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青の記憶

階段が苦手だ
降りる時に平衡感覚を失いそうになる


ラッシュアワーを避けて出勤したその日
時計に気を取られもつれた足は階段を踏み外しそうになった

後ろから不意に掴まれた腕
視界に入った黒皮の手袋
引っ張られた瞬間呼び起こされる記憶


ツクツクボウシの鳴き声が子守り唄に聞こえてきた放課後
私はいつものところに向かう

体育館の2階にあるベンチ
誰も居ない風通しが良いこの場所が好きだ

その日は隣町の高校との剣道の練習試合が行われてて
いつもの特等席は誰かのものになっていた

小さく溜め息を付き下を覗き込む

その人はそこに居た

凛と伸びた背筋から伝わってくる緊張感
ざわついた館内の中
そこだけが青に澄んでいて私は目が離せなかった

体育館の入り口の階段に座り込みその人が出てくるのを待つ
あの面の下の表情が見たかった

女の子達の甲高い声に振り向く
あの人だ
綺麗に切り揃えられた 襟足から滴る汗
隣には綺麗な脚の女の子が並んでた


「大丈夫ですか?」

下腹に響くバリトンサックスのような低い声で我に返る
その人はそれだけ言うと吸い込まれるように人混みに消えていった

頭一つ抜け出た後ろ姿
綺麗に切り揃えられた襟足をいつまでも目で追っていた


階段はやっぱり苦手だ
ゆらゆらと堕ちていきそうな心だけが残る
鼻の奥にツンとくるものを飲み込んで私は足を踏み出した


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