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bicycle【滲み】1800字

「その自転車で毎日誘拐されているんだ僕は。ママのおうちに。」


まんぱんのカゴからジャガイモが転げ落ちないよう
グッと買い物袋を押し込む。

りんりん鳴らすー、
やめなさい、
カゴとハンドルの狭い隙間のイスに乗せるにはコツが要るほどに、ぽにょんとした息子は重い、
重いけどかわいい。かわいいけど重い。

夕立が来るだろう低い雲。空から視線をおろすと同時にまたがるサドル。
ギシッと。

5歳の誕生日には何がほしいの。

ペダルを踏む瞬間は前輪と息子のバランスが重要、ふくらはぎの力の入れ方も。

レゴ。

風を切る速度と引き換えに香る男児の汗臭。
またヘルメットをつけ忘れている。

またレゴ?飽きないねー。

雷の音を背後に感じ、太ももを稼働させる。
パパ濡れちゃうかな、
言いながら空を見上げる息子にジャガイモが飛び出さないように押さえてと指示する。

どうせパパ帰ってくる時には雨やんでるでしょ、いつも会社おせーんだからノロノロ仕事やってんでしょ。

頬に最初の一滴が当たる。
なんでママはいつもパパの悪口を言うの?パパはママの悪口を言わないけど。

エレベーターで全ての階のボタンを押した息子のせいで、
部屋に着くまでに大抵の雨は払えた。
お米を炊く準備だけをしてシャワーをさせパジャマに着替えさせて、レゴで遊んでる間にシチューを作り、録画したアニメを見ながら食べ終え歯磨きさせて寝かしつける。
息子が寝てから自分が歯磨きし忘れてる事に気づいて歯磨きしながら白髪を3本抜く。眠くてパパが帰ってくる前に寝た。どうしようもない感情のまま寝た。



バッタを追いかけてたらお友達とゴッツンコして泣いた。
お友達はすぐ泣き止んだけど自分はわんわん泣いた、
先生が駆け寄ってきて泣いてないお友達の方を叱った。
お友達は悪いのはアイツだと、自分を指差して汗を拭った。
日陰に移動させられ男の子同士なんだからちゃんと仲直りしなさい、
と言われ無理矢理握手をさせて先生はどっかいった。

泣き虫。
お友達がこちらを睨んで言った。

なんで自分は泣いているんだろうと思いながら、
ヒックヒックとなる自分が不思議だった。

昼はお弁当を全部落っことした、
癇癪のお友達に色鉛筆の芯を全部折られた、
お昼寝でオネショした、
小さいお友達の吐いたものを掃除する先生の舌打ちが聞こえた。

夕立だからとカッパを着せられて玄関で立っていた、
雨の音を聞きながらママのお迎えを立って待っていた。
どうしようもない感情のまま待っていた。


滲み_bicycle


保育園の呼び鈴を鳴らすとすぐに玄関が開いた。
カッパは役に立たず髪まで濡れていたから
すぐ保育園の玄関が開いて助かる。
背後の雷とクラクションの音が玄関の開く音を無音化させる。

息子が無表情で立っている。
買い物いく?今日は行かない。

スムーズに自転車に乗ってくれない息子と
カッパに当たる連続的な雨の打音に、ほうれいせんが深く刻まれる。
全神経を集中させ下半身の筋肉を酷使する。
息子が静かなのか雨音がうるさいのか、会話は無い。

自宅のマンションが目に入り、洗濯物を干しっぱなしな事に気付く。
7階へ直通し真っ先に風呂場からバスタオルを持ってきて
息子の頭と顔を拭いてまた頭をガシガシ拭いて、
自分の顔もグッと拭いてから、そのまま玄関で息子の服を脱がせ始めた。
こちらを無表情でずっと見つめている。

濡れた服は脱がせづらく、Tシャツがおでこに引っかかり息子の顔が歪む。お構いなしにTシャツがおでこに残ったまま即座にタオルで身体を拭く。

ゴシゴシという音だけが暗い玄関に響く。

自分と息子が同時に気付いて、あっ、と言った。
自分の赤い口紅が付いたタオルのおかげで息子の身体中にクレヨンで描いたみたいな太い赤い線が付いていた。あららっごめん!息子の顔を直視した。先に笑ったのは息子だった、なにこれ〜!
緊張の糸が切れたかのような大笑い、次いで自分も思わず吹き出した。
なんかこれクレヨンみたいなんだけどー!転げるほどに腹を抱えて笑った、呼吸ができなくなって涙目になるほど笑うやつ、
おでこにTシャツが残ったまま上半身裸で長靴の息子を見てまたさらに大笑いした。
そんな自分を見て息子も、泣いてるじゃん!て言いながらこれでもかと笑っていた。

夏に入る湯船もいいな、と思いながら、
汗が引かない身体にウチワを仰ぎつつ、
アニメの話をしながら息子は眠った。



パパは会社でどんな会話をしてどんな感情で過ごしているんだろう。
昨日からの残りのシチューを皿によそって
ラップをかけてスプーンを置いた。




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ただよい散文 -UKEN-
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