お持ち帰られ喫茶店❷|このえのこてんてこのえのこ(回文)
※回文の答えは記事の最後にあります。
※トップ画像はイメージ画像です。
※男性読者はトップ画像の女性を、女性読者は倫也を登場人物に投影しながらお読みいただくと、お楽しみいただけます。
(想像はご自由にどうぞ)
この物語は実話に基づく。
多少の改編は否めない。
記憶を頼りに書いているからだ。
フィクションだとおもっていただいても、問題ない。
歴史の史実改変だって、ふつうに起こり得る世の中だもの。
わたしの実体験くらい、大目に見て欲しい。
(見逃してくれよーう)
さて、むかし話シリーズのはじまりには決まり文句が必要だと、個人的にはおもっている。
この物語も、それに倣おう。
おしりを出した子一等賞というわけだ。
(まったく意味が入ってこない)
(入ってこないが)
(なんかそんな感じがしてくる不思議。)
というわきげで、
(どんなわき毛だ。間違いもはなはだしい!)
というわけで、この『お持ち帰られ喫茶店』は、今回もこんな風にはじまる。
わたしは珈琲が好きだ。
だから上京後は喫茶店で働いた。
こうして物語の舞台が整った。
彼女は常連客だった。
わたしが働き始めるずいぶん前から、彼女はこの喫茶店に来店していた。
彼女にとって、わたしは馴染みの喫茶店で働き始めた新米というわけだ。
だから、わたしは彼女に『新米くん』と呼ばれていた。
「新米くん、だね。」
「ええ、そうです。」
「いつから?」
「今月のあたまから、ですかね。」
そんな風に、わたしと彼女は出会った。
彼女が店に来る頻度は、月に2〜3度だった。
大抵、友人と思われる女性と来るか、待ち合わせることが多いが、ひとりでも、ふらっと来店した。
「新米くんは何してる人?」
「ただの学生です。」
「そうなんだ。学部は?」
「工学部です。」
「見えないんだけど。」
「よく言われます。」
「なんか、純文学とか読んでそうな感じ。」
「読んでます、純文学。」
「ね、わたしの勘はあたるの。」
「みたいですね。」
「わたしは何してる人だと思う?」
「そうですね、音楽関係?」
「どうして?」
「お友達の方、ギター背負って来るじゃないですか、だから。」
「あー、彼女はバンドやってんるんだ。インディーズでアルバムも出してるよ。」
「そうなんですね。それって、結構、すごいことなんでは?」
「うん。メジャーを目指しているみたい。」
「じゃあ、アタリですか?」
「ファイナルアンサー?」
「ファイナルアンサー。」
「…」
「…」
「……」
「……」
「ざんねんっ。」
「ガクッ。」
「正解は、絵描きです。」
「お絵描きさんですか?」
「『お』はいらない。」
「『お』は気持ち的に『御』の方です。」
「むむむだ。」
「むふふです。」
「こう見えて美大を出てるの、わたし。」
「芸術家じゃないですか。」
「見直した?」
「見直すも何も、最初から『御』ですし、いつもお洒落な方だなとは思ってました。」
「こらこら、おだてない。」
「純粋な気持ちと、邪な気持ち少々です。」
「中学生か!」
「大学生です。」
「あははははー。」
「ところで、画家さんのお名前は?」
「あー、わたしは、えのこだよ。」
「えのこさん。」
「そう。」
「覚えました。」
「ありがと。」
「えのこさん。」
「つぎ来たとき忘れたらどうする?」
「一杯、奢ります。」
「ラッキー。」
「忘れる前提じゃないですか。」
「あははははー。」
前回も書いたが、わたしは男前ではない。
美少年でもないし、イケメンでもない。
どこにでもいるようなみてくれのごく普通の男、そう自覚していた。
ちなみに、わたしが、どのような家で育ったかは、こちらの記事にすこし書いてある。気になる方は、ついでに、読まれたし。
えのこは言った。
「新米くんはね、ほっとけなさがあるよね。
わたしには、わかる。」
「ほっとけなさ、ですか。俺には見えませんけど。」
「そういうのは自分ではわからないよ。」
「そんなもんですかね。」
「そういうもの。」
「そんな歌がありましたね。」
「あー、あったねー。」
「ホットケーエキー♪」
「…つまらないんですけど。」
「…ごめんなさい。」
「歌ってる人、わかってるよね?」
「忌野清志郎です。」
「楠瀬誠志郎だよ!」
「…ごぬんなさい。」
「ボケるなぁ、きみ。」
「こまったもんだ。」
「でも、ほっとけないんだよ、新米くんは。」「そろそろ新米くん、やめてもらってもいいですか。」
「なに?照れてる?」
「照れてねーし。」
「ひょっとして…笑」
「…なんすか?」
「ドーテーくんか?」
「ドーテーじゃねーし!」
「あははははー。」
ということらしい。
お持ち帰られの謎がひとつ解けた瞬間だった。
だけど、愚鈍なわたしは、このときはまだ、それに気づけずにいた。もう、ばかばか!
(でも、ドーテーじゃねーし!)
「きょうは大事な報告があります。」
「おめでとうございます。」
「まだ、なにも言ってないんですけど。」
「はやまりました。」
「見切り発車、禁止だよ。」
「発車、オーライ。」
「では、発表します!」
「では、お願いします!」
「個展が決まりました!」
「おー!」
「はくしゅー!」
「パチパチパチパチ」
「手を使いなさい。」
「ドリップしてるんですって!」
「あははははー。」
「でも、すごいですね、念願の個展だ。」
「やっとだよー。」
「じゃあ、お祝いに一杯サービスしますね。」
「いいの? うれしい!」
「いえいえ。ほんのきもちです。」
「見に来て欲しいですな。」
「もちろん、いきますな。」
「そう言って、来ないでしょうな。」
「ずばり、いくでしょーう!」
「学級委員長かい!」
「あ、そんなときもありました。」
「えー、見えないような見えるような見えないような見えるような?」
「えのこさん、迷子ですー。ママはどこですかー?」
「おい、こら。」
「すんません。」
「じゃあ、ほんとに来てくれる?」
「行きますとも。お客さんですし。」
「お客だから来るってかー。」
「あ、そういう意味で言ったんじゃないじゃないそうじゃなーい♪です。」
「いま、わたし、疑いの目をしているよ。」
「この目を見てください。」
「じーーーーー。」
「えーーーーー。」
「なに?えーって。」
「コード進行ですよ。Gの次はAです。」
「あー!うまいこというね、きみ。」
「あざっす。」
「しかし、うすい目だね。」
「うすめなのは生まれつきです。」
「二言は無いな?」
「拙者、二言はないでござる。」
「くるしゅーない!近うよれい。」
「なんのはなしですか。」
「あははははー。」
その後、しぼらく、えのこは個展の準備に追われた。
くるりくるりと回転木馬のように月日が流れた。
その間、地球は公転して季節を変えようとしていた。
「はい、これ。」
来店したえのこがポストカードを差出す。
「いつのまに郵便屋さんになられたんですか?」
差し出されたポストカードを受け取る。
「もう準備で、わたしゃ死ぬかと思ったよ。」「えのこさんは大丈夫ですよ。」
「無責任な発言は逮捕だぞ!」
「お口チャックします。」
「交通ルールは守りましょう。」
「見逃してくれよーう。」
「だめ。減点します。」
「ガビーン!」
「谷啓か!」
「ガチョーンですよ、彼は。」
「見逃してくれよーう。」
「チャラにしましょう。」
「背に腹はかえられぬ。」
「交渉成立。」
「ほこに書かれた場所に来るのだ。」
「かしこかしこまりましたかしこー。」
「おぬし…」
「行くでござる!」
「来なかったら、泣く。」
「もし明日地球が滅びるとしても行きます。」
「で、いつ来てくれるの?」
「最終日に花束持って行こうと。」
「しゃーしゃーと言うなぁ。ニャロメー!」
「しゃーしゃー。」
「こんちくしょー。」
「センセ、口汚ないザマス。」
「まあ、まあ、これでも飲んでいったん落ち着きましょう。」とドリップしたての珈琲を、えのこに提供する。
えのこは、わたしをにらみながら(珈琲だけに)しぶしぶとひと口飲む。
「なにこれ美味しんだけど!」
「マジですか?」
「いつものじゃないの?」
「あー、それ、俺がブレンドして見たんですよ。豆の種類と配合を。」
「めっちゃ、おいしい!」
「おー、よかったです。」
「いつものよりおいしいよ、これ!」
「あ、それは、ちいさな声でお願いします。」
「やばっ。」
「たのむぜ、えのこ先輩」
「くびきりリバイバルになる。」
「くびきりリサイタルします。」
「あきらめない!」
「真矢みきの魂、降りてこい。」
「まだ生きているよ!」
「失礼いたしました。」
「あ!わたしに良いアイデアが降りた!」
「よこどり勘弁やでー。」
「ふっふっふっ。」
「嫌な予感しかしない。」
「この豆、買える?」
「ええ、まあ、お売りできますよ、すこし値段高くなりますが。」
「それは問題ないよ。たくさんでも?」
「俺の限界突破しなければ。」
「よし!」
「これ、どういう展開ですの?」
「Uくんに折り入って頼みたいことがある。個展会場で、きみにこの珈琲を淹れてほしいのだ。」
「ワタシ、ワカラナイ、ココハ、ドコ、アナタ、ダレ。」
「リセット・ボタン押すよ。」
と、えのこは両手の人差し指をわたしに向ける。
「いやん、ダメよ。」
と、わたしは両手で乳首を隠す。
「わき腹、狙いうち!」
「フェイクワキー。」
「で、はなしを戻すとだ。」
「聞こうではないか、えのこくん。」
「あのね、もしできたらね、この珈琲を個展会場で提供してほしいの。さっき飲んでね、すごい美味しくて、ひびっと来ちゃったの。ダメかなぁ?」
「すごい気に気に入ってくれたんですね、いいですよ。」
「え、いいの?」
「いいです。」
「うそ?」
「ほんと。」
「ありがとだー!こころの友よー。」
「ジャイアンか!」
「あははははー。」
こうして、わたしは、個展の最終日に、オープンからクローズドまで、希望があれば、淹れたて珈琲を提供することになった。
最終日は、あいにく、朝から小雨が降っていた。
えのこの知り合いは大方来訪済みで、この日は、午前中にひとり、午後に二組のカップルが来ただけだった。
えのこの初めての個展が終わった。
「きょうはごめんねー。ひと少なくて。」
「こんな天気だから仕方ない。」
「だねー。でも、色々ありがとう。」
「きょうはやけに素直ですね。」
「いつも素直ですわ。」
「うん、知ってる。そこが、えのこさんのいいとこ。」
「お、なんか、泣きそうだぞ。」
「お疲れさまでした。」
個展をやり通したえのこに、労いの気持ちを込めて珈琲を淹れる。
「はぁ、あったか、おいひい。」
「心を込めて淹れましたから。」
「この一杯を飲むために、わたしは個展を開いたのかもしれない。」
「身に余る光栄です。」
「わたし、ときどき、考えてたんだ。」
「何をですか?」
「どうして、わたしは、描いてるんだろうかと。」
「禅問答みたい。」
「そうなの。好きだから?もちろん好きだよ、描くのは。描いてるときに、わたしはわたしを離れて自由になれる瞬間?があるの。そういうとき、わたしは、ただ、描くの。描いているの。わたしは何者でもなく、からっぽで、描いている行為自体になっている。30分のときもあれば、3時間のときもある。でも、それは、終わるのね。そういうとき、ふっと考えちゃうの。どうしてわたしは描いてるんだろうって。そりゃ、好きだからだけじゃなくてね、評価されたいとか、絵で食べていきたいとか、そういうのもある。それに、なんて言うか、どうだ、わたしはこれだけ描けるんだぞ、これがぜんぶがわたしの脳みそから、指先から、描き出されたんだぞ、みたかーっていうのも、ある。だけどね、違うの。描いているわたしになるときとは。じゃあ、その描いているわたしになるためだけに描いていればいいじゃん。終わっても、また、つぎのただ描いているわたしのときが来るのを待って、ひたすら描き続ければいいじゃん。もーだめだ、もー描けんってなるまでしてたらいいじゃんて。でもね、それだけじゃないものもある。いっぱいあるの。わかってるの。あー、お腹すいたなぁとか、アイスたべたいなぁとか、お風呂入るのめんどくさっとか、あーあしたなに着ようかとか、んんん恋がしたーーーいとか、結婚できるかなーとか、もっと寝かせろーとか、わたし一体何歳まで生きるんだろーとか、え、このまま人生終わるかも?とかさー、え、わたしいつか死ぬじゃん死ぬのになんでこんな苦しんで描いてるの?とか、もう、そういうときすごく死を強烈に感じたりして、で、わたしのなかにぽっかり空いた穴が、ぐんぐんぐんぐんぐん大きくなって、その穴にぐぐぐって吸いこまれていって、ふっ、てわたしがなくなっていくの。んんん、なんか、いま、おかしいね、わたし。」
「おかしいですね。」
「だよね。なんか、ごめん。ダメだなぁ。」
「ダメだなぁ、えのこ。」
「う…。」
「ダメダメな、えのこナリ。」
「う…。」
「えのこ、睡眠不足ナリ。」
「うぅ…。」
「でも、すげえ頑張ったナリ。」
「うぅー。」
「えのこは、すげえ頑張った。文句も言わず頑張った。だれも見ていないところでも、いっぱい、いっぱい頑張った。それをおれは知ってます。店に来るたんびに感じてました。」
「やば、泣く。」
「泣いてもいい、ナリ。」
「ぐ…ぐぐぐ…」
「泣かぬなら、泣かせてみせよう、ギリギリスナリ〜。」
「…つまないんですけどー!」
そう言って、えのこは泣いた。
えーん、えーん、えーーーんと、こどもみたいに泣きじゃくった。
わたしは、なにを言うでもなく、ただ、そばにいた。
ただ、その時間をともにした。
しばらく泣いて鼻をグジュグジュさせたえのこにティッシュを箱ごと手渡すと、えのこは、三枚引き抜いて、びーっと鼻をかんだ。
おもわず、わたしが吹きだして笑うと、えのこはわたしをジロリと睨んだ。そして、笑った。
「あー、すっきりしたー。」
「よかったよかった。」
「こんな泣いたのいつぶりだー?」
「いつぶりですか?」
「しらんっ!」
「こらこら。」
「なんか、お腹すいたなぁ」
「じゃあ、うまいもんでも食い行きますか。」
「すばり、いくでしょーう!」
「学級委員長か!」
「あははははー。」
えのこは笑った。いつものように笑った。
わたしは、なんだか、それが無性にうれしかった。そして、なんだか、無性に愛おしかった。
わたしは、おもわず、えのこのあたまを撫でた。
ぽんぽんぽん、ではなく、
わしゃわしゃわしゃ、と。
えのこは、わしゃわしゃされるがままでいた。
わたしとえのこの目が合う。
音のない時間が流れる。
どちらともなく、互いの顔が近づく。
ふたりの間に万有引力が働いている。
わたしの指がえのこのあごを持ち上げる。
えのこは静かに睫毛をふせる。
唇が触れる。
舌先が絡まる。
熱が伝わる。
短い口づけを交わす。
「きょう、うち来てくれる?」
と、えのこが、小さく言う。
「ごはん食べた後でなら。」
と、わたしは手を引きながら答える。
えのこが「ん。」と頷く。
わたしも「ん。」と頷く。
外では小雨が降り続いている。
雨樋から垂れる音が聞こえる。
宵闇が二人を包み込んでいく。
時は確実に季節を変えていく。
こうして、わたしは、この日、小雨のなか、
個展を終えた絵描きのえのこにお持ち帰られた。
ーおしまいー
お持ち帰られ喫茶店|このえのこてんてこのえのこ
|あとがきのようなもの|
『お持ち帰られ喫茶店』の反響が大きい。
是非は別として、波のようなエネルギーをもっていたことに、気づかされる。
なかには、否定的な反応も。
わざわざ、ご自身のネガティブな感情を攻撃性に変えたしつこいコメントなども。
(ほんま、こういうのは、やめてや)
(切実)
(ほんま、切実!)
(ほんまに、切実や!!)
事実を知っているのは自分だけだぞ。
創作でこれだけ書けたら、ある意味、文筆力すごくないか。
そんな感じで、
あたまのなかをぐるぐるやりながら
ひとまわりして、最終的には、
読んでくて好反応してくたひとありがとう、
に行きついた。
世の中には、
多くの種類の人間の、多くの感情が蠢いてる。
(そりゃ、そうだ)
(わたしだって、そう)
それらの感情は、拡張し続けるインターネット空間の中で、刺激し合い、摩擦により発火し、瞬く間に燃え上がり、周囲を巻き込んで巨大な火柱となる。
(24時間、あちこちで、レスキューだ)
妬み、嫉み、怨み、怒り、嫌み、蔑み、
など、など、など、
黒色の感情の燃料は枯渇することなく、
人の心のなかから排出され続けてる。
下手をすれば、
地球まるごと燃え尽くすだろう
その感情の燃料は、
わたしを含めたすべての人のなかにある。
だから、
わたしは、
それを、
忘れちゃいけないよねと。
かくいうわたしも、
かつて、
その圧倒的な才能に打ちのめされ、
忌まわしき感情をめらめらと燃やし、
すなおに『いいね』できなかった経験が、
一度か二度、
いや、
三度だったか、
あれ、
四度だったかも…
まあ、
あるってことで。
そのうちのひとりは、
随筆集を何冊も出し、
随筆家としての確固たる地位を築いている。
また、もうひとりは、
作家としてデビューするや否や、
各文学賞を総嘗にして、
空前の大ブームとなった。
さて、
この『お持ち帰られ喫茶店』
楽しく読んでいただいている方々のために、
わたしの実体験、
もしくは文筆力が枯渇しない限り、
続けることにしようか。
いや、どうしようか。
やあと、心の友に、問いかける。
「次回作、あるのか、ないのか、」
前作はこちら↓
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