Kettle【滲み】1300字
「日差しが寒いからあっためて。」という独り言。
ペンパルって何?
いいからてきとうに書いといてよ、岐阜県の中学生男子だって。
わたしの質問を制してゆみこから電話のiPhoneSE2の画面は黒くなった。
何を書けば良い?
たわいもない感じ?
こんにちはで始まればいいの?
便箋ってまだまだ長い。終わりが遠い。
水性ボールペンの液が1文字目を不格好にする。
昔の人ってどうやって手紙かいてたの?iPhoneSE2のサファリで検索する。芥川龍之介という人のラブレターがヒット。
文ちゃん
先達は田端の方へお手紙をありがとう。
会って、話をする事もないけど、唯まあ会って、一緒にいたいのです。
へんですかね。
どうもへんだけれど、そんな気がするのです。
笑っちゃいけません。
なんだこれ?すごい痛々しい。遠距離恋愛ならわたしもしたことあるし。
親指をめいっぱい曲げてLINEを過去まで遡る。
あいつとのトーク履歴はもう無い。
引き出しの中の白いiPhone4を引っ張り出す。
ああそりゃそうか。
充電をしようとするが、iPhone4に合う端子のケーブルが見当たらない。
あいつとどんなLINEをしたか思い出そうとする。
目をつむる。髪をかく。貧乏ゆすりをする。リビングテーブルが淡く揺れる。ほぼ飲んでいないインスタントのコーヒーがマグの中で冷めているのを横目で確認して少しイラつく。
カーテンレールと天井の間あたりを見上げる。
思い出せない。
2年も付き合ったんだけどな。
次、青森の女子高生の仕事も決まりそう。
ゆみこからのLINEのポップアップが目に入る。
たわいもない感じたわいもない感じ。。。
今、部屋です。ストーブの上のヤカンがコトコトいってます。
お元気ですか。こちらは元気です。寒い日が続くけど、部屋で温かいコーヒーを飲んでいます。岐阜はどんなところですか。遠い人との文通ってはじめてなので緊張します。わたしも昔は遠距離恋愛をしていました。夜11時にくるLINE。毎日の楽しみでした。分厚い大きいニットの袖から指だけ出して、卒業式の後に買ってもらったマグカップを両手で持って、ベッドの上で3時間は電話したよね。たわいもない思い出話や、教授の悪口とか、いろいろ話したよね。それが週一になり、月一になり、お昼に電話かけたら小さな声の女性が出たよね、わたしのお父さんと遊んだこともあるのに、ふざけて将来お嫁さんに欲しいですーとか言ってたのに、ちらし寿司食べながらお母さんも笑ってたのに、妹からきたFacebookのメッセンジャーでの「ごめん」で全部わかったよ、俺も東京の大学行きたいとか言ってたくせに、妹は私に全然似ていないのに、卒業文集に一生大事にするって書いたのに、別れた事は言わずのままにしてお父さんはガンで亡くなったよ。就職してからも私は一人っ子設定だよ。地元は忘れたよ。お母さんはパートに行けなくなったよ。日差しが寒いよ。妹は知らないよ。新しい仕事をはじめたよ。
でもほら、わたしは今はもう、こんなに元気だよ。いまどうしてる?
次は石川県の小学生だってよ!
ゆみこからの軽快な電子音が、ひどく滲むボールペンからわたしを助けてくれた。
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