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ウクライナがロシアの要求を受諾    両国は戦争終結のコースに入った    ロシア国債の返済期限は4月4日    欧米日vsロシアはチキンゲーム大詰め  ウクライナ戦争に関する私見7     2022年3月31日時点

2022年3月27日、ウクライナのゼレンスキー大統領がロシアの独立系(ロシア政府の報道規制を受け入れない)メディアの記者4人とZOOMで会見して質疑応答した。交戦当事国の元首が相手国のメディア(しかも記者たちはラトビア、グルジアなどバラバラの遠隔地にいる)の取材に応じる、それを全世界に流すというのも、ネット情報環境時代の戦争として誠に興味深い。

(巻頭写真:1916年の帝政ロシア発行国債)

●ゼレンスキー大統領が初めて「ロシアの要求をのむ」と発言
しかし、私がびっくりしたのはその点ではない。ゼレンスキーの発言だ。「ロシア軍を領土外に追い出せないことはわかっている」「中立化や非武装化に合意する用意がある」と言ったのだ。ずっと「徹底抗戦」の姿勢を崩さなかったゼレンスキーが、2月24日の開戦以来31日で初めて「ロシアの要求をのむ」と言ったのだ。

(注)インタビューはロシア語で行われている。私はロシア語がさっぱりわからない。英語字幕のついた動画を探したが、見つからない。下にニューヨーク・タイムズ紙の記事をリンクしておく。

疑り深い私は「ゼレンスキーの口先だけかもしれない」と半信半疑だった。

ところが2日後の3月29日、トルコのイスタンブールで開かれた両国の4回目停戦交渉で、ウクライナ側が正式にロシア側に同じ内容を提案した。

ウクライナ側:「中立化」
*NATO(北大西洋条約機構)などの軍事同盟に加盟しない。
*外国軍の基地を受け入れない。
*ポーランドやイスラエル、トルコをメンバーに、新しい安全保障の枠組みを作る。

ロシア側:
ウクライナの「中立化」「非核化」「安全保障の提供」条約作成の実務に取り掛かる。

これもびっくりした。「徹底抗戦」から急転直下、ウクライナは「ロシアの要求をのむ」と言い出し、ロシアは「じゃあ契約書にしよう。文書を作る」と言い出した。つまり両国はバタバタと「戦争をやめる実務作業」に取り掛かったのだ。

下に述べる3月3日のプーチン大統領のマクロン・フランス大統領への発言でわかるとおり、これは「ロシアの政治的ゴールをほぼ要求通りに実現させることをウクライナが承諾した」ことを意味する。「了承」でも「受諾」でも言葉は何でもいい。聞く人によって表現は変わる。「屈服」と言葉を強めることもできる。要は「ロシアの要求が通った」ということだ。

●ロシアの停戦条件=戦争目的はずっとウクライナの中立化と非武装化

ロシアがウクライナ戦争で達成したい政治的ゴールは何だったのか。

上のニュース動画でわかるように、2022年3月3日(日本時間)に行われたフランス・マクロン大統領との電話会談でプーチン大統領は「ウクライナの非軍事化」と「中立化」と述べている。ゼレンスキーの3月27日の発言は「ロシアの要求に合意する」と意思表明したことになる。

つまりウクライナ戦争は31日目でやっと「終結」をゴールとするコースに入った。私は安堵した。

●NATO東方拡大はロシアにとって軍事的脅威
これまでプーチン大統領は、ポーランドやチェコといったかつてのワルシャワ条約機構加盟国(つまりかつての社会主義陣営=ソ連の同盟国)が、冷戦時代に対ソ連・軍事同盟として結成されたNATO(北大西洋条約機構)に加盟し、米軍がミサイルや兵員を配置したこと(NATOの『東方拡大』)を非難し続けてきた。

地政学でいうと、ポーランドやチェコは、ロシア本土から敵勢力を距離的に引き離しておく「バッファーゾーン」(=緩衝地帯。拙著『世界標準の戦争と平和』悠人書院)に該当する。そのバッファーゾーンを埋められ、米軍との距離を縮められたことを、ロシアは「軍事的脅威」と捉えている。

その文脈で読めば、ロシアがウクライナに要求する「中立化」「非武装化」とは「NATOに加盟しないこと」「(少なくとも)米軍兵力を置かないこと」を意味する。

(注)「非武装化」は必ずしも「ウクライナ正規軍」の解体を意味しない。ウクライナ政府が反露政策をやめるなら、ロシアにとってはそれで事足りる。また正規軍がそのままでも、国境の両側に非武装地帯を設け、兵力引き離しと停戦監視のために国連PKO軍(Peace Keeping Operation)を置けばよい。コソボ、ダルフール、キプロスなど世界で12ミッションが進行中である。

プーチンが「これが実現すれば戦争の目的は達する」と語った相手が、NATO加盟国かつ欧州の主要国であり、国連常任理事国かつ核武装国であるフランスの元首である点は重要だ。

開戦にあたって「コレコレの要求が通れば、戦争をやめます」と利害関係国に通知しておいた。そう理解すべきだろう。条件を告知しておけば、停戦を仲介しようとした国が「どうしたら戦争を止めてくれるのかわからない」と右往左往することを防げるからだ。親切というか用意周到というか、プーチンはちゃんと布石を打っている。

●戦争終結までにはまだ時間がかかる
ひとつ留保を付けておく。ゼレンスキーが「ロシアの条件をのむ」と表明したといっても、この段階では「戦争を終わらせます」「条件はロシアの言う通りでいいです」という「仮契約」にすぎない。

マンションの購入契約で言えば、買い手が「買います」と言う意志を売り手に通告した段階である。買い手はこれから「銀行ローン審査」やら「引き渡しの日にち」など細目の詰めに入る。もちろん、ローン審査に通らず、仮契約がご破産になる可能性も残る。

例を上げれば、現行のウクライナ憲法が一章をクリミア半島を「不可分のウクライナ領土」と記している点がある。

ウクライナ憲法 日本語訳

第9章「ウクライナ領土」
第133条 ウクライナ領土及び地方行政体は、クリミア自治共和国、州、地区、市、町、村からなる。ウクライナは、クリミア自治共和国、ヴィーンヌィツャ州、ヴォルィーニ州(中略)キエフ特別市及びセヴァストポリ特別市からなる。キエフ特別市及びセヴァストポリ特別市は、ウクライナの法に定められた特別な地位を有す。

第10章「クリミア自治共和国」
第134条 クリミア自治共和国は、ウクライナを構成する不可分の領土であるのと同時に、ウクライナ憲法が定める範囲内で自治を行う。

https://ukraine.is-mine.net/

冒頭のロシア人記者とのZOOM会見で、ゼレンスキーは「国民投票と議会承認+憲法改正等が必要」と話している。つまりクリミア半島のウクライナ帰属をあきらめるには、ウクライナ憲法の改正が必要なのだと言っている。

そうした手続きにかかる時間を考慮に入れると、ウクライナとロシアが戦争終結の条約締結に至るには、まだ時間がかかるだろう。「侵略者のロシアに屈服するのか」という強硬派の反対も、当然あるはずだ。

そうしたウクライナ国内の説得にゼレンスキーがどれぐらいの力量を持っているのか、現時点の私にはわからない。戦争以前はゼレンスキーが反露政策を取ってきたことから考えても「自分を大統領に当選させた人々」に背く場面もあるはずだ。

●クリミア半島はロシアの戦略的要衝
クリミア半島はロシアにとっては全国で3つしかない外洋への出口(他はバルト海に面した飛び地領カリーニングラード・日本海のウラジオストック)であり、セバストポリにはロシア海軍・黒海艦隊の基地がある。ロシアにとっては譲れない戦略的要衝なのだ(ついでに言うと、プーチンの父親はロシア海軍時代にセバストポリに駐屯していた)。

Google Mapより。

歴史的に見ると、ロシアはクリミア半島をめぐって、オスマン・トルコ+英仏連合軍と1年間に20万人が死傷する死闘「クリミア戦争」(1853年)を戦った。同戦争を含め、ロシアとオスマン・トルコは16〜20世紀に12回もの戦争を繰り返している。軍事だけでなく、交易路としても、ロシアにとっては黒海→地中海→大西洋へと航行する死活的なシーレーンなのだ。

ロシアは前回2014年の「クリミア危機」で「同半島はロシアに帰属する」と宣言している。ウクライナ戦争が始まってからも、半島をまっさきに軍事占領した。戦争開始直前に独立を承認したドンバス二州はともかく、ロシアがクリミア半島を譲ることだけはないと考えてよい。

●トルコが重要なプレイヤーとして登場
これは余談だが、今回の停戦交渉で私が興味深く思ったのは、交渉のホスト国にトルコが手を上げたことである。これまでロシア・ウクライナ共通の隣国ベラルーシで開かれていた停戦交渉が、初めて旧ソ連外のイスタンブールで行われた。その交渉で話が出た「ウクライナ安全保障の新しい枠組み」でも、イスラエル、ポーランドと並んでトルコの名前が出てくる。

かつてはロシア嫌いで有名だったトルコがなぜ?と調べてみたら、今や同国はパイプラインガス輸出先としてはドイツについで第二位だった。

独立行政法人・石油天然ガス・金属鉱物資源機構「石油・天然ガス資源情報」2021年8月版「ロシア情勢」

地政学的にみてもロシア艦船が「クリミア半島→黒海→地中海」と航行しようとすると、必ずボスポラス・ダーダルネス海峡(トルコ領)というボトルネックを通る。トルコはロシアの地政学的利害関係者でもある。

Google Mapより。

ウクライナは黒海をはさんだトルコの隣国だ。トルコとウクライナはいわば「お向かいさん」である。ウクライナがロシアとの敵対を止めて安定することは、トルコにとっても安心材料になる。ロシアへの経済制裁にもトルコは加わっていない。

なるほど。言われてみればそのとおりなのだが、この場面でトルコが出てくるとは予測していなかった。国際政治は予測不可能でおもしろい。そういう「予測できなかったことが起きる局面」にウクライナ戦争が入ったのだ。

●FT紙「ロシアはウクライナのEU加盟を提案」
2022年3月29日の英紙「Financial Times」はロシアとウクライナの停戦条件について「停戦合意文書の草案」を元に、さらに突っ込んだ情報を報じている。

その記事には(前述のTBS報道と違って)ロシア側が3つの要求のうち「非ナチ化」「非武装化」の要求を取り下げた、とある。さらに、ウクライナがNATO加盟を諦める代わりに「EUへの加盟」をロシアが提案したという。

少なくともロシアは「ウクライナの非ナチ化」という要求を一つ譲ったことになる。

プーチンがこの要求を持ち出したとき、私は「戦争を止める条件としてはイレギュラーだ」と感じた。

ネオナチがいようと反ロシア過激派がいようと、政府中枢に参加していない、あるいは武装していなければただの「民間団体」であり、外国であるロシアに脅威にはならない。ゼレンスキー政権のロシア敵視政策をひっくり返せば、政権中枢にいる反ロシア派は自動的に下野せざるをえない。

「なのに、なんでそんな要求を?」と不思議だったのだが、今振り返ると「どうでもいい条件」を入れて交渉に臨み、それを撤回して「ウクライナだけではなく、ロシアも譲った」ことにする作戦だったと私は考える。

●ロシア国債の返済期限が4月4日に来る

なぜいまこの時期に停戦協議が急展開したのか、私は不思議だった。すると2022年3月30日になって次のようなロイター電が伝わってきた。

10年ものロシア国債の返済期限が来月4月4日に迫っている。この償還(=借金の返済)額20億ドル分を「ルーブル(ロシア通貨)で払う」とロシアが提案してきたというのだ。

これは世界の投資者が腰を抜かす話だ。ロシアは「みなさんの経済制裁のため、わが国はドル建てでの借金のお支払いができないんですよ。でもお金を返す気はあります。だからわが国の通貨ルーブルで払っていいですよね?」と言っている。

10年前の2012年にカネを貸した時に比較すると、ルーブルの価値は3分の1(1ドル=30ルーブル → 90ルーブル)に下がっている。

Investing.comより

ロシアに借金を返してもらっても、ルーブル建てだと、返ってきたカネの価値が10年で3分の1にしぼんでいる。何かに使おうとドルに換金した途端に大損。ドルに換金できなければ、使えない「塩漬け資産」だ。未来いつの日かルーブルが3倍に高騰するまで待たないと損が出る。

その「返済締切」が4月4日なのだ(いちおう猶予期間が1ヶ月ある)。

実際にやられたら、爆弾である。世界の金融市場が巻き込まれる。前回本欄で指摘したとおり、ロシアは自分を人質にとって「オレが破滅すると世界経済も破滅するぞ。それでもいいのか」と脅している

ロイター記事が指摘するように、ロシアの提案はおそらくは(願わくば)欧米日の反応を見る「ブラフ」「観測気球」と私は考える。そこまでロシアの外貨準備は底をついていないからだ。下の野村総合研究所の記事に依拠すれば、ロシアは経済制裁後もまだ2961億ドル分の外貨準備を持っている。20億ドルの返済ぐらいできるはずなのに、わざわざ「ルーブルで払っちゃおうかな」と言ってみせる。意地が悪い。

ロシア中銀はGDPの4割にも相当する約6,300億ドル(2021年末)の外貨準備を持っている。これは、世界で5番目の規模である。ロシアはその経済規模では世界の11番目であるが、経済規模に比べて外貨準備が大きい。
クリミアを併合した2014年から、資源輸出などで稼いだ外貨を積み上げ、ロシアは外貨準備を1.6倍にも増やしたのである。SWIFT制裁など先進国から金融制裁を受けることなどを当時から予見していたのではないか。

ところが、主要国の中銀によって外貨準備を凍結されることは、予想していなかったのかもしれない。2021年6月時点で、ロシアの外貨準備の内訳をみると、ユーロが32.3%、ドルが16.4%、英ポンドが6.5%である。円は2%程度と推測される。それ以外は、金の21.7%、中国人民元の13.1%などである。先進国で外貨準備を凍結されたことで、全体の57%程度の外貨準備を、ロシアは一気に失ったことになる(野村総合研究所・木内 登英エグゼクティブ・エコノミスト)。

野村総合研究所2022年3月1日ウエブ版「ロシアの外貨準備半減と深まる金融面での危機」

ロシアにすれば、自国経済が息切れする前にウクライナ戦争を片付けたい。ウクライナが妥協する姿勢を見せ始めたいま、ウクライナを援護している欧米日にプレッシャーをかけたい。より停戦交渉が有利になるはずだ。そんなシナリオを描いているのだろう。

日米欧が「ルーブルで返済なんて、それは困る」と経済制裁から離脱するのが先か。ロシア経済が息切れするのが先か。チキンゲームがいよいよ衝突寸前の場面に来た。

経済制裁の先頭に立っているアメリカは、一方では金融業界がロシアに多額の投資=債権(国債・社債)をしている。つまりお金をたくさん貸している。そんな金融業界が「貸したカネが返ってこない・返ってきても大損」は困る、と自国アメリカ政府に圧力をかけるだろう。「そこまでリスクをとる価値はウクライナにあるのか」と。

さらに日米欧にとって嫌なシナリオとして、ロシアが「人民元で借金を返済しましょう」と言い出すオプションもある。中国は経済制裁に参加していない。オプションとしてはありうる。

●ハイブリッド戦争は「経済戦」にも拡大
これまでに本欄で何度かウクライナ戦争が「ハイブリッド・ウォー」(Hybrid War=複合戦)であることを指摘してきた。軍事力にプラスして「情報戦」「心理戦」「サイバー戦」などの「非破壊型威力」を組み合わせて、戦争の政治的ゴールを達成しようとする戦略だ。

これまではマスメディアやSNS・スマホを使ったロシア・ウクライナ双方の「情報戦」について、メディア・リテラシーの視点から分析をしてきた。ロシアの「国債をルーブルで返済」提案は、ここに「経済戦」が加わったことを意味している。

もとより「総力戦」=Total Warは交戦国の経済力の戦争だ。国家財政=お財布が空っぽになると、戦争を続けることはできない。

ウクライナ戦争の「経済戦」はそれとは少し意味が違う。「軍事力を支える経済」ではなく「他国を脅して政治的ゴールを達成するための経済を使う」のである。

総力戦:国家の総力を結集した戦争。現代の戦争にあっては単に軍隊が戦うだけでなく,交戦国は互いにその経済,文化,思想,宣伝などあらゆる部門を戦争目的のために再編し,国民生活を統制して国家の総力を戦争目的に集中し,国民全体が戦闘員化するにいたる。

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

歴史はこう記述している。

日米欧ロシア中国など「大国」が戦った総力戦は、第二次世界大戦が最後である。朝鮮戦争やベトナム戦争など、第二次世界大戦後の主な戦争は、大国が全面戦争・総力戦を避けた「代理戦争」だった。それは大国が核兵器で武装し、全面戦争は人類の滅亡を意味するようになったからだ。お互いがお互いを人質にとった「核抑止」が作動するようになった。

しかし、ウクライナ戦争を見ていると、私はこう考える。「総力戦」は新しい形態に進化したのではないか。その新しい形態の戦争に「複合戦」という名前がついたにすぎないのではないか。「総力戦」との違いは、核兵器が使われてないことだけだ。今のところは。

(2022年3月31日、東京にて記す)

<注1>今回も戦争という緊急事態であることと、公共性が高い内容なので、無料で公開することにした。しかし、私はフリー記者であり、サラリーマンではない。記事をお金に変えて生活費と取材経費を賄っている。記事を無料で公開することはそうした「収入」をリスクにさらしての冒険である。もし読了後お金を払う価値があると思われたら、noteのサポート機能または

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<注2>今回もこれまでと同様に「だからといって、ロシアのウクライナへの軍事侵攻を正当化する理由にはまったくならないが」という前提で書いた。こんなことは特記するのもバカバカしいほど当たり前のことなのだが、現実にそういうバカな誤解がTwitter上に出てきたので、封じるために断っておく。





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