【かわいいおかあさん】
わたしの母は病気を患っています。
いまは手術も終わり、表情も明るく元気そのもの。
彼女の苦しい治療はまだまだ続くけれど、
私たち家族は幸せな日常を送ることができています。
それでもときどきふと、諦めとも言えるような
彼女の覚悟が垣間見える時があります。
母は、自分はもう長くないと思っています。
病気の告知をされてからずっと今日まで、覚悟を確かな形にしてきたのでしょう。
薬の副作用で痒い痒いというので、
オーガニックコットンのパジャマをプレゼントしようと思い何色がいいか聞いたのです。
母はいつも自分のことは後回し。
我慢に慣れてしまってわがままを言うのを聞いたことがないような人です。
わたしがプレゼントをあげようとしても、今使っているので充分だから、と言います。
わたしは彼女の痒みをなんとかしてあげたかったので、
どうにかパジャマを選んでもらおうと、
物を大切に長く使う母にむけて嫌味ったらしく
「でもどうせお母さんは、パジャマ買ってあげたら15年くらい着るでしょう?」
と言ったのです。
母は、
「生きてたら着るよ。」
と言いました。
あと15年以内に死んでしまうつもりなの?という気持ちよりも
あまりにもその言葉がするりと口からでてきたことに驚いて
ああ、彼女の中ではこの決意はもうなんでもないようなことなんだ
と思いました。
そのことがとても悲しくて、今わたしにこのような文章を書かせています。
わたしも母の病気の告知を受けてから
いずれ訪れるであろう大きな大きなずっしりとした悲しみを
今のうちから少しづつ切り崩しているように感じます。
母は昔から英語を喋れるようになりたいとよく言っていて、
最近は世界地図の本を見るのが好きなようです。
作家の旅行記を読みながら、
世界地図をペラペラめくり、
ねえねえ、モロッコってどこ?
なんて聞いてくるので教えますと、
目をキラキラさせて
素晴らしい発見をしたかのように
ヨーロッパにすごく近いんだねえ、と言います。
世界中をいつか一緒に旅行しようね。
いつまでもどうか幸せに。
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