闘う日本人 10月 寒露
このショート小説は、約5分で読める
ほんとにバカバカしいショートショートの物語です。
毎日、日本人は頑張っていつも何かと闘っている。
そんな姿を面白おかしく書いたものです。
今月は10月の闘いで二十四節季の「寒露」がテーマです。
タタカウ商事の林先輩と鈴木はいつものように話が嚙み合わないようです。
先輩の林と後輩の鈴木は、取引先から疲れたように会社に帰る所だった。
「そもそもあの案件のミスは部長の不手際でしょ。どうして僕たちが取引先に謝りに行かなきゃならないんですか」
鈴木は不満そうに林に言った。
「まあ、そう言うな。それがサラリーマンっていうものだよ」
そう言われても鈴木は納得できなかった。社会というものは理不尽なものとわかってはいるが、どうしても小さな怒りは納まらなかった。
しかし、そんな事をいつまでも思っていても仕方ない。
そんな中でも確実に季節は移ろいでいる。そして秋めいてくる街の風景を眺めて言った。
「先輩、もうすっかり秋ですね」
「そうだな。今年はまだ日中は暑いけど、朝晩はさすがにそんな気分だな」
「そうですよね。夜には虫の音も聞こえますしね。もう寒露ですよ」
「そうだな。もう甘露だ」
そう言って二人は歩いた。
そして先輩の林は鈴木に、
「甘露と言えば栗かな。俺はやっぱり甘栗が好きだな」
林は秋の味覚の話しをし始めた。
「はあ、寒露と甘栗・・・・・・。当てはまると言えば当てはまりますけど、寒露といえば寒さが始まると言うことでしょう。そう言えばこの時期には十三夜がありますよ」
「十三夜?また団子でも食おうっていうのか?」
「どうしてそんなに食べ物の話ばかりになるんですか?僕は寒露の話しをしているんです」
噛み合わない話しに、鈴木は困ったようだ。
「だってさっきお前が甘露の話しをするからだよ。どう考えたって秋の味覚の話しになるだろ。柿とか甘栗とか梨とか」
「秋の味覚ですか?もしかして先輩の言っているのは甘露・・・・・・つまり甘い露と書く事を言っているんですか?」
「そうだよ。だからさっきから甘露と言っているじゃないか」
「その甘露じゃなくて、寒い露と書いて寒露ですよ」
「なんだ、それは?」
「知らないんですか?二十四節季の一つの寒露」
「ニジュウシセッキ?なんか聞いたことがあるな」
「二十四節気で秋分の次は寒露でその次は霜降ですよ」
「あ~そう言えば聞いたことがある。なんだ寒露か、初めからそう言ってくれよ」
「最初からそう言っていますけど」
鈴木は、先輩の林が本当にわかっているのかどうか疑問に思った。そこでいくつか質問をしてみた。
「本当に寒露を知っているんですか」
「もちろんだよ」
「それじゃ、寒露と言えば?」
「電車が走っている所にある下の二本の・・・・・・」
「それは|線路です」
「じゃなくて、ちょっと豪華な別荘にあるような暖房と使われる・・・・・・」
「それは暖炉です」
「ではなくて、キッチンにある料理をするためのガスとかをつける・・・・・・」
「それはコンロです。先輩、僕をおちょくっていますでしょう?」
鈴木が半ば切れ気味に言うと
「冗談、冗談だよ。鈴木があまりにも真面目な話しをするからちょっと言ってみたかっただけだよ。ああそうね、寒露ね。寒くなってきたからね」
林の口ぶりはどう考えても、わかってはいない感じだった。
「でも日中はまだ寒くもなんともないですよね。昔は十月になると衣替えってしていたのに」
「そう言えば衣替えなんて最近は聞いたことがないな。年々気温が上がってきているから、季節がずれてしまっているんだよ」
「そうですよね」
確かに今日の日中の最高気温は三十度だ。まだ、とても秋を味わう気にはなれない。
「だからまだ時期的には白露ぐらいですかね」
「ハクロ・・・・・・?」
林はそう言って黙ってしまった。
「先輩。まさか白露を知らないんですか?」
「ば、ばかなこと言うなよ。ああ、ハクロだろ。確かに時期的にはそうかもしれないな」
「本当にわかっているんですか?」
「もちろんだよ。あの敷くものだろ。『針の何とかに座る』とかいう」
「それは筵です」
「……ではなくて、昔のお殿様が住んでいる家」
「それはお城です」
「会社のお前の席は、俺の・・・・・・」
「後ろです」
「部長の腹の中は」
「真っ黒です」
鈴木は言ってしまってから「しまった」と思った。
「はは~ん。やっぱりお前はそう思っていたんだな」
「先輩。僕をはめましたね」
林は鈴木にそう言われてニヤリとして言った。
「そう思っているなら別に腹もたたないだろ」
鈴木は笑顔で頷いた。
注)寒露 秋分の次の節季 概ね10月8日~22日頃
霜降 寒露の次の節句 概ね10月23日~11月6日頃
白露 秋分の一つ前の節季 概ね9月7日~22日頃