改めて代償動作を考えてみる
理学療法士としての主な仕事は、出来ない動作、苦手な動作を改善していく事なんですが、当然のことながら臨床してると様々な動作を見ます。
そして、障害を負った方々の動作はその人がかつて行っていた動作ではなく、いわゆる代償動作といわれる本来とは違う動作になっています。
セラピストとして代償動作を見ると修正したくなるのが性ですが、そもそも代償動作とは何なのでしょうか?
代償動作があれば修正すべきなのでしょうか?
代償動作について考えてみたいと思います。
代償動作の代償って?
そもそも日常的に使用している代償動作の代償ってどういう意味でしょうか?
コトバンクを参照すると、
【代償とは、目的を達するために、犠牲にしたり失ったりするもの】
とあります。
動作で考えると、「犠牲にしている」という所が引っかかってきそうです。
では、何を犠牲にしてるのでしょうか?
簡単に言えば、正常動作により遂行する事を犠牲にしてる。
もっと具体的に言えば、その人がかつてやっていた方法で遂行する事を犠牲にしてると言えます。
つまり、代償動作って本来やっていた方法を犠牲にして別の手段でやっている動作という事です(当たり前ですね)。
では、何故かつて出来ていた方法が出来ず、代償動作をいう手段を使わないといけないのでしょうか?
代償動作の必然性
代償動作って何とか目的を達成する為に表出した、その人にとっての必然性のある身体表現です。
必然性があってしている動作なので、「分回しだから」「力が入ってるから」「肩が上がってるから」というような「○○だから」という安易な発想で修正を試みるのはセラピストのエゴになります。
単に正常動作からのズレを指摘するに留まらず、やりたくても出来ない理由があるはずなので、何故その身体表現を選択せざるを得なかったのか、動作の意味まで考えていく必要があります。
代償動作の意味の5項目
このnoteで私が言いたかったメインの箇所です。
代償動作ってその人にとって必然性があって、そう動かざるを得ない 理由があるのですが、
①本人にとって目的動作が難し過ぎるので(課題難易度)
②何とかして目的を達成する為に(合目的的)
③運動の自由度を減らして動作を単純にし(簡素化)
④その一つの方法しか使えず(選択肢の減少)
⑤非効率であっても、その方法がその人にとって手っ取り早く有用である(メリット)
が考えられます。
これらの5つの項目が部分的、若しくは全体的に関係性を持つのが代償動作の意味構造かなと感じてます。
先ず①の【課題難易度】ですが、代償が出る時はその方にとって動作の難易度が高いから出ると考えられます。
片麻痺の方で肘が曲がってしまうのも、パーキンソンで足が竦むのも、健常者においても綱渡りのような状況だとハイガードになります。
例えば、座位であれば麻痺側の肘関節がリラックスして伸展してるのに、立位をとると肘関節屈曲してしまう、みたいな場面はよく遭遇します。
その方にとって立位の難易度が高く、心理的、身体的努力量が増える結果、肘屈曲という代償動作が出現していると考えられます。
こんな時、手すりを把持して立位をとるとどうか?とか、杖ついてみるとどうか?というように難易度を下げていって肘の屈曲が緩むポイントを探します。
代償が無くなるポイントがその方にとって現状適切な課題レベルといえます。
次に②の【合目的的】ですが、動作には必ず目的があります。
手を上げるにしても、「物を取るために」とか「洗濯物を干すために」といったように。
歩行であればただ歩くことはなく、「トイレに行くために」歩き、「買い物行く為に」歩くのです。
そして、人は何とか目的を達成するために、様々な手段を使おうとします。
この「様々な手段」で代償するのです。
よくあるパターンとして、肩甲上腕関節の可動域制限がある方が高い所の物を取ろうとする場合、物を取るという目的を達成するために、肩甲上腕関節での可動域不足を肩甲骨の挙上で補って角度を稼ごうとします。
それでも足りない場合、体幹伸展を強める、さらにはつま先立ちになるという反応まで出るかもしれません。
この考えを進めると、さらに台に上る、棒を持つという風に道具に使用にまで繋がります。
さらに、この目的を達成するための代償動作ですが、同じ目的であってもその代償パターンは人によって様々なバリエーションがあります。
例えば、歩行時の遊脚にて「つま先が引っかからないように」という目的であったとしても、分回し歩行、鶏歩、対側下肢による伸び上がり歩行などがあります。
・分回し歩行
※麻痺側下肢を外側に円を描くように振り出す事でつま先の引っかかりを回避している。
・鶏歩
※麻痺側下肢を高く上げる事でつま先の引っかかりを回避している。
・伸び上がり歩行
※対側(非麻痺側)下肢の足部を底屈させ、麻痺側つま先の引っかかりを回避している。
いづれもつま先が引っかからないようフットクリアランスを確保する為に選択された歩行です。
③の【簡素化】ですが、麻痺などの何らかの障害を負うと、それまで何気なく行っていた動作が非常に難しく、複雑に感じます。
動作に参加する部位が増えるほど動作が複雑になり、コントロールが困難になります。
そんな場合、参加する部位を減らし(運動の自由度を下げる)動作を単純にします。
これも例を挙げてみます。
本来歩行時遊脚では股関節、膝関節、足関節の3関節が連動して機能する必要がありますが、片麻痺の分回し歩行では、麻痺側下肢3関節のコントロール、もっと言えば非麻痺側下肢で支持しつつ、体幹を伸展位に保持しながらの麻痺側下肢3関節のコントロールは非常に複雑になるので、下肢を一本の棒にして自由度を減らしコントロールを簡単にして扱い易くしてると言えます。
運動の自由度を減らして必要な動作の手順を端折っているのです。
④の【選択肢の減少】ですが、本来動作は環境や状況といったその時の文脈に適した方法を選択するために様々なバリエーションがあります。
しかし、麻痺などによって障害を負ってしまうと動作のバリエーションが著しく減ってしまいます。
一つの方法を獲得するだけで精一杯なので、どんな状況でもその方法で押し通してしまいます。
例えば、通常の立ち上がり動作であれば、手すりを引っ張って立つ、杖を押し付けて立つ、ベッド端を押して立つ、太ももに手を置いて立つ、体を捻りながら立つというように状況に合わせて様々なバリエーションの中から選択して立つ事が可能ですが、物を掴んで引っ張りながら立つ方法しか選択肢がない場合、周辺に固定物が無いと立てない、若しくは誰かの手を引っ張らないと立てないといえます。 (※一つの方法でも獲得出来ている事自体は凄く大事です)
動作の選択肢を増やし、且つ状況に合わせて使い分けれるようになる能力は重要ですね。
最後⑤の【メリット】ですが、代償動作ってご本人自身も修正したいと思っていてもその動作を続けてしまいます。
その方法を続ける事で何らかのメリットを得ていると考えられます。
ここではワイドベースでの歩行を考えてみましょう。
ワイドベースで歩くことでどんなメリットを得ているのか?
支持基底面が広くなり安定し易い、重心が低くなる、両下肢と床面で作る三角形が構造的に安定するので少ない筋活動で済む、側方制御が容易になるetc.色々考えられます。
ワイドベースで歩行する方に「歩幅狭くしましょう」とアドバイスするだけでは解決困難です。
歩幅を広くする事でその方が得ているメリットは何かを推論し、そのメリットを本来の歩幅でも保障出来るようにするにはどうすればよいかという考え方が重要です。
メリットが保障されるとおのずとワイドベースは消失します。
このようにメリットがあって行ってる代償動作を無くしたいのであれば、代償しなくて済むような別のメリットでの保障を提示が重要になります。
以上代償動作の意味の5項目の解説をしましたが、これらの5項目は同じ現象を違う側面から説明してると言えます。
見方を変える事で動作の解釈が変わり、介入の幅が出てきます。
代償動作を続けるデメリット
上記のように、代償動作はその人にとって必然性があってやってる事ですし、何らかのメリットを得ているのです。
とはいうものの、代償動作を継続する事のデメリットも当然あるわけです。
代償動作は本来の動作(いわゆる正常動作や、かつてやっていた動作)を犠牲にしている非効率な動作と言えます。
非効率な動作を継続する事により、使用頻度の多い部位、頻度の低い部位とのアンバランスが時間経過とともに強まってしまいます。
その結果、構造的な破綻を引き起こす可能性があります。
また、体力的に余裕がある時は力任せで何とか誤魔化してこれても、加齢とともにそれすら困難になってきます。
そして、言えることは、代償動作を続ける事で、いつかかつての自分の動きに繋がると言うことはなく、非効率なパターンは増強され続けるということです。
代償動作を修正すべきかどうかは悩むところですが、代償だから修正するという思考はセラピスト側のエゴになります。
ご本人の能力可能性に加え、そもそもご本人がそれを望んでるのかどうかが大事になります。
大事なポイントとして、ご本人が代償動作をする事に困ってなければ修正する必要もないですし、上手くいかないことが多いです。
困ってることに対して介入するということです。
ただし、代償動作を続ける事によるデメリットが考えられる場合は、しっかりそれを説明したうえでどうするかを決める必要があります。
代償動作修正の介入の考え方
代償動作を修正するしないの是非は置いておいて、ここでは代償動作を修正する方向で話を進めます。
基本的な考え方として、どういう条件設定だと代償がでないのか?を探っていきます。
具体的な方法は3つあります。
①代償が出ない範囲で動く
②重さを介助する
③筋収縮を介助する
では、一つづつ説明していきましょう。
まず①ですが、ある課題に対して、最初から最後まで代償が出る場合そもそも課題が飛躍してる訳ですが、前半上手く出来てても途中から代償が出てしまう場合、代償が出る手前まで実施するというものです。
例えば、立位で麻痺側へのウェイトシフトを実施するとき、途中で体幹や臀部が崩れてしまうケースでは、代償が出ない狭い範囲で練習します。
ここで大事なのは、代償が出ると出ないの境界線付近を練習し、徐々に境界線を広げていきます。
次の②と③は基本的に介助下にて代償なく目的動作を達成し、成功の先取りするというものです。
②は重さを介助する訳ですが、ウェイトシフトで考えてみましょう。
崩れる理由は様々ですが、支持能力が身体(この場合は上半身)の重さに負けていることが考えられます。
例えば、支持能力が7に対して、身体の重さが10だと3足りなくなり、3の分だけ代償がでます。
その3の部分を介助にて補うというものです。
基本的に重さの介助なので、上方に介助します。
ウェイトシフトであれば、胸郭を軽く持ち上げて一緒に動く感じです。
大事なポイントはご本人が自ら動いているという主体感を得れるように一緒に動くことです。
介助が2であれば、介助不足となり、動けないと感じます。
4であれば過介助となり、動かされている感じになります。
適切に3介助することであたかも自分で動いているような運動主体感を得ることができます。
明確に数字化する事は実際困難ですが、可能な限り注意して介助します。
最後の③ですが、これはほとんど考え方は②と同じです。
重さを介助する事から、筋収縮そのものを介助します。
またまたウェイトシフトで考えてみましょう。
例えば殿筋の出力不足が原因で代償が出ている場合、殿筋そのものを把持し出力を助けてあげます。
大事なのはあくまでも筋収縮を介助するのであって、無理やり押し込んだりして関節運動を起こしてはいけないということです。
ここでも、②と同じく介助の程度に注意を払います。
介助不足であれば代償が残りますし、過介助であればやられてる感が強くなります。
慣れてくると適切な出力介助が出来るようになりますが、最初は相手に感触を聞きながら程度を調整しても良いと思います。
この辺りは経験を積んでいく必要がありますね。
そして、問題個所が殿筋なのか、四頭筋なのか、体幹筋なのかetc…と、どこが不足して代償しているのかを事前に検証しておく必要があります。
闇雲に決め打ちするのはバクチです。
仮説を立て、検証し、問題個所を明確にしていく作業は、それはそれで別テーマになるのでまた紹介します。
代償能力そのものを所有しているか?
今までは代償動作とは何か、その構造と介入に関して書いてきました。
何度も言うように、代償能力って何か(かつての方法)を犠牲にしてでも目的を達成する能力です。
しかし、誰もが代償して動ける訳ではありません。
代償能力自体の有無も大事なポイントになります。
ここでは、代償能力そのものを考えたいと思います。
代償してでも目的を遂行出来る方は、ある意味残存能力を使いこなせてると言えます。
適切に使いこなせてるかどうかは別として…
代償すらとれない方は、
・代償するだけの身体機能さえ持ち合わせていない
・自覚あるなしに関わらず身体が代償する必然性を感じてない
と考えられます。
例えば、
・歩行時に常に足尖が引っかかってしまう。
・常に麻痺側にぶつかってしまう。
などなど…
結果として危ないとか出来ないという段階です。
代償してでも出来るかどうかが先ず獲得すべきポイントです。
そして、代償能力を所有してる、していないに関わらず無自覚、無頓着な場合、気づきを促す必要があります。
代償能力を有していない場合、気づきを促し、必然性を感じてもらい、並行して身体機能を高めていきます。
代償能力を有しているが無自覚な場合、無自覚な代償動作に気づきを促し自覚的代償動作へ繋げる事が大事です。
ご自身の代償動作を一旦俯瞰的に捉えて距離を取り、もうちょっと上手い事付き合えんかいなと探求する。
上手い事っていうのは、状況文脈的more betterな落としどころ。
自覚する事で代償の戦略が変わる可能性が出てきます。
最後に
ここまで述べてきたように、代償動作には様々な意味が考えられ、当事者にとって必然性のある動作だということがお分かり頂けたかと思います。
そして、必然性があるので、単に代償があるから修正するといった短絡的な介入はセラピストのエゴに繋がる恐れがあります。
修正するメリットデメリット、その妥当性を吟味した上で、今回紹介したような介入で代償動作を軽減するよう進めていきます。
しかし、片麻痺のような障害では、必ず代償を無くせる保証はありません。
現実的な落としどころを考慮しながら介入していきましょう。
お読みいただきありがとうございました。
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