「 しき」

『しき』町屋良平 河出書房新社

幕があがる。よく見えない見ることができない、だけどきっとたぶん何かあがる。プレパレーション。音楽がはじまる 直前の、用意、準備。〈血が、筋肉が、情緒が、あたたかにわきたちはじめた〉。音がなる。1・2・3・4。ワン・ツー・スリー・フォー。カウントも振りもあってる。けどいちばん伝えたいことがこぼれおちる。音と音の間に、1と2と3のすきまに。イチトニトサントシ、トの部分に。

彼/星崎/ほっしー16歳は夜の公園で踊る。動画サイトで見た「テトロドトサキサイザ2号」を踊る男2人組の踊りをものにしたくてはじめた。そこに徳島からの転校生、草野/くさのんが加わった。星崎草野、月小遣い1万円(スマホ別)が共通点の星野ト草野、そのトの距離。

クラスのヒエラルキーに居場所がない星野草野阪田は体育館前の階段で昼休みを過ごしている。そこから見える校庭にビニールシートを敷いてお弁当を食べている女子、樋口と白岩と青木。互いに気になってしかたがない星野草野阪田ト樋口白岩青木。トに秘めて隠した欲望。

星崎の小学時代の友人つくも。学校に行かず家にもたまにしか帰らず河原で過ごすつくもが起こした大事件。殴り合いのケンカ。〈たすけてよ〉と〈関係ない〉のト。〈ごめん〉ト〈ありがとう〉と。

12歳の星崎の弟の反抗期。バカとクソババアト。〈のき〉につめて並んで〈もっとつめて〉と〈あの、かわかいかったころに、もどって〉ト〈ぜんぜんうまくできん〉ト。

徳島のヤンキー杉尾少年が踊る阿波踊り。そのぴかぴかと鬱々。〈いちとせにとせさんかけてしかけたおどりはやめられぬ〉のトセと。

〈踊りがヘンだよ。なんていうか、ヘン〉〈なんか傷ついた?泣くほど?〉〈はーポカリあまい〉〈おれだって子どもなんだよ!〉。

〈かれら〉の幕があがる、言葉にできない場所でなんかきっとあがる。憧れの先輩も熱血教師もやけにものわかりのいい大人もいない、おおきな夢もたいそうな勇気も輝かしい勝利もない場所でなんかあがる。音楽がはじまる1と2と3の間にきっとなんかたぶんあがる。プレパレーション。

〈泣くとこいっこもないのになんか泣いてしまう〉

“【ほっしー】テトロドトキサイザ2号踊ってみた【くさのん】”

(週刊誌)

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