(販促用資料より)
2016年9月時点で157銘柄を組み入れています。ウェイトの上位10社は、大型銘柄で配当利回りが高いものが中心となっています。
(3)バックテスト結果(販促用資料より)
(i)検証期間
2009年3月末~2016年9月末(90ヶ月=7年と6ヶ月)
(ii)取引コスト
税金や手数料は考慮せず。リバランス時の執行コストは含まれていないものと考えられます。
(iii)運用利回り
平均年利8.6%程度。キャピタルゲインだけで配当は含まれていないものと考えられます。上記から信託報酬1.296%が控除されます(購入時手数料は3.24%)。
(iv)月次勝率
71%程度(64勝26敗)
2.考察:一般の高配当戦略に対するアドバンテージ
上記は販促用資料をまとめただけであり、ここから詳細な考察に入ります。このAIファンドは様々な戦略を組み合わせているようですが、基本となる戦略は「高配当銘柄投資」であることが、組み入れ銘柄を見ても明らかです。このAIファンドが単純な高配当投資に対してどのくらいアウトパフォームしているのか検証します。比較対象となる単純な高配当投資は以下の通りです。
(1)高配当戦略ベンチマークの設定
(i)投資対象
TOPIX500銘柄のうち、配当利回りランク上位100社
(ii)ウェイト
均等ウェイトとし、同額のTOPIX先物を売り建て(ヘッジ)
(iii)リバランス
月末に決済しランキングを再計算して翌月初に新規建て
(2)比較結果
(i)バランスカーブ
単純な高配当投資でも平均年利は7.2%程度あります。
(ii)検定結果
(a)分散の検定
P値=0.02038であり、両者の分散には差がありそうです。従って、AI戦略の採用によって収益のバラツキは安定したと言えそうです。
(b)平均の検定
P値=0.64550であり、両者の平均には差があるとは言えません。従って、AI戦略の採用により収益性が高まるとは言えません。
この結果だけ見ると、AIによる改善効果はそれほど大きくないと言えそうです。単純な高配当投資には改善の余地が十二分に存在します。ロバストな指標を使っているため、リリース直後に急激に成績が悪化することはなさそうです。「高配当狙いでなくもっと尖った手法が見たかった」というのが本音となります。
3.考察:ディープラーニングの効果
次に検証するのは日次予測に使用されているディープラーニングです。
(1)参考資料
(i)「新潮流で広がるクオンツ運用のフロンティア」-三菱UFJ信託銀行、2016年6月
(ii)「ディープラーニングで資産運用、三菱UFJ信託が新たな金融商品」-日経BP、2017年2月6日
(iii)その他、ニュース記事
(2)ディープラーニングの手法
以下に分かる範囲で列挙していきます。
(i)入力変数
およそ300の入力変数を採用。「当社が持つデータ全てを入力データとして使用している」とのこと。
・国内マクロ指標:GDP、機械受注、求人倍率、景気ウォッチャー指数など
・株式市場データ:株価指数の移動平均、売買高など
・他市場データ:為替、債券の騰落率など
・センチメント指数:VIX指数など
(ii)目的変数
翌日のTOPIXの上昇/下落
(iii)分析ツール
海外製のオープンソフトウェア。TensorFlowではないようです。
(iv)ニューラルネットモデル
中間層が多層に設定されているとのことですが、層数は不明です。
(3)ディープラーニングによるバランスカーブ
参考資料(i)と(ii)に、ディープラーニングに基づいてTOPIXを取引した場合のバランスカーブが記載されています。検証期間は資料(i)が10年3月~15年9月、資料(ii)が12年3月末~15年8月末となっています。両者を比較すると殆ど同じ結果となっており、基本的に同じ手法を用いた結果と考えられます。ただし資料(ii)では2015年8月のチャイナショックでの損失を回避できるように修正されています。
(4)ベンチマークの設定:線形モデル
では上記のディープラーニングの効果とは、果たしてどのくらいのものなのでしょうか。ここでは、一般的な線形モデルを用いて同様の取引を行った場合の結果と比較を行います。以下は今回作成したベンチマークモデルとディープラーニングのバランスカーブの比較です。なんと殆ど同じ特性を再現できてしまいました。入力に使った変数の数はわずか「2」です。今回はこのファクターを公開します。
上記のベンチマークに使ったファクターは、「ギャップ」と「月曜日フラグ」です。所見として、300もの入力変数を使ったディープラーニングは、単に寄付前の投資家動向を抽出したに過ぎないと考えています。これらの入力変数には雑味が多く含まれており、図抜けて有意となる指標は例えば前日のS&P値動きなどの限られたものであった結果と考えられます。なお「月曜日フラグ」を入れた理由は、休日が挟まれるため投資家動向に若干の変化が表れると想定してのことです。
4.終わりに:AI投信の実運用成績を踏まえて
さて、2017年2月1日から運用開始したこのAI投信は、直近の2018年10月12日時点でTOPIXに対して大きく遅れを取っています(下図)。
これまで私のブログに書いてきたように、AI投資には通常の機械学習とは異なる勘所が存在するため、アカデミックなアプローチでは結果が出づらいと考えています。
本マガジンでは、これらのAI投資の勘所や海外のAIファンドが取り入れている手法について取りまとめていく予定です。