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【創作怪談14】

ジーちゃんが亡くなって、49日も過ぎ、ジーちゃんの居ない生活に僕も恐らくバーちゃんも慣れ始めた頃、僕はバーちゃんに呼びつけられた。あの日以来、口を交わすこともなかったのでバーちゃんの部屋でバーちゃんの顔をマトモに見るのは久しぶりだった。
「和政、お前、蛇をどこまで扱える?」
「蛇?あぁ、あの思念体の蛇?」
「そうじゃ、ワシの白蛇は月華(げっか)と言う。元は3体おって雪月花としておったが、今では月華のみになった」
「バーちゃんが3体作ったの?」
「そう、ワシの思念から作られたモノだな。だからワシは意のままに動かせるし消すことも出来る」
「僕はあの時、意識して作った覚えはないんだよ」
「知っておるわ!お前が単に感情を暴発させて、己の中の感情を無意識の内に固めて作り出したのが、あの黒い蛇よ」
「バーちゃんとこの月華は何か気高くて神々しいよね?僕の黒蛇は何か禍々しいんだけど、何の違いなのかな?」
「月華は私が思念体として作ったが、神様と私が交わって出来たものだ。私が神を迎合し、育んだ霊体じゃ。いわば神の気をも纏っている霊体よ。お前は神と交わるどころか、己の中で溜め込んだ暗い想念を怒りで固め、身の内で納めることが出来なくなり、外に吐き出さざるおえなくなって、あの蛇を体外へと吐き出した。だから、あの蛇はお前でもある。で扱えるのか?」
「扱えるも何もわかんないよ!蛇を扱うって何すんの?式神みたいに使うって事?」
「それもある。自分で始末を付けられるかどうかが1番のポイントじゃがな?」
「正直、何にもわかんないな。でも、蛇と会話は多分、出来る。今は俺の身体のどっか奥深くで寝てるみたい」
「取引を持ちかけられたんじゃないか?」
「そう!俺の身体を明け渡せって言ってきた」
「霊体は宿無しじゃからな、自由になる肉体が欲しいし、お前は元々、蛇の住んでいた器でもあるから、蛇には居心地が良いし使い勝手が良いのだろう。まさか、取引を成立させたんじゃ?!」
「まさか!僕もそこまでお馬鹿じゃないよ。取引は断ったし、まぁその辺りの事を話そうと思ったら、蛇が疲れたからと奥深くへ引っ込んじゃったんだよ」
「取引は慎重にせねばならんでな?蛇の住処も何処に居るかわからんではなく、所定の場所を作らねば使役するのにも支障が出るぞ?」
「所定の場所?」
「いざ使役する時に何処におるのかをいちいち探知しておったら時間の無駄じゃろうが!ピッと出してピッと仕舞える場所を作るのじゃ!うーむ、そうよのぅ。お前なら、ここかの?」
バーちゃんが僕の前に、膝立ちで擦り寄って、僕の前髪を左手で無造作に払い、僕の左目の瞼の上に右手の人差し指と中指を揃えて立てた。左目が熱い。身体の奥底から何かが湧き上がり、その何かが恐るべき速さで左瞼の裏にやって来た事がわかった。僕は閉じた左目の瞼に黒い蛇がとぐろを巻いてシャーシャーと威嚇している空気を感じた。強引に叩き起こされ、引きずり出されたのだろう。単に熱いのではなく、怒りの気も含めた熱さなんだとわかった。
蛇を無理矢理引きずり出したバーちゃんが、瞼の内側に居る蛇に向かって声を掛ける。
『お前に名を与えよう。これからは【黒曜】(こくよう)と呼ぶ。良いな?』
『ケッ!好きにしやがれ』
『良し!承知したな?私がお前に存在する為の名を与えた。コレで私とお前との間には契約が完了した。お前はワシには逆らえん。もう名を受け取ったからな?今更、返上は出来ぬぞ!後は我が孫、和政とよく今後の話をする事だ。和政、黒曜は左眼に封印しておけ。そこなら何かと便利だろう。今までよりも視認や感知は楽になる』
『バーちゃんの使い魔にしたの?この黑蛇!じゃ月華、僕にくれよー!あっちの方が格上でしょー?』
『馬鹿者!お前に月華を扱えるだけの術が無いわ。ワシでさえ凌駕される時もあるんだぞ?見た目に騙されるでない!この愚か者!』
『何か左目がゴロゴロするんだよ、バーちゃん?』
『黒曜、暴れるでない』
『狭いんだよ、ここ!眩しいし、俺が休まらんし、居心地悪い!』
『僕だってそんなとこに居られたらたまったもんじゃない!』
そんな僕と黒曜のやり取りを呆れた顔で見ているバーちゃんが静かに告げた。
『これから、和政は黒曜の宿主となるし、黒曜は宿主に対し、対価を使役されることで払う関係になるのじゃ。ウダウダ言っとらんと早く折り合いを付けて清濁併せ呑め!黒曜、私の月華は共喰いが好きでな?お前の事を舌舐めずりして見ておるぞ?』
『ゲッ!あの年増の白蛇の事か?何年生きてんだよ、アレ』
『お前にもわかるであろう?月華は自分より格上だと。だがお前を食べさせる事はないぞ?ワシがさせん!安心しろ、ソレは約束する』
『何か後出しジャンケンみたいだなぁ、バーさん、性格悪いな!あのジーちゃんとはエラい違いだな、和政?』
その瞬間、僕の左目に雷が落ちた。閃光のように突き刺さった光は物凄い熱量で僕はあまりの熱さと痛みに左目を押さえてのたうった。
『黒曜の馬鹿が!バーちゃんを怒らせるから、僕までとんだトバッチリだぞ!イッてぇな〜もぉ』
『俺もいてぇよー!全身黒焦げだ!和政、淵に沈ませてくれ!』
『黒曜!そこから動くでない!和政、黒曜をそこに留めるのはお前がするんだよ?ワシはこれ以上、お前達には関わらんぞ?』
『わかった』
僕は左眼の中に黒曜を呪縛した。捕縛ではなく呪縛。黒曜も先程の雷でのダメージが強いようで、呪縛に対してピクリとも動かなかった。僕は少し可哀想に思えて、黒曜が沈んでいた淵のイメージを左眼の中に作り、その中に傷付いた黒蛇をゆっくりと沈めた。

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