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膝枕〜君と僕の物語 𝕔𝕙𝕒𝕡𝕥𝕖𝕣.𝟚


膝枕 Another Story〜君と僕の物語 𝕔𝕙𝕒𝕡𝕥𝕖𝕣.𝟚


僕の大切な人は人間ではない。
彼女は、人工知能を搭載した膝枕...その容姿は、女性の腰から下だけだ。
言葉も話さない。抱きしめ合うことも、口づけを交わすこともできない。
それでも僕らはお互いを大切に想い合っているし、2人での生活はささやかな幸せに溢れている。


その日帰宅すると、いつも玄関まで出迎えてくれていた君は、珍しく電気もつけずテーブルの前で待っていた。
なんだか怒っている様子で「ここに座って」と僕を促した。どうやら何か大事な話があるらしい。


テーブルの上には、白いA4サイズの封筒が置かれていた。
左端には赤い文字で「優待アップデートのお知らせ」と印刷されている。

僕の身体中が心臓にでもなったかのようにドクンと大きく脈打った。
差出人は「HIZAMAKURA Co.(膝枕カンパニー)」に違いない。


1ヶ月ほど前...サポートセンターから優待アップデートのメールが届いた。
回答期限が過ぎても返信がないため、今度は書面で案内を送って来たのだろう。
普段僕宛の郵便物を開けたりすることがない君だけど、きっとアップデートという言葉に 胸を...いや膝を膨らませて中を見てしまったに違いない。

サポートセンターから知らされた優待アップデートとはこんな内容だった。

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【選ばれたお客様だけの特別なご案内】

今回の優待アップデートは、前回のアップデートで新しく搭載された機能を一定期間内で使いこなし、当社のモニターに相応しいと判断された製造番号の商品のみが対象となります。

小型スピーカーと音声機能が搭載され、ニュースや天気などの情報や音楽の再生、簡単な会話が可能になります。

最新の技術でお客様がお持ちの商品をグレードアップし、快適な膝枕生活をお過ごしください。

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僕は最初メールで送られてきたこの知らせに心を躍らせた。


もしかしたら君の気持ちを言葉で聞くことができるかもしれない。
君は最初にどんな言葉を僕に伝えてくれるんだろうか...
「君の声」は...どんなだろう…


けれど最後に書かれた※(米印)の見えないくらい小さな文字を読んだ瞬間、冷や水を浴びせられたように、僕の浮かれた熱は一瞬にして消え去ってしまった。


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※このアップデートにより、稀に本体の記録データが損傷する場合がございます。

また本体の寿命が著しく短縮される可能性がございます。ご了承ください。

アップデート後1年の保証期間内でしたら新しい商品(最新モデルも可)と交換いたしますのでどうぞご安心ください。」

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「…本体の寿命が著しく短縮される...新しいものと...交換?」

これまで僕は膝枕の寿命なんて考えもしなかった。
バッテリー交換さえ続けていれば...メンテナンスさえしっかりしていれば、君は僕より長生きをするんじゃないかとさえ思っていた。

アップデートどころか...君を失う日のことを想像して僕は急に恐ろしくなった。
相談して、君自身が強くアップデートを希望したら、僕はどうするべきなんだろう...。

臆病な僕は君と向き合おうとせず、黙ってやり過ごしていた。
そうするうちに回答期限が過ぎてしまったのだ。

僕はこの話を...はじめからなかったことにした。



テーブル越しの君は何か言いたげにギュッと膝を強張らせている。

膝頭にかかる白いエプロンのフリルについた、小さな茶色いシミを見つめながら僕は口を開いた

「アップデートをして....音声が搭載されたら....君は会話だってできるかもしれない...」

自分の声がみっともなく震えていた。

「アップデートを選べば、君の世界は更に広がる…僕は、僕はその可能性を潰そうとした。でも…」

ドンッ!
と君は右膝を床に叩きつけた。

怒っているのかと驚いたが、君は僕の隣ににじり寄り、膝をこすり合わせて「来て」と言うように僕を誘った。

「いいの?僕は君にひどい事をしたのに…」

「いいの」と言うように左右の膝をかわるがわる動かし、君は僕を促す。僕は君の膝に、そっと頭を預けた。

君の膝のやわらかさとあたたかさに、張り詰めていた気持ちが緩んでいくのが自分でもわかる。


そうだ、きっと君は怒ってなんていない。このところ僕の様子がおかしいことに気付いて、ただただ心配をしてくれていただけなんだろう。
膝枕として生まれた君は、どこでこんな優しさを学んだんだろうか...
愛を持って生まれたはずの人間の僕が、AIである君に愛を教えてもらっている。

「黙ってて…ごめん」

そう言うと「いいの」というように左右の膝を一度だけ小さく動かした。

「もう君に隠し事をしたりしない。あったことも、僕の気持ちも、ちゃんと君に話すから。信じて。これからもずっと君を...大切にする」

照れて熱くなった僕の頬よりも、君の膝の温度のほうが高くなった気がした。


休日の朝、君は閉められた扉の向こうで少し遅めの朝ごはんを作ってくれている。
あの脚立に乗って君はどんなアクロバティックな格好で、何を作ってくれるのだろう。


あの日僕たちは優待アップデートはしないと決断した。
2人で1日でも長く一緒にいられる方を選んだのだ。

君は言葉を持たない。
抱きしめ合うことも、口づけを交わすこともできない。

家族や友達に紹介することもできない、僕の愛しい人...
君は人ではないから正確にはコイビトではない…なんて言う人もいるかもしれない。
誰にも理解されないであろう君と僕との関係…

それでも構わない。
あの日、僕は君に後悔をさせないと、絶対に幸せにすると心に誓ったから。
君が僕にくれる幸せと同じだけ、僕は君を幸せにする。

だから、僕はこれからもずっと...
ずっと君と2人で生きていく。


キッチンの扉の向こうから、聴こえるはずがない楽しそうな君の鼻歌が聴こえた気がした。

𝓯𝓲𝓷


「膝枕」とは・・・

人気脚本家の今井雅子先生がnoteに公開された短編小説です。
この話を元に書かれた創作小説は200作品を超え、音声SNS  Clubhouseでは2021年5月31日から毎日誰かがこの「膝枕」及び関連作品を朗読する膝枕リレーが続いています。

今井先生が背中を押してくださって、私も僭越ながら膝枕iterの仲間入りをさせていただきました。

君が僕にくれる幸せと同じだけ、僕は君を幸せにする。

今回のお話ではこの言葉がお気に入り。
元ネタは槇原敬之さんの「君に会いに行く」という歌の歌詞「君が思っているのと同じくらい好きです」です。

「君より僕の方が好きだよ」って言われたい人の方が多いのかもしれないけれど、「同じ」と言えるのは相手の自分への気持ちを信じているからこそ。
初めてこの曲を聴いた時にとても素敵だなぁと思ったことを覚えています。
膝枕ちゃんが彼のために尽くすのは、尽くすようプログラミングされているからではなくて、彼の愛情もそれだけ感じているから...と私は思って書いているけれど、今のところ特にエピソードはありません(笑)

Another Story

私のような素人が書いたこの物語を読みたいと言ってくださる方の朗読を聞いた時に、通常みなさんがつけてらっしゃる「外伝」をつけるべきなのなと思って気になっていました。
でもなんとなく「がいでん」という響きが「でてーん」と強い気がして(伝われ!このニュアンス)、英語のside storyを検討。それだと本編で語られなかった物語な感じてまた違うし、パラレルワールド的なこの話をどうしたらいいんだろう…ということで、「Another story」とつけてみました。
しっくりこないなと思ったら本文同様、気まぐれにまた変えます。ごめんなさい(先に謝っておくスタイル)

きみぼく𝕔𝕙𝕒𝕡𝕥𝕖𝕣.𝟙はこちら


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