見出し画像

セックスがしたいわけじゃなかった2

気になる彼を食事に誘った私は浮かれていた。
付き合ったらどうなるかとかくだらない妄想もした。

だけど、彼との連絡は予定を決めたきり特にない。

今思えば、彼は初めから私のことはそれほどだったのだろう。

彼からしたら、たわいもないやり取りをするほどでもない女だったかもしれない。

だけど、私は幸せだった。彼と会えることが嬉しかった。

今思えば、不思議なほどに私は彼自身に彼のことを尋ねることはなかった。

彼について表面的なことは知っていた。
家族構成や好きなもの…初対面の相手に質問するような項目はだいたいネットで出てきた。インタビューも読んだ。
完全にストーカーと化していた。



初めて2人で会う日、私は2時間遅刻した。
仕事で想定外のトラブルに見舞われ、残業になり帰れずにいた。
朝家を出るときはウキウキだった。
定時で帰って綺麗に着飾って彼に会いに行くつもりだったのに…

全てに絶望しながら、彼に連絡した。
「大変申し訳ございません。せっかくお時間作っていただいたのですが、残業になってしまいました。遅い集合か違う日にお願いしたいのですがいかがでしょうか?」


今思えば、何時に残業が終わるか分からないのに日程変更をしなかった私の仕事出来ない度数は相当高そう。

もし、タイムマシーンがあってあの日に戻れるなら仮病でもなんでも使って会社を休んで、早く彼に会いに行って、もっと長く一緒に過ごすの。
もっと言うなら何年も前に戻って彼を探しにいきたい。



結局彼は待っていてくれた。
「何時になっても大丈夫ですよー。こちらも仕事が少しあるので、ミスドでコーヒー飲みながら作業していますね。お気になさらずに。」

仕事の目処が付いて会社を出た時点で既に1時間の遅刻、それから急いで向かうけれど運悪く電車がこない。結果的に2時間の遅刻…



私たちはいつもタイミングが合わなくて、果てしなく遠かった。
運命なんて言葉を辞書から消してしまいたくなった。
だけど、私は幸せだった。彼と出会えただけで。


「遅くなってすみません。だいぶ待たせてしまいましたよね。」

「実は待ち合わせよりも結構早く着いちゃって、ドーナツ1個食べちゃった。でもお腹すいたー」


金曜日の夜に男女が食事に行くというのに店を予約していなかったのはある意味では不幸中の幸いともとれる。
歩きながら「何食べたい?」なんてキャッキャッしていた。

2時間遅れた人と2時間待ってた人とは思えないくらい和気あいあいとしていて、私は完全に心を掴まれてしまっていた。
集合時間より早く来てくれたこと、
2時間も待っていてくれたこと、
行き当たりばったりを楽しめること

彼は優しい。不機嫌になる要素があるシチュエーションにもかかわらず、ずっと笑顔だった。
私に会えて嬉しいとまで言ってくれた。

好きだ、
好きだ、もう好きだ、これは



店はすぐに見つかり、良さそうな居酒屋に入った。
私は緊張と幸せで酒を一気に飲んで、記憶がほとんどない。

本当に飲み過ぎていたし、調子に乗っていたと思う。



お会計をした覚えもないし、何を食べて何を飲んだかも覚えていない。
恥ずかしすぎていっそのこと彼のせいだと言いたいけれど、自ら積極的に急ピッチで飲んでいたのは薄っすら思い出した。

気がつけば、彼は私と同じ電車に乗っていたし、同じ駅で降りていた。

「一緒に帰ろう?」
彼の膝に手を置いて言ったのかもしれない。

彼と過ごした電車の中も全く思い出せないけれど、彼は私の最寄りの駅で降りたし、私たちは手を繋いでいた。



酔っぱらった私は明るくて、うるさくて、多少の「多」迷惑な女だった。
タクシーがなかなか来なくて駅から家まで歩くことにした。
その時点で飲み過ぎて気持ち悪かったし、トイレにも行きたかったから、私は走り出したり騒いだりして奇行を見せながらコンビニに向かった。

なんで彼がいるんだろう…
送ってくれるのかな?
でも、こんな姿見たら引くよね。
死んだような脳が私に語り掛けてくる。



私は確実に軽い女だった。
呆れるほど浅はかで、詰めが甘かった。
そして何も分かっていなかった。

彼氏以外と体の関係を持ったことがなくて、そんなふしだらな人たちはごく少数派だと思っていた私には、男女が酒の勢いで一緒に帰ることの意味を分かっていなかった。

同じ部屋で2人きりでも泊まりでも、セックスしたくなければ断ればいい。
そう思ってた。
いや、今だってそう思う。



でもね、私は猛烈に彼が欲しくなって、
まるで一瞬で消える流れ星を見つけたときみたいにこの瞬間を逃したくないとさえ思ってしまったの。
それが勘違いでも間違いでもなんでもいいやって、
酒のせいにすればいいやって。




いいなと思ったら応援しよう!