財務会計論の中間レポート:学生も教員も成長を実感し、楽しめるのが一番
2022年3月期の決算短信・発表のチェックを行っていました。
今回は個別の企業の話ではなく、一通り見た雑感を備忘録として書いておきます。まず今回はレポートを出してみての振り返りをしていきます。
私の勤務校で担当している財務会計論では、上場企業の3月期決算のIR(自主的開示)情報をチェックする課題を出していました。
課題は、良い企業のディスクロージャーを探してみよう、ということで以下の5つの要素に当てはまる決算短信・発表情報を探し、企業のディスクロージャー姿勢を評価し、レポートとしてまとめてくることを求めました。逆に良くないと思われる企業の決算短信・発表も探して、ディスクロージャー姿勢を評価して、レポートとしてまとめてくることを求めました。
① 現在の事業全体の状況について明確に説明されている。
⇒数値ばかり並んでいて言い訳が多く、説明が不足している。
② 事業計画の進捗状況、エクイティストーリーが明確に説明されている。
⇒中期経営計画の進捗状況が示されていない、今後の企業成長に関する流れが不明瞭。*エクイティストーリーとは、今後の株価向上のための方向性のこと。
③企業のビジョン(企業理念、経営戦略等)が明確で現在の状況と結びつけて説明されている。⇒自社のビジョンがあっても説明が現在の状況と結びついていない。
④自社の将来リスク、不確実性についても明確に説明されている。
⇒数値ばかり並びたてて自社のリスクに関する説明が不足、もしくは曖昧。
⑤投資家を呼び込む!という姿勢が情報開示に表れている。
⇒全体の情報開示姿勢が曖昧で分かりにくく、誰をターゲットにしているかが不明瞭
こうしたレポートの形式なので、書いてあることが本当かどうかをチェックする必要が生じました。つまり、学生が取り上げた企業を全て教員側がチェックしなければならなくなりました。
正直、あ、しまったなぁ・・・と思わなくもなかったですが(課題を出してから!)、この課題を通じて決算全体をチェックするなら一石二鳥かな、と思い途中から開き直って取り組んでいました。
なお、1年後期の会計学総論の最終レポートにおける企業分析は、有価証券報告書に基づいた同業2社比較分析を行いました。その際にも以下のようにしました。
・学生間で重複しないようにサンプル企業を調整し(自分で選ばせるとみん な有名企業ばかりになってしまい、同じ分析になるから)。
・有価証券報告書に書いてある定量的な情報だけではなく、記述情報も含んだうえで分析をしてもらいました(数値ばかりでは面白くないですし、有価証券報告書に書いてある非財務情報には企業の今後の方針や戦略、ガバナンスの状況なども書かれていて面白いから)
2.110社分の決算短信、決算発表をチェック
さて、そんなこんなで財務会計論の受講生60人(登録上は62人ですが、出席しているのが60人)がそれぞれ選んできた企業2社(よいディスクロージャーと悪いディスクロージャー)をみなければならなかったので、
60×2の120社分チェックすることになってしまいました。
実際には重複が合ったので、実質的には110社ぐらい、になったと思います。実は、私も興味のある決算短信、発表をみるという事はしてきましたが、これだけまとまった量を短期間でみることは初めてでした。
チェックする企業も偏りが出てしまいがちです。興味のない、自分が普段見ないような決算情報をみるには格好の課題だったわけです(学生にとっては大変だったと思いますが・・)。
課題提出が6月13日13時が〆切だったので、そこからチェックを開始して、採点が終わったのが15日(水)の昼過ぎでした。財務会計論の授業が16日(木)2限目(10時40分開始)にあるので、そこまでにフィードバックすることを考えると、水曜日までに終える必要がありました。かつ、コメントもしなければならないですから、かなり時間を取ることになりました。
3.レポートを出す意味と課題の狙い
そもそもレポート課題とテストの課題の違いはなんでしょうか?レポートを出す際には私が思い返したり、参考にしているのが以下の本です。
テストは『知識や理解の程度を問う』ものだとすれば、『レポート課題は思考力を問う』ものだと私なりには解釈しています。なので、テストとレポートを相互補完的に用いて、学生の力を伸ばしていくことが大事だと考えています(あくまでも私の考え方、ですが)。
ただし、教員側にとっては、レポートの採点は、今のネット時代には苦悩する場面が多くあることかと思います。
つまり、ネットを通じたコピー&ペーストです。
自分もネットで良く検索することを棚に上げておいて、多くの教員がネットで検索したレポートに対して何らかの制限を設けていることが殆どだと思います。ただ、これは当然のことで、学生には考えて書いて欲しいのに、ネットで検索して答えを探して書いてしまえば、意味がありません。またレポートを評価する際にも、ネットで検索してまとめたようなものに対して高評価をつけてしまえば、他の学生との公平性の問題も生じます。
とはいえ、学生もまずネットで調べることが多いでしょうし(我々もそうですよね?)、ネット情報を駆使して、上手く加工してレポート課題を出する人が多いと思います。例えば、財務会計論の課題で以下のような課題を出したとしましょう(過去に出したこともあります)。
・現代における公正価値(時価)会計の問題点について、貴方なりの考え方をまとめ、その意見を書きなさい。
・「のれん」の減損について、日本基準は減損・定期償却、IFRS・U.S.GAAPは減損のみ、となっています。あなたはどちらの方が適切な会計処理と考えますか?講義の内容に基づいて説明し、貴方なりの考え方を示しなさい。
・IFRSの任意適用、強制適用の是非について、講義の内容に基づいて、貴方なりの考えかを示しなさい。
こうしたレポートを出すと、ほとんどの学生は、ネットから情報を収集して、書いてきます。ネットを活用するのも悪くはないのですが、色々な意見を集めてその上で書きますので、学生の意見なのか、第三者の意見か、全く分からない、状態になります。
昔はバレバレな感じのレポートも多かったですが、学生のスキルも上がってきていて上手く書いてくる学生も多いです。ただし、絶対使わないだろう!という専門用語を織り込まれいたり、講義で説明していないところを出してくるので、分かってしまうのが多いですが。
この形式のレポートを出すと、評価者である教員は、講義の内容に沿って書いてあるかをチェックをして、レポートが適切に講義の内容に基づいて書かれているかを調べて採点するわけです(今だったらコピペルナーを使う人も多いかも、ですね)。
ただ、これはあまり生産的なものではないですし、楽しくもないです。
というのも、学生の記述に対して粗さがしになってしまうからです。結果として、学生の悪いところばかり探してしまうことが習慣になってしまいます。また、コピー&ペーストを防ぐことが出来たとしても、同じような解答ばかりで、読んでいる方も飽きてきてしまう、ということがあります。これは結果として、最初と最後の人のレポート評価にブレが生じてしまうリスクもはらんでいます(最後全体をみて調整しますが)。勿論、こうした論述形式のレポートを出さないわけではないですし、必要な時もありますが、この手の論述形式のレポートは、少人数講義(ゼミなど)で、ディスカッションもしながら行うのが良いと考えています。大人数講義ではこうした課題を出すことはあまり生産的ではない(私自身にとってですが)と感じました。
ということで私の現在のレポートの方針は、
「学生、教員、双方の成長が実感でき、楽しめるレポートを出す」ことを基本方針にしています。
成長を実感するというのは、やっているうちに、調べているうちに思考がドライブして(感覚的な話ですいません)、創造力が湧き、書いていることが楽しくなっていくという現象です。
こうしたゾーンのような状態を経験すると、段々学生はレポートを書くにあたって、楽しくなってきて思考がドライブし始め、『基本情報を収集する⇒全体の設計を立てながら、自分なりの考えをまとめる⇒足りないところを情報収集する⇒考えをまとめる⇒全体の構成を整える(見直しをする)』という形でグッドサイクルになっていきます。こうした本気の経験をしてもらうことを私の講義では重視しています。
ちなみに私の出している会計学関連のレポートでは、
『信用度が高い情報を収集し、それをまとめる、分析する』
『自分なりの解釈(仮説)も交えながら、客観的、論理的な文章にまとめる』の2つを重視しています。
出されたレポート課題に対して、読み手である教員に納得してもらえるような文章を書くために学生は試行錯誤をするわけです。
4.フィードバックと気づきの重要性
レポートは迅速に評価して、コメントをしてフィードバックをすることが大事です。その結果、学生は自分なりの成長を実感して、自信をつけていきます。その自信が彼ら/彼女たちが今後の取り組んでいく上で重要な糧となり、エンジンとなる、と考えています。たかがレポート一つで大げさかもしれませんが。
レポートの評価のプロセスは、
「レポートをざっと読む⇒レポートで取り上げた企業の決算短信・発表をチェック⇒もう一度レポート読み、書いてあることとの内容や齟齬をチェック⇒評価⇒コメント」という形で行いました。
コメントは学生一人当たり300~600字書いてましたから、かなりの打ち込みになりました(それを60人分なので3万字ぐらい)。学生たちもかなり真剣に取り組んでいましたので、それに応える形でコメントを書いていたらついつい字数が嵩んでしまいました。レポート課題への取組みにあたっては途中経過の報告プロセスも重視しました。
課題提出の約4週間前の第五回目の講義に課題を示し以下のように進めました。
・第5回目 課題詳細伝達 企業選定開始
・第6回目 課題の途中経過報告、グループディスカッションでシェア
・第7回目 課題の途中計画報告、この間に良いディスクロージャー事例と悪いディスクロージャー事例の紹介(見本の提示)
・第8回目 課題の途中経過報告 グループディスカッション
第8回目の終了後、土日を挟んで月曜日の13時に提出
・第9回目 レポート課題の評価フィードバック
毎回課題の途中経過報告の提出を求めて、グループで進捗状況について意見交換します。そのプロセスを通じて改善点を自主的に見出す仕組みにしています。レポートにおいては、準備段階において学生同士でディスカッションさせるのは学生自身で改善点に気づいてもらう、という意味合いがあります。教員が学生の問題を指摘するのは簡単です。ただ、自分で気づくのはもっと大事です。最終的には教員が評価をして返しますが、レポート提出後、学生同士のレポートでの共有の時間を取り、優秀レポートの開示も行います。こうしたプロセスを通じて学生たちが自分の良いところ、改善点に気づくということを期待する仕掛けとなっています。
さて、学生はどういったレポートを出したのか?またどう成長を実感できたのか?については、レポートの原本については学生に著作権が帰属しているので、お見せできませんが、学生からのコメントを一部お見せします。
4. アカウンタビリティ、ディスクロージャー、ダイアログ(対話)にこだわりたい
レポートは学生と教員とのガチンコ勝負だなと思います。つまり、学生が出してきたものに対してレフェリーとして判定をして評価する。かつその評価の妥当性についてアカウンタビリティを果たす形でやらなければならない、わけです。
会計学の研究者であるので、やっぱりアカウンタビリティ、ディスクロージャー、ダイアログ(対話)にはこだわりたいところ、です。
なかなか完璧に、とはいきませんが、毎回の小課題でも取りまとめ、コメントをすることを通じて、学生との対話を意識して進めてきました。今回の中間レポートはまさにその総決算(学期の途中ですが)ともう言うべきものでした。
なお、中間レポートの締め切りは13日でしたが、中間テストを17日に行いましたので、学生たちは本当に大変だったと思います。よく頑張った!
さて、そんなことはともかくとして、決算短信・発表をチェックしてみた企業のディスクロージャー姿勢に関する雑感を書いていこうと思います(また続きます)。