アスタナ(現ヌルスルタン:カザフスタン)で詰んだ話
(noteでは基本的にです・ます体で書くと決めている私ですが、このエピソードはあえて例外的にだ・である体で書きます。ご了承ください。また、諸事情により有料記事にしてあります。よければ投げ銭ご投入の上、お読みいただければ幸いでございます。)
旅にトラブルはつきもの、という。ツイッターでもリアルタイムで、旅先のトラブルの事例が目に入ってくる昨今(このご時世に旅行というのもすごいなしかし)、自分の旅行のトラブルはどんなのがあったっけ…
すぐ思い出した。ごく最近の。そりゃそうだ。アレを忘れるはずはない。
カザフスタンで、2018年の夏にとある国際会議(研究発表の大会のようなもの)が開催された。トルコ語の文法のものが多いが、テュルク諸語に関する会議でもあった。
自分にとってはぜひ参加したい学会なので、東京のほうに相談して、研究出張でということで応募させてもらった。
運良く発表が採択さたので、8月の半ばすぎだったか、意気揚々とイスタンブルからエアアスタナという航空会社で、カザフスタンはアスタナ(現ヌルスルタン)へ。
なんせ、エアアスタナという日本では馴染みの薄い航空会社である。その飛行機に乗れるといううれしさもあり、テュルク語学徒(しかもこのときの発表テーマはアゼルバイジャン語だ!)のはしくれとして、初カザフスタンという喜びもあり。
自分が発表しなければならないということを忘れてしまうほど、往路ははしゃいでいたと記憶している。
問題は、イスタンブルからのフライトだった。これが深夜離陸、アスタナには早朝に到着という時間帯だったのだが、俺はすっかり忘れていたのだ。自分が飛行機では全く眠れない体質だということを。
かくして、案の定機内で一睡もできず、ふらふらの状態で俺は着陸後の入国審査の列に並び、30分ほどかかってようやく入国審査をクリア。
税関を抜けたころにはもう、完全に睡魔に襲われている状態である。今思い返すに、まともな思考はできていなかった。これはもう、一刻も早く、予約していた宿に入って仮眠をとらせてもらおう。
そう考えて、多少高くつくということは覚悟して空港で待つタクシーに乗ったのである。紙にプリントした住所を見せて、ここに行ってくれと。もちろんカザフ語もロシア語もできない。英語でなんとかやりとりする。
つくづく、俺は甘すぎたのであった。まず、その住所がそもそも普通のホテルのものではなかった。え!?アパートメントホテルじゃなかったの!!?入り口とかあるもんでしょフツー!!?
俺のマジ叫びも虚しく、とにかくそれらしき建物がそこにない。
ただ、やたら巨大なマンションがそこにあるだけだった。入り口すらどこなんだかさっぱりわからない。
さらに悪いことに、人の歩いてくる気配すらない。だから、誰にも聞けない。そうこうしてるうちに、運転手は「ここで間違いないからな」と念を押して、そのまま運賃を受け取って行った。
とんでもないことが判明してしまったことに気がついたのは、次の瞬間である。
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