『電子音楽 in the(lost) world』(絶版)より、ムーンライダーズ関連ディスク紹介抜粋

ムーンライダーズ『モダン・ミュージック』(79)(クラウン)

前作「いとこ同士」でMC−8との初セッションを体験するが、まだ本編はカフェ・ジャックス路線の時代。本作は鈴木慶一の音楽評論家活動がフィードバックし、ポリス、トーキング・ヘッズの影響からニュー・ウェーヴ化を表明した第一声。全員が突然髪を切りライヴでヘルメットを被って演奏したのにはファンも驚いた。慶一御用達の業界サロンのあったマンションの上階のスタジオで録音というのも雰囲気。ギターは突如アンディ・サマーズ風に変貌し、「モダン・ラヴァーズ」で「画期的な唱法を見つけた」と慶一が語ったしゃくり上げ唱法が完成。クリス・スペディングの影響で書かれた「ヴィデオ・ボーイ」など、シンセの使い方は次段階に入っているが、博文が語っているようにリハが不十分だったことが理由でグルーヴ感は乏しい。

ムーンライダーズ『カメラ=万年筆』(80)(クラウン)

タイトルは仏ヌーヴェル・ヴァーグの有名な宣言文。全曲映画の題名からの引用だが未見の作品もあり、あくまでお遊び。アントン・カラスの原曲のテープをハサミでズタズタにした「第三の男」はまるでダブで、バケツ・ドラム、「沈黙」のギターの発泡スチロール奏法などジャンク持ち込みはおろか、「週末の恋人」のストリングスを逆回転して再利用する悪童ぶり。松武秀樹を迎えたシンセ・パートも「硫酸の滴る“ジュッ”という音」などヒリヒリした聴感で、破壊度はカルト作で知られる『マニア・マニエラ』より上か。「太陽の下の18才」で聴けるツイスト+ラテン・リズムはかしぶち哲郎の発明品。アナログ盤では「大都会交響楽」のラストがループ(エンドレス)になっており、こうしたポストモダンなアプローチもライダーズならでは。

ムーンライダーズ『マニア・マニエラ』(83)(ジャパン)

岡田徹がMC−4を購入しコンピュータを本格導入。1トラックづつモザイク状に録音していく手法で、作る行為自体がダブ的に。ヨゼフ・ボイスが掲げた“薔薇”が歌詞で何度も利用され、フルクサス(反芸術)イズムを実践している。奥村靫正の構成主義的デザインに合わせ、音はインダストリアル、コーラスもロシア労働歌風のユニゾンに。だが「春咲小紅」のようなヒットを期待して同社に招いたA&R三浦光紀が内容を聞いて拒絶し、メンバー判断でオクラ入りに。翌年CDで出るが、メンバーは誰も再生機を持っていなかった笑える逸話も。カセットブック(冬樹社/写真下)化を経て、86年にキャニオンから初めてレコード化。

ムーンライダーズ『青空百景』(82)(ジャパン)

『マニエラ』封印の翌日に録音開始。前作で得た自信を糧に「もっと売れる曲を」というリクエストに応えた、ネガとポジの関係。ベーシック・トラックを制作した鈴木兄弟宅の“湾岸スタジオ”は、本作を低予算で上げる目的で作られた。0から始めた前作と対称的に、全員がデモ・テープ作りから始め、結果、ビートルズ、クイーンなどポップ文法を駆使したブリティッシュな音になった。MC−4のミニマルな手法と、チェリーレッドの影響らしいネオアコの音のハイブリッドは鉄壁。白井良明の改造ギターや「くれない埠頭」のTBー303のグライド・ベースなど、廉価な国産機でグルーヴを追求する着眼は、後のヒップホップを感覚的に先取りしている。デカダンの深い森を抜け、青空の下でにやけているのが一番過激だった時代の記念碑。

ムーンライダーズ「彼女について知っている二・三の事柄」(80)(クラウン)

『カメラ=万年筆』からのカット。「ラヴ」という歌詞が何十回も出てくるコンセプトで作られた曲で、アントニオーニばりの“愛の不毛”を逆説的に演出。B面「地下水道」はXTC「GO+」風の同曲のダブで、メンバー全員がディレイのオン/オフ・スイッチを持って、即興セッションによって作られたもの。

ムーンライダーズ「エレファント」(81)(クラウン)

ソニーCM曲。XTC『ドラムス&ワイヤーズ』のように、シンセの象の鳴き声以外はギターのアンサンブルと録音のギミックだけで作られた曲。歌詞の英詞は自動筆記風。B面は「ヴィデオ・ボーイ」の再録音で、フライング・リザーズの影響らしく、ブリキの灰皿を叩いたような耳をつんざくスネアが衝撃的。

ムーンライダーズ「花咲く乙女よ穴を掘れ」(86)(キャニオン)

クラウン時代のA&R国吉静治が興したテント・レーベルから、86年に『マニア・マニエラ』が初レコード化。ロシア構成主義風のジャケ改訂に合わせてカットされたシングルがこれ。機械的なイントロと長尺のアウトロが付いたリミックス・ヴァージョンで、分離感のある音からこれのみ新しい制作物のよう。

ムーンライダーズ「M.I.J」(84)(RVC)

資生堂パーキー・ジーンのCM曲で、「PJ!」と歌っていた歌詞を「TV!」に変更してシングル化。引き続き英詞で、詞は井上陽水などに書いているダイアン・シルヴァーソーン。ミニマルなリズムでグルーヴを追求しており、『アマチュア・アカデミー』のアコースティック・ファンク路線の雛型になった。

鈴木慶一プロデュース『サイエンス・フィクション』(78)(クラウン)

ムーンライダーズの鈴木慶一が、イーノ、ボウイが参加したロック・オペラ盤『ピーターと狼』の影響を受けて制作したコンセプト・アルバム。かしぶち哲郎がシークエンサーのパルス信号を見ながらドラムを叩くといった、ライダーズ以上に実験的な作品に。「HAL9000」は冨田勲を意識したシンセ・インストで、合成音による“宇宙ライオン”が登場。「地球脱出」は慶一ヴォーカルによるボウイ風バラードで、間奏部ではゴドクレ風にギター・チューナーをカチカチと回して演奏する奇妙なソロを披露。

ビートニクス『出口主義』(81)(バップ)

英国から帰国後、バブルに沸く日本に怒りを感じた高橋が、ムーンライダーズ契約切れの空白期間にいた鈴木慶一と結成。あらかじめ予定を組まず、低予算で仕上げるために元ボーリング場跡の赤坂TAMCOで録音された。PVを作りたいという希望から、日本テレビ系列の新興会社バップからビデオと併せてリリース。命名はバロウズらビート族からで、男2人のオクターブ・ユニゾンの気持ち悪い歌唱もおそらく狙いか。英タイトルは実存主義のアナグラム。「教授のヘタウマ・ドラムに感動して」が動機となり、鍵盤を高橋が弾き始めるが、狂ったバルー風の「蛇口」など、ここでのプロフィットの使い方の閃きは天才的。イミュレーターによるサンプル、タクシー無線のノイズなど、全体の音色はインダストリアルなトーンで統一されている。

ビートニクス「洋の中の川」(81)(バップ)

海外で発売するために、『出口主義』で初めてピーター・バラカンに発音指導を仰いだ高橋。念願叶い、翌82年に英国スタティックとの契約を果たすが、1曲を差し替える必要のために、再び2人が結集して「英国向け」に録音された曲。一部のタム以外は完全にリン・ドラムと鍵盤のみで、初めて本格的な2人の共作曲が試みられた。「海を流れる川のように生きたい」というのはボンクラ男の生きざまの隠喩で、87年の復活作『ビートで行こう』のコンセプトを先行したもの。

武川雅寬『とにかくここがパラダイス』(82)(キャニオン)

ライダーズの契約空白期間に作られた、ステファン・グラッペリなどの影響を受けたヴァイオリン奏者武川の初ソロ。表題は、鈴木慶一が秘本千一の仮名で書いた、アサヒビールのCM曲。制作はクラウン時代のA&R国吉静治で、本作がライダーズ以上のヒットを記録し、後のテント・レーベル設立の布石を作った。ペンギン・カフェのベンチャーズ・カヴァーに触発されて、半分はエレキ・インストの有名曲を再演。残りはライダーズのメンバーの書き下ろしで、演奏も全員が参加し、『青空百景』時代のMC−4による実験的サウンドを披露している。幻のバンドだったアート・ポート(白井良明・かしぶち哲郎・鈴木博文)も曲提供。

武川雅寬『恋はPUSH! PUSH! PUSH!』(82)(キャニオン)

前作のヒットで要請を受け、ミノルタ・カメラCMの表題曲を含んで5ヶ月後にリリースされた、本人曰く難産アルバム。正式なクレジットがないのはおそらくライダーズがジャパンと契約決定したためで、いかにも白井風のギター・サウンドなど、メンバー参加は明白だろう。『マニア・マニエラ』から始めた手習いのトランペットも、マーク・アイシャム風のニュー・ウェーヴな武器に。イミュレーターで作られた自作曲「トーイ・ボックス」は、一時ムーンライダーズの登場曲として使われ、ライヴ盤『ワースト・オブ』にも収められた。「スカーレットの誓い」風のヤーヤー・コーラスによるジョー・ミークのカヴァーも面白い。

『陽気な若き水族館員たち』(83)(ジャパン)

ムーンライダーズの拠点だった“湾岸スタジオ”でデモ・を制作していた。ポータブル・ロック、ミオ・フー、VOICEに、ヴァイオリン奏者の美尾洋乃参加のリアル・フィッシュを加えた4バンドのVA。“水族館”のレーベル名は、リアル・フィッシュ、サイコ・パーチーズ(鈴木慶一夫妻のユニット)など、魚の名前が多かったのに因む。直接の設立動機は英国のコンパクト・オーガニゼーションからで、かの名作ガイド盤にあやかってVAから出発。YEN周辺組より同好会的なノリが強く、全員参加の「水族館オーケストラ」も。各人のデモを数秒ずつつないだB面曲は、モーガン・フィッシャー『ミニチュアーズ』のよう。

『陽気な若き博物館員たち』(84)(ジャパン)

VA第2弾は、複数のプロデューサーが新鋭を紹介するスタイル。直枝政太郎(博文)、近藤達郎(矢口博康)、パリス(慶一)、クオーテーションズ(和田博巳)に、ソロのデモ・テープがよいと評判を呼んでいた比賀江隆男が加わった5組。ナゴムから作品集が出る予定もあった、直枝の「運河の兵隊」「トロッコ」のドゥルッティ・コラムに通ずる透明感のあるサウンドが素晴らしい。近藤達郎曲は、れいち参加のウニタ・ミニマの原型。パリスには、後にUFOに参加するラファエル・セバーグが在籍していた。レーベルはこれを含むわずか4枚で終焉を迎えるが、テイストはビクターのコミックのイメージ盤などに受け継がれた。

※『電子音楽 in the(lost) world』(アスペクト刊/絶版)より、ムーンライダーズ関連ディスク紹介記事を再録


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