Parents home【滲み】1500字
2階で思う。「この私の実家って誰の家なんだっけ」
写ルンですを現像した写真を引き出しに入れっぱなしにしていたようで、
緑色の半透明の下敷きに張り付いた写真を、
ぺり、ぺり、ぺりり
とゆっくり剥がす。
苔みたいな色の厚いカーテンと窓の隙間から漏れる日のヒカリは、
おやつみたいに黄色い輝きで、眩しそうでおいしそう。
部屋の電気はつけていない、薄暗さ、けれども、
写真をいちまいいちまい丁寧に剥がす。
「ごはん食べて帰るの?」
下からお母さんの声が聞こえた。
ニ階の相手にすべきでない日常的な声量で。
「うんー」
私も小さく頷いた。
写真て滲むんだ。
カビ臭いこの私の部屋には、いつからあの嫌いな色のカーテンが閉ざされているのだろう。私が出てったのが26の時だから、と数えはじめた途端に飽きて考えるのをやめた。
ふすまを開ければ思ったとおりの文庫本や月光壮のレターセットの山。
ブックエンド集め好きという謎の癖のおかげで、文庫本とブックエンドの数の比率は1:1。思わず自分で鼻で笑う。
埃が舞わないようにそっと人差し指の脇でカーテンを動かす、
遠くに見えるバス停、
さらに遠くに見える曲がり角。
あの角からバスがちっちゃく出てきてからいつも部屋を飛び出して、
階段を降りて、いってきますと言って、玄関で2回スタンスミスをトントンとして出掛けていってたな。
「なつかし」
おいおいつい口から出ちゃうものかね、
舞う埃に背を向け急な階段をかけ降りた。
すぐに見える玄関。玄関にいるお母さんが買い物に行くんだとわかったのは、もう見飽きたというほどのけろけろけろっぴのボロボロの手提げバッグ。
「あんたまだ左足の癖なおっとらんの」
言いながら玄関を出ていくお母さん。
さっき帰ってきた時に履いてきた革靴は、左足の爪先だけ白っちゃけている。
しばし誰もいなくなった家。
ほとんどの窓から西陽。
こんなに小さかったかこの家。
なんかこの感覚似てる、あれに似てる、好きでよく着ていた服をある日突然縮んできたな〜と気づくあの感覚。あれに似ている気がする。
それか私が太っただけか。また思わず自分で鼻で笑う。変なむず痒さに襲われ、つけたままだった短いマフラーをとった。爪に何かこべりついている。ああ、さっきの写真の剥がれた顔料か。
父も兄ももう居ないこの家に、
久しぶりに帰ってきた私を、
お母さんは「嬉しい」で見てくれるのかな。
マフラーはとったのにマッキントッシュのトレンチコートは身につけたまま階段を上がり私の部屋に入り机の一番上の引き出しを開けた。
滲んだ写真にこべりついたマゼンタと緑と黒をぺりぺり、
これは父の足かな?ストーンウォッシュっぽいデニム、いつだろう、あ、このモスグリーンのフリースは兄のだ、きっとそうだ。どこかの屋上?デパート?服は見覚えあるのに、いつ撮ったのかがわからない。私がいなかった旅行?撮影したのはお母さん?その現像が私の引き出しに?
外のバス停にバスが停まった。
カーテンと窓の隙間からは光も何も漏れていなく、
黄土色の砂壁が私を囲っている。
ピッポーン。
久しぶりすぎる家のチャイム音。
帰ってきたのは誰か。
私は今日なんで帰ってきたんだっけか。
道に婚約者でも落としてきたか。
自分で鼻で笑うのは良い処世術になるかもしれない。
全部の写真をコートのポケットに詰め込んだ。
手もポケットに入れたまま天井の木目のシミを見つめながら、ふーっとため息をついた。「アルツハイマーか。。」ピッポーン。私はどこのお店のカーテンを買おうか勘案していた。
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