初めてのエコーと宣告

今から3日前に、アメリカで稽留流産の手術を受けた。

遡る、その一週間前の、初めてのエコーでは、不穏な雰囲気が漂っていた。
検査技師は、何も言葉を発せず。

私は、ただ食い入るように、エコーの画面を見つめていた。
赤ちゃん、どこ。
私の赤ちゃん、どこ。

なかなか映らなかった。

でも。

子宮の黒洞の中で、赤ちゃんを捉えた瞬間があった。

あっ、と思った。

小さかった。
信じられないくらい、小さかった。
小さい。けど、動いてる。
心臓だ。
一生懸命、生きてる。

可愛い…。

ふと、涙が出た。

初めて芽生えた気持ちだった。

今までの「ただの子ども好き」を超える、心の奥底を揺り動かされるような、
言葉にできない気持ちだった。

この子は、こんなに小さいのに、一生懸命、生きている。
私のお腹の中で、生きようとしている。

エコーを通して、ドッドッドッという音も聴こえた。

どうしても、今すぐ、安心できる答えを聞きたかった。
あの。この子、生きてますよね。大丈夫ですよね。

でも検査技師に何を質問しても「私はドクターではないから答えられません」と。
夫は、緊張と不安のあまり、深い、深いため息を大きくついて。
車の鍵を、3回、床に落とした。

その日は、もともとドクターに会う予定はなかった。
アメリカでは、血液検査も、エコーも、ドクターとのアポイントも全部バラバラ。それでも、検査技師に「この後ドクターから説明してもらいます」と言われて。
どうしようもなく嫌な気がした。
夫のため息は、ますます深くなった。

待合室で、夫をさすりながら、自分に言い聞かせるように呟いてた。
「ねぇ。大丈夫だよ、赤ちゃんの心臓動いてたよ。」

夫は、全く落ち着きがなかった。
「でも。でも。あんなに小さかった。」
極度の不安状態。もうこんな状況に耐えられないと、今にも言い出しそうだった。
そんな夫は、初めて見た。

きっと一生懸命ネットで検索して、妊娠8週のエコー写真を勉強したんだろうな。
夫の手に固く握られるスマホのスクリーンに、同じ週数くらいのエコー写真がズラっと写っているのが見えた。

再び診察室に通されて、ただ遠くの方で、木が風で揺れているのを見つめていた。
夫は後ろの方で、貧乏ゆすりをしているらしい。
いつもみたいに、冗談ぽく夫の貧乏ゆすりを止める余裕もなかった。

医師は「元気ですか。」と言いながら入ってきた。
これは、文字通りではなくて、ただの挨拶だって知っている。
でも夫は「元気かどうかは、あなたから聞かされることに、依ります」と答えた。

医師は、小さくため息をついて言った。
「Your baby's heartbeat is funny.」
(あなたの赤ちゃんの心拍には異常があります。)

えっ。

夫も、近くで、泣きそうな声を発した。

でも、赤ちゃんの心臓、動いていましたよね?
生きてますよね?

それから、医師に、赤ちゃんの心拍にどのようなリズム異常があるのか、
赤ちゃんのサイズが通常の週数より小さいことも聞かされた。
この妊娠がうまくいくかは、五分五分ですとも言われた。

夫は、放心状態のようだった。

しっかりしなきゃ。だって、大丈夫なはず。
私の赤ちゃんに限って。まさか、そんな。

「先生、赤ちゃんの心拍数は?」
「サイズはどのくらい?」

元医療者として、情報収集しないと。

「心拍数は86。」
「サイズは6週くらいの大きさです。」

正直、何かの間違えじゃないかと思った。
検査技師の、腕が悪いんじゃない。あんなに愛想がなかったし。

私から何も質問がなくなるのを見て、
医師は「また来週、来てください」と言い残して、去っていった。

夫と抱き合った。

医師が「ごゆっくり、していってください」と、優しくドアを閉めた。

夫と抱き合って声を出して泣いた。
マスクの中が、涙で濡れて、気持ち悪かった。

どうすればいいか、分からなかった。

ほんの数分したところで、看護助手のようなおばさんが入ってきた。
「はい、もう出て。あっちで次の予約していって。」

鬼かと思った。
私たちがどんな気持ちか、この人には分からないのか。
こんなことは、日常茶飯事なのか。
あなたは麻痺しているのか。
怒りすら、わいた。叫び返したかった。

ただ、もうそんな力も湧かなくて。
二人で、何も言わずに、診療科を後にして。

院内のエレベーターを待っている間、ただ夫にもたれかかって静かに泣いた。

違う病棟から、医療者がやってきた。
「一緒のエレベーターに乗ってもいいですか」と、静かに聞いた。

夫が、私を抱きしめながら「もちろんです」と答えた。

乗るべきエレベーターが止まった。
でも、すぐにドアが閉じてしまった。故障しているのか。

なんで、こんな時に限って。

その医療者は、優しく呟いた。
「大丈夫。きっとすぐに、他のエレベーターが来ます。」

何も答えられなかった。
もう、私たちには、いっぱいいっぱいだった。

家のソファで抱き合いながら、子どもみたいに泣いた。
一日中、二人で大声で泣いた。


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