建物はフィルムの様に
6年間住んでいた部屋を引き払って、新しい部屋に引っ越して来た。ビルの老朽化で早急に立ち退く事になったのだ。少しでも理想に近い物件を探してたくさんの内見をし、リミットのひと月前に新しい転居先が決まり、名残惜しくセンチメンタルなひと月を過ごしてやっと数日前に新居に引っ越して来た。
段ボールに埋もれた部屋を片付けたり、管理会社とやり取りしたりとまだまだ慌ただしい。
6年間住んでいたマンションはとても古いビルで、部屋にたどり着くまでのコンクリートの朽ち果て具合やエレベーターの頼りなさは初めて来る友達たちをもれなく不安にさせていたけれど、部屋に入ればとても見晴らしが良く、窓からは森と教会が見えて僕はこの風景が好きだった。
夜には森から良い匂いの空気が流れて来て、その空気を吸い込むと少しいい気分になった。
ここに住みはじめた6年前といえば、まだコバルトボーイのかけらも無く、アコースティックギターを抱えていろんな街やライブハウスでライブをやってはどこかしっくりこない日々を送っていた。そしてライスボウル解散(事実上)以降もう2度とやらないと思っていたバンドを再びやれる事になり、メンバーとたくさんの曲を作って活動をし、アルバムを出せた。
大人になってからの6年なんてあっという間の様で、6年前の自分から見るとそこには宝石の様な眩い瞬間と、泥沼を這う様な気持ちの夜を、記憶にも残らない様な日々が繋いだ膨大な時間が横たわっていて、そんな毎日を過ごした部屋を去るのはとてもさみしかった。伽藍とした部屋は役割を終えた様に静かで、引っ越し作業で酷使されたエレベーターはついに止まってしまった。
このマンションが建てられてからこれまでの長い時間の中で、人々が来ては去って行き、残した影の様な気配がどこかしこにまだ残っている気がする。
Wi-Fiがまだ生きてるのでこうやって部屋を訪ねて来られているけれど(新居にはまだない)、月末には入れなくなり、来月は取り壊しになるそうだ。
僕は深く頭を下げてドアを閉めた。