米国留学中の為替変動による減収への対応体験
前川洋 ノースウェスタン大学
アメリカ イリノイ州 シカゴのノースウエスタン大学(以下NU)に留学中の前川洋です。
私は日本の海外留学助成金を得て研究留学しています。まず初めに留学助成金を援助して下さっている武田科学振興財団に深謝いたします。
ご存知の通り、インフレと円安は日本人留学生にとって非常に厳しいものとなっており、研究留学を諦めようと思っている方も多いと思います。今回は私の給与補償に関する経験の一部分をシェアします。皆様のお役にたてれば幸いです。
背景:
米国のインフレ率は2000年以降、年率2%前後で推移していました。しかしながら2021年以降の上昇率は大幅なものとなっています。2021年のインフレ率は7%を超え、さらに22年は8%以上も上昇しています。実際にステーキ肉の価格は年率10%、ミルクは7%、野菜は8%以上値上げされています。
私は車を持っていませんが、ガソリン価格も 2020年4月以降上昇を続けており、生活への影響は甚大です。次に円安の推移です。私が渡米した20年10月頃の為替レートは1ドル104円前後でしたが、 21年の4月には110円を超え、22年以降は急速に円安が進み現在は1ドル150円程度になってしまいました。
単純計算すると収入は30%減、支出は15%増えてしまっているので安定した生活ができるわけもありません。衣食住に不安を覚えることで研究のモチベーションも当然下がってきます。そこで私はボスに給与を補填してもらえないか相談しました。日本人にとって給与交渉は大変でストレスフルなのはご想像の通りです。私の知る限り日本人はお金の話をするのは良くないと教育されているので給与交渉に向いていないですし、英語でするので尚更toughです。
Visiting Scholarの給与を上げるもしくは補填する戦略:
日本からグラントをもらっている場合に渡米後の収入を増やす方法は端的に三つあると思います。日本のグラントを複数取ることも可能だと思いますが、重複を許しているグラントが非常に少ないのと年齢制限があったはずです。
1) 現地採用に切り替える
このアイデアはあまり勧められません。ボスにとってデメリットが大きく、あまり良くない提案だと思います。現実的には 2)もしくは3)が選択肢となります。
2) 給与を補填してもらう
NIHがポスドクの年次毎の給与水準を提示していることから、この基準を自分も満たすはずと思い、ボスと交渉したくなります。しかし、残念ながらNUでN I H基準はVisiting scholarには適応されないと規定されています。
おそらく他大学でも同様の記載があるのではないでしょうか。次に私はVisiting scholarに関する以下の記述に注目しました。
「On occasion, where the situation warrants it, visiting scholars may be provided with supplemental funding from university funds; such funding is considered financial aid for living and/or travel expenses and is not tied to services rendered to Northwestern.」
インフレと円安はこの状況に値するので、ボスに相談して、最終的には円安で失われた差額を2022年8月より受給できることになりました。
3) 現地で給与グラントを獲得する
ドル建てでの給料グラントを得るのは非常に大切だと思います。Visiting Scholarが応募できるグラントは限られていますが、幾つかはアプライ可能です。私は現在American Heart Associationが提供するフェローシップグラントにアプライしています。
おそらく各大学でグラントの応募に関する相談窓口が設けられていると思いますので、そちらに相談するかもしくはボスに直接聞いて、自身が Eligibilityを満たしているグラントを探索するのが良いと思います。グラントを書くトレーニングになりますし、自分の研究を客観的に見つめ直す良い機会ですので是非挑戦してみてください。
私の給与交渉の実際:
私は円安が進みはじめた 2021年夏(留学一年後)に最初の給与交渉をしました。この際には医療保険の支払いをボスがしてくれることになりました。この際にN I H基準についても話しましたが、そこは加味されませんでした(今考えれば当然です)。
その半年後に収入に関する不安を再度相談し将来的にアメリカ国内のグラントに応募しようという提案を頂きました。しかし、その後も円安に歯止めがかからなかったため、たまらず2022年の5月に更なる給与交渉を行いました。当初は特に何もしてもらえなそうでした。しかし前述の記載を見つけて話を進めていき、その後はAdministratorが手続きを進めてくれました。給与の補填が決まるまで三ヶ月程度の期間が必要であったことも追記しておきます。
大切なこと(私案):
私は英語が苦手で給与交渉の過程は億劫でした。ただし、ボスと face to faceで向き合って toughな状況を伝えるよう心がけていました。時間をあけて複数回話すことも大切だったと思います。
円安のことなどボスは知らないので具体的な数字を用いて給料が何%減ったという説明を複数回行いました。当然ながら執拗な交渉や礼儀を逸するのは状況をさらに悪化させるだけだと思います。ボスのキャラに合わせたコミュニケーションが求められます。
まとめ:
C O V I D 19のパンデミックとウクライナーロシア戦争、それに続くインフレと為替変動という未曾有の危機の時代に留学することは非常に大変です。収入が減り支出が増え、衣食住に不安が生じると研究のモチベーションにも影響します。まずは自身が所属している施設の内規を理解し、ボスと相談して少しでも状況を改善できる道筋をつけることが肝要だと思います。
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