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ケプラーの校則 第1話(出会い)

#創作大賞2024
#恋愛小説部門

あらすじ
高校に入学したばかりの俊太は、ふとしたことから1学年上の明日香という女子生徒が立ち上げた天文同好会に入る事になった。
 その部屋は元々演劇部の部室だったのだが、そこには「ケプラーの校則」という意味不明な訓示のようなものが飾ってあった。
 あまり人を寄せ付ける雰囲気ではない彼女だが、夏休みには彼女のお姉さんのような叔母も一緒に天体観測合宿などをして、徐々に彼女との距離は縮まる。
 そして夏休みも終わろうとしていた頃、明日香は俊太の目の前から突然消えた。それにはもちろん理由があった。俊太はその理由を探すと意外な事実がわかった。そしてそれはあの「ケプラーの校則」も関係していた。



 春 桜はだいぶ散ってしまったが、うららかな日差しとアスファルトの上に散りばめられた桜の花びらが新しく来た春を演出していた。
 “新生活” 
 そんな言葉に似あうような素敵な高校生活をしようと、同じ中学の生徒があまりいない、遠くの私立の高校に進学した。
 僕は中学校に入る頃から、どうしても同級生とうまく仲間になれず、いい思い出がなかった。
 小学校と中学校は違っていた。
 小学校ではそこそこクラスの中で打ち解けていた僕だが、中学生になると徐々に教室の隅に隠れているようになった。身体の成長の違いもあるかもしれないが、元々運動の苦手な僕は同級生の中では全く目立たない存在で・・・・・・。別にいじめにあっているわけではないが、何となく無視をされているような・・・・・・いや存在自体を認められていないような気がした。
 それでもみんなと仲良くしなければと言う思いが強く、それが強いストレスとなって心を病んだ時もあった。
 それと同時に、徐々に自分の存在価値などはないのではないかと思うようになった。
 そんな時は、夜になると星や月を眺めていた。すると不思議と心が落ち着いた。
 元々、星空には興味があったのだが、中学生以降はますます星空を一人で見ていることが多くなった。
 僕はいっそのこと、中学校時代の同級生があまり行かない学校に行き、大げさだが人生をやり直そうと思ったのが、この高校に進学した理由だった。
「やり直すためには、何か部活動をしよう」
 親元から離れて、五つ年上の大学生の兄とのアパート生活をする事になった。ここは兄の大学とは近かった。しかし兄は、バイトやらサークル活動が忙しいらしく、僕と一緒にアパートにいることはあまりなかった。
 しかし、それが返って開放的な気分で心地よかった。

 入学から一週間。僕は改めて学校の敷地を一人で散策する事にした。
 歩いていると学校の敷地の端の方に、文化系の部室が集合している棟を見つけた。
 一つの平屋の建物だが、それぞれに入り口があり仕切られていた。
 元来、運動が得意でない僕は部活動なら文化系にしようと思っていた。 
 文化系の部活といえばどこの学校も吹奏楽部が一番幅をきかしているが、この棟は、それ以外の部が集まっているようだった。
 その棟の手前から見ていくと、それぞれの入り口にその部活動の看板があった。

「園芸部、新聞部、絵画部、茶道部、天文同好会・・・・・・?」
 なぜか一番奥の部室だけ、『○○部』ではなく『天文同好会』とA4の紙に手書きしてあった。
 そこの部室の前は、少しだけ広い庭のようになっており、その庭の先は林に覆われていた。 
 星空に興味のあった僕は「天文部」なら即入部をしたと思うが、その『天文同好会』と言うのが気になり、しばらくその部室の入り口の前で中の様子を伺っていた。

 すると、その部室の木枠でできた引き戸が、ガラガラという音を立てて開いた。
 出てきたのは、ショートカットヘアで透き通るような白い肌の小柄な女の子だった。綺麗な女の子なのだがあまり表情がなく、陰鬱な雰囲気を持っていた。
「入会希望?」
 彼女は中の様子を伺っていた僕を見ると、少し機嫌が悪そうに訊いた。
「いや。入会希望っていうか・・・・・・」
「そう、違うの」
 彼女は素っ気なく言った。そしてその開けた戸を閉めようとしたので、
「あっ、ちょっと待ってください」と言うと彼女は振り向き僕の方を見た。
「あの、なんで天文同好会なんですか?」
 彼女はあまり話しやすいという感じではなかったが、『同好会』の理由を訊きたくなった。
「だって天体観測とかするから」
 その不機嫌そうな表情が、少し不思議そうな表情に変わった。
「いや、そうじゃなくて何で“部”じゃなくて“同好会”なんですか?」
「あ~そっちね。それはまだ部活じゃないからよ」
 それでは何のことかよくわからない。
「もし暇なら中に入る?そしたら教えてあげる」
 彼女はそういった。
 暇と言えば暇だ。
「いいんですか?」
 一応聞いてみた。しかし僕がそれを言うか否かの時に、彼女はそのまま部屋の中に入って行くので、僕は考える間もなくそのまま彼女について行った。

「お邪魔します」
 そう言ってその部屋に入ると、そこは少し薄暗かったが、すぐに目が慣れた。
 中には横に5人以上は座れるような大きな古い長方形の木製テーブルがあり、彼女はその机の先にある事務用の回転椅子に座り、他には誰もいなかった。
 僕は周りを見渡しながら、そのテーブルの真ん中あたりに座った。
 そして部屋の中はスポットライトが二台。他には前部分に赤や青や黄色のセロファンのようなものが回転する円盤が取り付けてある大きなライトや、大工道具ようなものがあった。本棚には何かの台本だろうか?使い込んだ手作りの冊子がズラッと並んでいた。
 僕はやっと気が付いた。これはどう見ても演劇部の部室だ。
「あの、ここは天文同好会ですよね」
「そうよ」
「なんか演劇部みたいですね」
「当たり前じゃない。ここは先月まで演劇部の部室だったの」
「先月まで?」
「正確には昨年度まで。演劇部は年々部員数が減っていって、今年の三月に最後の三年生が卒業すると誰もいなくなっちゃったの」
「それで廃部ですか?」
「ううん。一応休部扱いになっているみたいね。だから機材なんかはそのままなの。一応学校の備品だからね」
「そうなんですね」
「でも部室を使わないのは勿体ないから、私が天文部を創るからこの部室を貸して下さいって、学校にお願いしたの」
「じゃあ天文部じゃないですか?」
「違うのよ。最後まで聞いて」
「あっ、はい」
「演劇部が休部だから部室を貸し出すのはいいとしても、新しい部を作ることは簡単にはできないらしいの。正式に学校が部活動と認めるには顧問の先生の手配や、少ないけど年間の活動費の補助など色々な手続きとかがあるらしいわ。部として創部の申請ををするには、取り合えず部員が五人以上になるか、または何らかの実績を残すかしないといけないみたい。だから今は任意の団体なの」
「それで天文同好会なんですね」
「そうよ。わかったら協力してくれる」
「協力?」
「そう。この天文同好会に入ってよ」
「え?」
 急にそう言われても僕はこの人に協力する筋合いはない。確かに宇宙や星空には興味があるし、何らかのクラブ活動をしたい気もあるが、いかにも不機嫌そうなこの女子とはうまくやっていけるとは思えない。
 僕はしばらく黙ってうつむいていた。
「返事がないと言うことはOKでいいのね。じゃ、決まりね」
「え、もう?」
「私はここの代表で二年三組の姫野明日香。代表と言っても一人だけどね。君は?」
「え、僕は一年二組の筧俊太です」
「へぇ。俊太は新入生なんだ」
 いきなり呼び捨てかよ。なんとなく彼女のペースにはまってしまった。
 僕は天を仰いだ。
 すると、天井近くの壁に何か字が書いてある額のようなものが飾っているのが見えた。
 僕は何が書いてあるのだろうと、座り直してそれを見た。それはどうやら何か訓示めいた言葉にようだった。
 そこには手書きでこう書いてあった。
 ケプラーの校則
一、稽古は嘘をつかない
一、プランはきちんと守って
一、楽をしようとせずひたすら地道に
 それは校則というより家訓とか社訓と言う感じだった。
「これは、姫野さんが飾ったんですか?」
 僕のうろ覚えの記憶に寄れば、ケプラーと言うのは天文学者だったような気がする。だから天文同好会を開くにあたって、姫野さんがこの訓示めいたものを飾ったのではないかと思った。
 しかし姫野さんは
「ううん。これは昔から飾ってあったみたい。ほら見てよ結構蜘蛛の巣もあるでしょ。あそこまでは手が届かないから掃除していないの」
 と言った。
「でも、ケプラーって書いてありますけど。ケプラーって天文学者ですよね」
「そうね。たしかに天文学者ね。でも『ケプラーの法則』は聞いたことがあるけど『ケプラーの校則』なんて聞いたことがないわ。たぶん前の演劇部の連中が悪ふざけで飾ったのじゃないのかなと思う。内容を見ると演劇の稽古のことを言った感じだし、本当のケプラーの法則とは全然関係ないと思うわ」
 彼女の言うとおり、確かに内容は演劇の稽古のことを言ったような感じだった。しかし、それが数年経って、天文同好会の部室になるとは、当時の部員はそんなことは思いもしなかっただろう。
 しかしどうして『ケプラー』なんだろうと思ったが、今はそんなことはどうでも良かった。何となくこの姫野という女子に何かはめられたような気がする。何とかしなければと思った。
「じゃ、さっそく準備ね」
「準備?」
 いったいこれから何が始まろうと言うんだ。面倒くさいことには巻き込まれたくない。僕がそう思ったのが顔に表れたのだろうか?彼女は僕の方を見て
「なんか面倒くさそうね」
 と、また不機嫌そうな顔をして言った。
 別にこの人にうとまれようがどうしようが関係ないとは思ったが、ここは僕の人の良さが出たのか、
「それで、どんな活動するんですか?」
 と彼女に合わせるようなことを言った。しかし僕の心の中では 
『まあいいか。いざとなればすぐに逃げ出せばいいから』と思った。
「いい質問ね。まず備品をそろえることよ」
「備品をそろえる?」」
「そうよ。例えば天体望遠鏡とか」
 それはそうだろ。あたりまえだろ。バレー部にバレーボールがなくてどうするんだ。いや、もしかしてその『天体望遠鏡』がないのか?
「もしかして天体望遠鏡がないんですか?それじゃ写真部にカメラがなかったり、吹奏楽部に楽器がないのと同じじゃないですか?」
 すると彼女は嬉しそうに、
「うまい例えするのね。気に入ったわ」
 気に入った場合じゃないだろと思った。しかしその時、不機嫌そうな顔をしていた彼女の表情はやっと柔らかな笑みを見せた。
 一瞬僕は、その表情がとても可愛く見えた。
「だから、わたしたちが最初に必要とするのは、天体望遠鏡なのよ」
 その言葉に『この人、天体望遠鏡もないのによく天文同好会なんて思いついたもんだ』と喉まで出かかった。
「それじゃ、どうするんですか?学校にあるものを貸してもらうんですか?」
「学校には顕微鏡とかルーペとかあるけど天体望遠鏡はないわ。あったとしてもフィールドスコープぐらいなものかな。だって夜に授業はないんだから」
 彼女はあっけらかんと言った。
「じゃ、学校に買ってもらうんですか?」
「だから言ったじゃない。部活じゃなくて任意の同好会だって。だから学校はお金を出してくれないの。この部室の電気代ぐらいは出してくれるけどね」
「それじゃ、なにもないんですか?」
「そうよ。だから天体望遠鏡を買わなきゃ」
「天体望遠鏡を買う?」
「そう」
「だれが?」
「私たち」
「・・・・・・たち?」
「そう。『たち』なの」
 彼女はその時、初めて嬉しそうな顔をした。それはまるで何かを企んでいるような、不敵な笑みにも見えた。
 僕はなんか急にヤバくなってきたと思い、
「僕、お金ありませんから!」
 と、叫ぶように言った。
「何言ってるの。お金なんかを取るつもりはないわよ。わたしたちでバイトするのよ」
「バイト・・・・・・?」
「そう、私もするから。二人ですれば二倍稼げるでしょ」
「ちょ、ちょっと待って下さい」
 そもそも天体観測するのに、なぜ僕がバイトをしなければならないのか、よくわからない。
「天体望遠鏡って高いですよね」
「まあ、ピンキリだけどね」
「いくらぐらいのものを買うつもりなんですか?」
「とりあえず十万円ぐらいのかな?」
「じゃあ、一人五万円。二人で十万円稼ぐんですか?」
「そのつもりだけど、まだカメラとか色んなものをそろえようとすればもっといるわ。だから最低で十万円ってとこかな?」
「マジっすか・・・・・・」
 言葉も出なかった。それにちょっとまずい展開になってきた感じだ。せっかく新天地で高校生活を満喫しようと思ったのにこれでは台無しだ。ここは隙を見てここから逃げよう・・・・・・と思った時、
「ねえ」
「は、はい」
「一応、天体望遠鏡のパンフレットは取り寄せてあるの。どれがいいと思う?」
 彼女はそう言うと、横に置いてあったピンク色のバックから、一冊の天体望遠鏡のパンフレットを取り出した。
 それは有名メーカーの天体望遠鏡のパンフレットだった。
「なんだか難しくて、どれがいいのかわからないの?」
 隙を見て脱出しようと思ったが、そのパンフレットはまるで宝石をちりばめたような星空の表紙で、僕の好奇心はくすぶられた。
「ちょっと見せて貰っていいですか?」
 僕はそう言うと、そのパンフレットを手に取ってしまった。
 パラパラとめくると、最初の方のページは超初心者用の天体望遠鏡なのか、四万円台からあった。しかし、ちょっと良いものになると十万円以上はするようだ。
「多少割引があったとしても結構高いですよね」と言った。
「やっぱり高い方が良いのかしら」
「いや必ずしもそうではないかもしれないけど、どうせなら反射式で赤道儀がいいと思います」
 僕は頭にある、最低限の天体望遠鏡の知識をつい口に出してしまった。
「どういうこと、俊太詳しいの?」
『しまった』まずい事を言ったと思った。
 星空に興味がないわけではない。小学校六年生の時、夏休みの研究で天体望遠鏡について研究したことがあった。その時は天体望遠鏡を買うことはできなかったが、大きくなったらこんなものが買えるだろうと漠然と考えていたことがあった。
 しかし僕は右手を顔の前で振り、
「いや、ぜんぜん詳しくないです」と、強く否定した。
「でもさっきなんか専門っぽい事を言ったじゃない」
 彼女は僕を追求した。
「専門っぽいって言うか・・・パンフレットに書いてあったから読んだだけです」
「怪しい。ちょっとさっき言ったことを説明してよ」
 その言葉に仕方なく、僕は彼女に天体望遠鏡の説明をした。
「僕も詳しいわけではありませんが・・・・・・」
 と、最初にことわってから説明に入った。
「天体望遠鏡と言うのは鏡筒、三脚、架台の三つから構成されています」
「三つ?」
「はい。一つは鏡筒です。これが望遠鏡の本体ですが大きく分けて、僕がさっき言った反射式ともう一つの屈折式との二種類があります。よく漫画やイラストなんかでは屈折式の望遠鏡が表される事が多いので、そっちの方をイメージする事が多いと思います」
「どう違うの?」
「簡単に言うと屈折式の方が扱いやすいです」
「じゃ、そっちの方が良いんじゃないの?」
「でも屈折式は像の周りに色がついたりして正確な像を見ることができませんし、それに同じ口径なら断然反射式が安いです」
「口径?」
「天体望遠鏡は倍率も大事ですけど、口径、つまり望遠鏡のレンズの直径ですが、この大きさも重要です。口径が大きい程、集光力といって光を集める能力が高いので色んな星を見ることができます。倍率を上げれば良いと思うかもしれませんが、倍率は適正倍率っていうのがあって、それは対物レンズの有効径の約二倍。それ以上の倍率で見ても像がぼやけてしまう。つまり口径が大きいほど、有効倍率も上がると言うことなんです」
「へえ」
「二つ目は架台です」
「カダイ?」
「ええ。別名マウントとも言いますが、これは鏡筒と三脚を固定する部分です。これも二種類あって経緯台と赤道儀があります。初心者は経緯台が良いと思います。これは鏡筒を見たい天体に向けて上下左右に動かすことができます。もう一つの赤道儀ですが、これは北極星を中心とする星の動きに合わせて動く仕組みになっています」
「よくわからないけど」
「夜空って北極星を中心に回っていますよね。よく夜空を写した写真で、線が回転運動のように湾曲していっぱいあるような」
「ああ、見たことあるわ」
「あんな感じで、星は動いているんです。それを追尾できるのが赤道儀です。赤道儀の架台にモーターのパーツを組み合わせれば、星を自動追尾できるんです」
「それができれば何がいいの?」
「天体写真を撮る場合は同じ天体にシャッターを長い時間露出しておかなければなりません。自動追尾できなかったら、像がブレてしまいます」
「そういうことか」
 彼女は何となく理解できたみたいだった。
「俊太。よく知っているね。少し見直したわ」
 そう言われた瞬間、我に返った。
『もう逃げられないかもしれない』と。
「さっきの話しからすると、写真を撮るのはまだこれからだし、予算もないから、反射式の経緯台でどうかしら?」
『どうかしら』って完全に相談されているし、この状態で抜け出すのも何か悪い気がしてきた。
「そう・・・・・・ですね」
 とりあえず適当に合わせて返事をした。
 彼女は自分の座っていた席から、僕の隣に移動してきた。
 僕たち二人は、隣合わせで一つのパンフレット見た。
 僕に近づいた彼女からは、ほのかに石鹸のようないい香りがした。すると僕はなんだか魔法に掛かったように、そのパンフレットを見て、条件に合うものをさがし始めた。
 やがて二人の意見は一致して、税込み13万円ぐらいのものが良いという事になった。
「あと少し、オプションも必要になると思いますけど」
「何がいるの?」
「例えば満月を見るためのアイピースでムーングラスとか」
「そんなものがいるんだ?」
「満月って結構明るいですから、目がやられることもあるんですよ」
 結局目標額は15万円と言うことになった。
「じゃ、これを買うとして。元手はやっぱりバイトですか?」
「そうね」
「学校に買って貰うことはできないんですか?ほら部員も僕で一人増えたし」
「無理ね。まず部にするには最低部員5人集めなきゃいけないんだって、さっきも言ったでしょ」
「5人か・・・・・・」
「俊太の友達を連れてきたら?」
「5人もいないですよ・・・ってか、まだ友達っていうような人もいないですから」
「え、友達いないの!情けないわね」
 そんな事を言われても、元々人付き合いが下手なのでこの学校を選んだのだ。
「そんな事を言うんだったら、姫野さんが連れてきて下さいよ」
「私に命令しないでくれる。でもしょうがないわ。私が俊太の友達になってあげてもいいわ」
 別に友達になってくれなくてもいいけどと思った。
「それからその姫野さんているのはしっくりこないわ。明日香って言ってよ」
 そんなことを急に言われても呼び捨てにするわけにはいかない。
「じゃ、明日香…さんで」
「まあ、それでいいわ。バイトのあてはあるのよ。簡単なものよ」
「結局バイトするんですか?」
「当たり前じゃない。どうやって天体望遠鏡を買うのよ」
「それは、そうですけど」
 あまり知らない土地に来て、アルバイトなんかできるのか?それにそんな事をするためにこの学校に来たんじゃないと、この部室の前に立ち止まった事を後悔した。
「学校から下って左に曲がり、10分ぐらい歩いたら倉庫みたいな工場があるのを知ってる?」
「倉庫?工場?」
 そう言えば、学校に来る途中にそんな建物を見た覚えがある。
「そう。そこでシール貼りや箱詰をするバイトよ」
「シール貼りや箱詰め?」
「簡単でしょ」
 普通、バイトと言えばファーストフードとかの接客とか、朝早い新聞配達などを想像していた。しかし、人付き合いが苦手な上に、早朝も苦手な僕はその言葉に少し安心した。
「地味ですね」
「いいんじゃない。わたしたち地味だから」
 彼女の言っている意味がわからい。
「そこは何の工場なんですか?」
「精密機器よ。なんかパソコン関係の部品みたい」
「よく、そんな所のバイトを見つけましたね」
「近くだったから」
 なんとなく彼女のふてぶてしさが伝わって来る感じの話し方だった。
 僕はいつの間にか彼女のペースにはまっていった。
 しかし、どういうわけか、それは僕にとって決して不快なものではなかった。


第2話  ケプラーの校則 第2話(バイト)|Akino雨月 (note.com)

 

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