シンプルライフの目的を自分で考えることが大事
今回の記事は、佐々木典士さんの言葉を借りるならば、「有名なミニマリストの生活をなぞるだけなら、広告に踊らされてモノを買うのとまったく変わらない」(引用元:すべてがオンラインに変わりゆく時代の必読書! 『デジタル・ミニマリスト スマホに依存しない生き方』|Hayakawa Books & Magazines(β))ので、ライフスタイルは自分で考えようという話です。自分で考えずにただインフルエンサーや誰かの言っている「こうしましょう」に従ってもうまくいかない、というか、そのうち行き詰ります。
マニュアルを求めても壁にぶち当たる
断捨離提唱者のやましたひでこさんも不満を漏らしていますが、需要があるのは、人生哲学のような抽象的なものよりも、こうすればいいという具体策(マニュアル)の方です。なので、巷にはモノの手放し方や片付け方に関する書籍やブログ、Youtube動画が大量にあふれていています。
けれど、関連本を1、2冊読めば事足りるような、そういう片付け術みたいなものを実践したとして、それだけで理想のシンプルライフやミニマリスト生活が達成できるわけではありません。
テクニック的なものを知ることが無駄だとは言いません。とりあえず部屋をすっきりさせたいけれど、何からどうやって手を付けていいか分からないような方には、取っ掛かりとして役に立つことは多いでしょう。また、何か悩んでいること(課題)に対する解決策のヒントになることもあると思います。
でも、やはりハウツーだけではそのうち壁にぶつかる可能性が高いです。ある程度(これ以上手放すモノがほとんどないくらい)モノを減らし、部屋がスッキリした段階で、『これでシンプルライフ達成だと言えるのかな?』という疑問が頭をよぎるようになってきます。
シンプルライフに決まった定義があるわけではなく、自分でこれが自分のシンプルライフだと思えればそれでいいわけですが、何か釈然しないモヤモヤが残っている感じです。厄介なのは、モノの少なさがもたらす効果は確かに実感していて、具体的な不満点があるわけではなく、上手く言語化できない点です。
自分なりのシンプルライフの目的を突き詰める
持ち物を少なくし、整理整頓し、確かに心地良い居住空間になっても何か物足りない感を覚えてしまう原因は、自分なりのシンプルライフが定まっていないからだと思います。どうやら僕にとってのシンプルライフとは、単にモノが少なく、片付いている状態だけで完結するわけではないようです。
つまり、モノを減らすことは必要条件ではあっても十分条件ではないということなんだと思います。
ところで、冒頭で人の真似をしてもしょうがないと書きましたが、ゼロから何かを考えるのが難しいことも確かです。問題なのは思考停止することや試行錯誤を放棄することであって、自分の理想のライフスタイルを考える上で、人の意見を参考資料や思考の叩き台にするのは全然ありだと思います。僕自身、ブログ記事のネタ探しの意味もありますが、他の方のブログ記事をかなり読み漁っています。
ただ、シンプルライフやミニマリスト系のブログは、日記記事は別として記事のほとんどが持ち物、住環境、家計に焦点を当てられています。言い換えると、ミクロな話題が大半でマクロなテーマは少ないです。「人生とは○○だ」みたいな壮大なテーマについて頻繁に書けるわけはない(書いたところで需要もほぼない)ので、記事のテーマの大半が生活のピンポイントな話題になるのは当然のことだと思います。
一方、日記記事は幅広い話題が扱われていますが、基本的に深く洞察されたものではないのであまり参考にならないですし、何より検索性が低いので求める内容に辿り着くのが困難です。
とは言え、根気強く探せば、抽象的な事柄で気付きを与えてくれるようなブログ記事もそれなりに見つかります。
そう、確かにモノを手放す「効果」は感じられるんです。僕がこのブログを運営している意味でもあります。でも、「期待し過ぎだ!」とツッコまれればそれまでですが、その効果は人生を変えるほど大きなものではないことも事実なのです。
ミニマリスト系インフルエンサー達は、モノを手放せば人生や生活が劇的に好転すると謳いますが、ゴミ屋敷の住人でもない限り、モノを手放した程度で暮らしは激変しないんですよね。インフルエンサー自身は確かに人生が変わったのだから、彼らが嘘を言っているわけではありませんが、生存者バイアス的であることは否めません。
やっぱり『自分の理想のライフスタイル(シンプルライフ)とは何ぞや?』ということについては自分でよく考えることが求められます。というか、それしかないと言えます。
僕自身今のところ「これが僕の人生哲学だ」と呼べるような確固たるものは持っていないのですが、人生を豊かにするためにはそういった指針になるものを持つことが必要なんじゃないかと漠然と思うようになってきました。