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傷つくならブーメランじゃなくてカウンターで傷つきたい

僕の人生で、前触れもなく猛烈にハムスターが欲しくなった瞬間は2度ほどある。
モテ期は3回やってくると言われているので、ハム期も3回目がやってくるのだろう。おそらく次は50歳を越えたあたり、息子も20歳になって一緒にお酒を飲んでいる頃かもしれない。

「父さんな。ハムスターを飼おうと思ってるんだ」

「うん」

「⋯⋯」

「⋯⋯?」

こんな感じだろう。それ以上でもそれ以下でもない。
20歳というフレッシュでもあり大人でもある人生のターニングポイント。嫌でも刺激をたくさん受ける多感な時期に、50過ぎた父親のハム期は心底どうでもいい。

さて、最初のハム期の話から始めよう。それは10歳の時だった。
僕は近所の神社で開かれる盆踊り大会に出かけた。美味しそうな屋台がたくさん並び、一瞬で非日常にトリップできる感覚が楽しくて、僕は毎年楽しみにしていた。その年は母から渡された1000円を握りしめて、友達と待ち合わせをして2人で神社に向かった。

夏祭りで1000円なんて、すぐに使い切ってしまう。だから、ちゃんと計算して食べたいものを厳選しないといけない。そう考えながら屋台を見回していると、友達が「おい!ネズミが売ってるぞ!」と僕の腕を引っ張って言った。

目の前には初めて目にする2種類のネズミがいた。

片方はちっこくて灰色。しっぽがまん丸で、それはもう「ネズミ」ではなく「かわいい」という動物だった。
段ボールで作られた看板に「ジャンガリアンハムスター1500円」と書いてあった。

どうやらネズミではなくハムスターという名前らしい。僕はこの瞬間、初めてハムスターという存在を知った。

もう片方はベージュ色で尻尾は短いが、少しネズミ感が残っている。
そしてでかい。体がでかい。ジャンガリアンの2倍はある。
看板には「ゴールデンハムスター1000円」と書かれていた。

僕と友達は二人してハムスターのかわいさの虜になった。
かわいさではジャンガリアンの圧勝ではあったが、僕はゴールデンハムスターの目の前を陣取った。なぜなら、1000円ではゴールデンハムスターしか買えないからだ。消去法のような残酷な判断がきっかけではあったが、ゴールデンハムスターには、どこか抜けているような、とぼけた表情に愛嬌があった。見れば見るほどゴールデンハムスターが欲しいという気持ちが大きくなっていく。

少し前まで、僕の脳内ではたくさんの屋台を楽しむための緻密な計算を張り巡らせていたのに、今はもう「ゴールデンハムスター1000円」で全て埋め尽くされていた。

そうして僕は、衝動に任せてゴールデンハムスターを買った。
買わないという選択肢はなかった。漠然とした不安はあったが選択肢はない。不思議な感覚だった。屋台のおじさんからハムスターを受け取ってから、ずっと胸がドキドキしていたのを覚えている。

友達はジャンガリアンハムスターを買った。
僕たちは夏祭りが始まって早々にお小遣いを使い切ってしまった。そのままハムスターを持ち歩きながら夏祭りを楽しめるほど、ハムスターの存在は軽いものではなかった。それぞれ帰宅することにしたのだが、なんとなく「これ、やばいよな?」という背徳感を感じていたのか、帰りしなは無言だった。

親に内緒でハムスターを買う。これは、なかなかリスクの高い行動だ。
しかし買ってしまったものはしょうがない。僕はゴミ捨て場から段ボールを拾ってハムスターを隠しながら、家に入ることに成功した。

母に見つからないように段ボールで隠してドキドキしながら夜を過ごし、隣で一緒に寝た。

翌朝、段ボールを齧って脱走したハムスターは洗面所で母と邂逅する。
かつてないほどの母の絶叫で僕は目を覚まして、そのあと長時間の大説教をくらった。

そんな80年代アニメのようなオチがついた懐かしいエピソード。
それが記念すべき1回目のハム期だ。



そして2回目は30歳の時。約20年の時を経てのハム期が来た原因は1つの動画だった。

これだ。

有名な動画なので、見たことがある人も多いだろう。

かわいい。今見てもかわいいが、今見たら飼いたいまではいかない。
やはり、ハム期があったまるまでは20年かかるのかもしれない。

この動画を初めて見た時の衝撃は計り知れないものだった。

一瞬で僕の中の「かわいい」が身体中に駆け巡るような感覚に陥った。
僕は普段、「かわいい」を言わないタイプの人間なので、今まで貯めに貯めてパンパンに膨れあがった「かわいい袋」が破裂してしまったのだろう。

その日から毎日貪るようにハムスター動画を見続けていた。
関連動画もすべて見てしまう。

例えばこれだ。

フリーズもハムスターの魅力の1つだ。

関連動画は終わりがない。だから、あっという間に時間が過ぎていく。
ハム期になると、人生で最も大切だと言われる「時間」が「かわいい」に侵食されていく。人生で最も大切なのは「かわいい」なのではないか?と洗脳されていく。

それでも僕は動画を見続けていた。
天然でアホ丸出しの動きやアクシデントの数々を視聴し、笑いと癒しのダブル作用でプラスエネルギーをあたえてくれるハムスターに夢中だった。

ただ、あまり好きではない動画もあった。

当時はハムスターの「天然」という魅力にも強く惹かれていたため、人間様が動画に付け足したハムスターのセリフとかは、僕にとっては邪魔でしかなかった。

「エサもっとくれよぉ」とか。 

「た、助けてくれぇ」とか。 

そのおかげでふっと冷める瞬間はあったが、またすぐにクルクル回って吹っ飛ぶハムスター動画に戻って癒される。 

そんなことを繰り返していたら、当然のようにハムスターを飼いたいと思ってしまう。

僕は思い立ったら吉日な性格だ。 

例えば、ジブリ映画の「耳をすませば」を初めて見た19歳の夏。

見終わった15分後にはバイクで御茶ノ水まですっ飛ばし、サイレントバイオリンを買いに行ってしまう。
どうしても「天沢聖司になりたい」という衝動を抑えられなかった。

母の中ではスカチューンした爆音のスズキのTWでバイオリンケースを背中に背負って帰ってきた姿は、今でも伝説として(酒を飲むときに)語り継がれている。 
そんなエピソードもあるくらい、衝動で動くやつなのだ。

妻もその人間性を知っている。
漫画のばらかもんにハマった時は、大根を大量に買ってきて、ダンボールで干し台を作り”このもん”を作り始めた。

(画像を検索していたらマンガの飯を再現している面白い人がいたので貼っておきます)

当時、子供はいなかったですが、狭いアパートにたたみ一畳分をこのもん干しで占領した僕の奇行に、最初は呆れ顔だった妻も出来上がった"このもん"のあまりの美味さに「もう一度作って」とリクエストをしてきた。

それ以来、僕の突拍子もない提案に基本的に乗っかってくれる素晴らしい妻なので、ハムスターもすぐに飼うことになるはずだったのだが、この時ばかりは秒で反対された。

「あの時ダメって言ったじゃん」

僕の2度目のハム期はこの一文で終焉を迎えた。


僕の脳裏には「あの時」がリフレインしていた。

以前、妻と二人でホームセンターに行った時のことだ。
なんとなしに寄ったペット売り場にカメや鳥が並ぶ小動物のコーナーがあった。
そこには当然のようにハムスターがいた。そして当然のようにかわいかった。ただ、まだ僕のハム期はあったまっていなかったので飼いたいまではいかない。

「うわー、かわいい」

そう言って、妻はハムスターのケージの前から動かなくなった。
なんとなく、予想はついた。
あ、これは妻の方にハム期がきたな、と。

しばらくハムスターを眺めたあと、妻が振り向いた。

「ねぇ」

「何?」

「ハムスター飼いたい」

しかし、当時の僕は妻の衝動的なハム期を認めなかった。
受注している仕事のタイミングや、いろんな環境を踏まえた上で、生き物を飼うタイミングではないと判断したからだ。もちろん、ちゃんと向き合って努力すれば飼うことも不可能ではないが、僕は明らかに自分を優先してしまった。

その後、あろうことか、どん兵衛が伸びきってしまうぐらいの長さで説教した。

「命ある者を衝動で…」とか。「世話する時間はあるのか」とか。「生き物だから飽きたじゃ済まないんだぞ」とか。 

そういえば一期目のハム期で母親にくらった大説教と同じことを言っていたのかもしれない。 

ありがたいことに納得してくれた素直な妻。

それが今、全力で自分に返ってきている。
ホームセンターでのやりとりが、僕の二期目のハム期で返ってきた。

 僕が「ハムスター飼いた⋯⋯」と言い終わる前に、
食い気味で「え、あの時ダメって言ったじゃん」 と返ってきたのだ。

そしてぐうの音も出ない。
そう言われたら僕はハムスターをあきらめるしかない。 
余計な言葉はいらない。
その強さ、ひらりマントを持ったドラえもんと同列と言っても過言ではない。 

ドラえもんのひらりマント、矢吹丈のクロスカウンター、FFのリフレク倍返し。

いつの時代も、言葉の世界でも、結局のところ相手の力を利用したカウンターが一番効くってことが身にしみてわかった。


そして、ふと思うのだ。

いつからか、自分の言葉がそのまま返ってくる痛い仕打ちのことをブーメランと呼ぶようになった。

なんとなくだけど、ブーメランって登場人物が1人しかいなくて寂しい表現だと思ってしまう。それはおそらく、批判した対象との信頼関係がないから、ブーメランなのだろう。

だから僕としては、どうせならカウンターを食らいたい。

言葉でミスすることなんて、誰だってある。
でも、ちゃんと信頼関係があれば「相手」になる。
相手が返してくれれば、それはカウンターだ。
そうすれば「へへ、いいパンチだったぜ」って言える。

なんて言うか、そっちの方が間違ったとしても進んでいける気がする。

そんな、ハムスターとカウンターのお話。

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