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社会から離れた269日。社会人13年目のエクスプローラー期間

“エクスプローラーは、周囲の世界を探査し、そこになにがあり、その世界がどのように動いているか、そして自分がなにをすることを好み、なにが得意かを発見していく。このステージは、自分を日常の生活と行動から切り離すことから始まる。”
出典:ライフ・シフト

昨年、12年勤めた会社を辞めた。
次も決めず、何をするかも未定のまま、辞めた。

無職として踏み出した一歩は、何も決まっていない未来へ、未知の道をゆく一歩だった。結果として社会からはなれた期間、269日。

このnoteは269日の記録として、
そして当時インタビューしてもらったこの記事への「アンサーnote」のようなものとして、書き連ねていこうと思う。

インタビューから早や1年。あの時、想像もしていなかった今がある。

なぜ次を決めなかったのか

退職を決めてから実際に会社を離れるまで、半年の時間があった。その間、やろうと思えば転職活動はできたのだが私はそれを選択しなかった。
 
まず、なぜ退職を決めたのか?というと

・会社は好き。人事の仕事も好き。得意な分野でもある。
・が、環境問題が気になる、という心の声がある。
・好き×得意×求められることがあると、ついそれをやってしまう。
・自分の中で気になっているテーマについて、やらずに終わってしまってはダメなんじゃないか。
【結論:現状から離れ、何も求められない状況に身をおいてみよう】

と思ったからだ。

自分の中にある想いや望みがその時点では未成熟で、
”方向性はあるけど具体性は無い”
という状況だった。

だから自分が本当に望んでいることを見つけたいと思ったし、それは転職という選択肢だけじゃなく、自分で何かを立ち上げるとか、そういう無限にある選択肢の中から見つけ出せるものだと感じており、敢えて「次を決めずに退職」というスタイルを選ぶことになった。

染みついた”自分のようなもの”を丁寧に剥がす時間

周囲の期待に応える環境から身を引いて無職になり、「本当に望んでいることを見つけるための時間」ができた。そこからの手探りの日々を振り返ろう。
 
自分の本当の望みを見つけるためにやったことは、問うこと。
そして、”自分のようなもの”、を剥がして手放すことだった。

私たちは無意識のうちに物事を判断するための、”ものさし”、を身に着ける。それはビジネスマナーの一種かもしれないし、所属していた会社固有の考え方や哲学かもしれない。はたまた、上司がよくしていた判断軸の場合もあるだろう。
 
私の場合は所属していた会社固有の価値観や、そこで培われた自分像が、”自分のようなもの”として存在していたように思う。

”自分のようなもの” が、あたかも自分の本心であるかのように意見を出してくる。いつものクセだから、すぐに直すことはできない。だが ”自分のようなもの” が出してきた意見については「それをやるために無職になったのか?」と問うと「違います」という答えが湧き上がってくる。

私にとって、周りに求められることをやるのは凄く簡単なのに、「本当に望んでいることを見つける」のは凄く難しいことだった。

では、どうやってそこから変化してきたのか。
ざっくり5つの切り口からお伝えする。

1_どのように過ごしたか

意識したことは2つ。とてもシンプルだ。

やること:好きなこと/やりたいと思ったことすべて/自分の心が動くこと
やらないこと:やる”べき”と思ったこと/転職活動

「役に立つことをしなければ思考」が癖になっていて、「好きなことをしよう」で埋めるのがとても大変だった。
始めはささいなことからのスタートで、散歩に行こう、とか、空を眺めよう、とかそんな感じ。徐々に、あー天気好きだし気象予報士の試験受けるために勉強しよう、と思い気象予報士の勉強をし始めた。1日6時間くらいやっていたので、主人から「本当に好きじゃなきゃそんなに勉強できないよ」と言われて「お天気現象を観るのも理論を理解するのも好き」と気づきをもらった。

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仕事としては離れたけど、人事に関する情報収集も続けていた。続けたいと思ってやっているし楽しさがあったから、やっぱり好きな分野なんだ、という気づきになった。

家庭でできるエコアクションにも取り組んだ。家庭ごみの多さが嫌になり、ゴミを減らす生活ってできないのかなーという想いから取り組んだ。やってみて有効だったことは友人にもシェアをして、エコライフを広めたりした。

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熊本の豪雨災害が故郷東北の津波被害を連想させ、いてもたってもいられなくなった。支援のためにドネーションコーチングを始めたが、始める前から「やる意味があるのか?」と考えすぎる自分がいた。深掘ると、「やる意味があるのか?」という問いは、「やる意味があるのか?(やらなくたっていいんだぜ)」という失敗したくない自分に対するテイのいい問いであることに気が付いた。失敗したくない気持ちの隣に、凄いと思われたい欲が強く存在していることも発見だった。
逆にいい発見もあって、これまでお金をもらってコーチングをすることにためらいがあったのだが、お金の流れを変えるだけでやりがいのある活動になることも分かった。

旅をした。コロナで引きこもり生活をする中「旅をしたい!」と部屋の中で叫んだことがある。主人が「俺はダメって言ってないよ」とツッコミをいれてくれたことで、旅行に行ってはいけないと制限をかけているのは自分自身だということに気が付いた。そうやって無意識に制限をかけていることが多々ある、という気づきだった。緊急事態宣言が出てない期間、感染対策を万全にして、導かれるようにジャーニーをした。

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伊勢神宮/宮古島/沖縄/伊豆 etc…
旅の中・出会いの中で「もっと自由でいい」と誰かに言われているような気がしてならなかった。

2_生活の不安はなかったのか

結論から言うと、不安は無かった。
そう。この期間、不安なく時間を過ごせたことは大きい。

退職時、社員持株会で積み立ててたお金が100万強戻ってきた。
自己都合退職ではあるが、10年以上の勤務だったため、失業保険が120日分給付された。給付金額はコロナの影響もあってか、算出当初より少し加算された額になった。

なので穏やかな気持ちで今まで通りの暮らしを続けることができた。
ただ、主人がいなかったらこれは難しかったかもしれない。家賃・光熱費も1人で負担していたらエクスプローラー期間は半年ももたずに終了しなければならなかっただろう。主人にただただ感謝である。

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無職なりたて。表情が暗い…笑

3_どれくらいの期間を要したか

終わりの時期は決めていなかったが、ざっくり1年は良しとしていた。

実際は9月から転職活動もやりはじめ、12月から方向性が見えだす流れとなっていった。(ちなみに転職活動は、失業保険の絡みでやる時がきたって感じ)

私の場合、自然な流れで3か月ごとにフェーズが移り変わっていった。

なんだかんだ1年のバッファを見積もっていてよかったと思う。無期限OKにしていたら、終わりの区切りが見えづらかった。そして、大きな変化は3か月単位で作られるものだなと実感したこともあり、おすすめとしては、3,6,9,12カ月ごとに区切っていく形である。

4_どうやって剥がしたか

様々な問いを試した。
「頭も心も納得してるか?」と身体的で感じてみるやり方や、「本当にそうか?」と問うてみるやり方など。丁寧にていねいに見ていくと、面白いほど思い込みや囚われを持っていて、自分へ制限をかけていることに気が付いていく。
 
例えば、わたしは自分に対して実行力のない人間だと思っていた。
だけど友人から「さすがの行動力だねー」とか「思ったことを形にするのすごいね」と言われて、「あれ?本当に実行力がない人間なのか?」と思い始めた。「実行力はあるな。でも、何でないと思ってたんだ?」と気が付く。

この時点で、実行力がないと思い込んでたセルフイメージは変化して、”実行力がある私”が爆誕する。

では、「ない」と思い込んでいた実行力とは何なのか?と次の問いがうまれてくる。そこを深ぼっていくと、”ビジネス世界でいう数字としての成果を出すことを実行力と言っていたのだ”と気が付く。つまり「ビジネス世界で数字として目に見える成果を出すことが実行力」という思考が知らないうちに染みついていたことが分かった。

ここまで深堀りが進むと、その考えが
①私個人が所有している考えなのか、私以外の誰かが所有していた考えなのかをジャッジし、
②今後のわたしの人生に必要な考えか、ここで手放す考えかを判断することになる。
 
ほかにも、「承認欲求があってはいけない」とか「1人で抱え込むことが多い」とか「こだわりが強いところがある」とか、過去に他者からもらったフィードバックがマイナスに作用していることがある…と発見することが出来た。(フィードバックしてくれた人の言い分ももちろん理解している。いったんここでは、自分に対するネガティブな思い込みを見つめ直してみた。他者からのフィードバックが元となってセルフイメージを損なったままではもったいないと思うし、知らずに傷ついていることがあるとしたら、そこには自分なりのこだわりや想いがあるはずで、じっくり見つめなおすことはプラスに繋がっていくと実感した)

5_内省の限界をどう超えたか

前章は「内省」で剥がしていくやり方だったが、内省には限界がやってくる。自分ひとりで問いを生み出していても、自分の思考の枠外へ行くのは難しい。

やはり、内省と同じくらい、人としゃべることは大切だ。(あえて対話とは書かない)

キャリアカウンセラーやエージェントとしゃべると、自分の仕事観が深まっていく。おもしろかったのは、自分と似たタイプの人も真逆の人も、どちらも背中を押してくれる存在であったということだ。

波長が合う人との会話はイメージが付きやすいと思う。テンポよく会話が進むし、言いたいことをキャッチし合えるから「そうそう、そうなんです!」と気持ちや考えがスルスルと言語化されていく。
一方真逆の人と言うのは、会話の中で強烈な「NO」を引き出してくれる。「(心の声)いや、だから違うんだってば」という言葉が湧いてくると、「あ、この方向性ではないんだな」と自分が進んではいけない道が分かってくる。

何を選択するか。そして、何を選択しないのか。
この2つを知るために、いろんなタイプの人としゃべることが有効なのだと思った。

それと、私はスピリチュアルカウンセラーとのセッションも受けてみた。信頼できる人から紹介してもらった方で、過去世が見れる先生だった。
面白いほどにわたしの性格を掴み、根源的な願いを言い当ててくれた。そして、過去世の観点から見た時になぜ環境問題に関心があるのか、なぜ人事の仕事が得意なのか、を解説してくれた。いずれもめちゃめちゃ肚落ちする内容で、特に響いたのは、自分の本当の願いには2種類ある、という話だった。(先生は、祈り、と表現していたが、ここでは分かりやすく”本当の願い”と表記する。)

1種類目は、過去世の何らかの出来事で傷ついた自分を癒すための願い。懺悔のような願い。(「これ以上〇〇しないでください。償わせてください。」みたいなニュアンス)
2種類目は、過去世で成功体験を積んだ能力に対して、それを今世でもみんなのために使いたいという願い。(「〇〇させてください。〇〇したいです。」と前向きなニュアンス)
 
ざっくり言うなら、わたしの「環境問題をなんとかしたい」は懺悔の気持ちを含む願いで、「人を輝かせる人事の仕事が得意」なのは成功体験がベースにある前向きな願い、ということだった。このセッションもきっかけとなり、環境問題を直接的に仕事ではなく個人の活動にして、このまま強みを仕事に据えてよいのかもしれない…という考えを持てるようになっていった。普通のカウンセリング以上に、私にとっては肚落ちすることが沢山あるセッションだった。

次を決めずに進んだ先にあった「次なるもの」とは

あるとき「モモ」という本を読んだ。時間どろぼうのお話しである。
「生産性を高めて無駄な時間をなくせば、時間が節約できるんだよ」と時間泥棒にそそのかされ、町中の人が疲弊していってしまう話だ。生産性高く働くことが手段から目的にすり替わり、いつしか時間を豊かに使うことを忘れてしまう町の人たち。時間=命をどう使うべきなのか考えられなくなった人々を、モモという女の子が時間泥棒から助け出すストーリーだ。

この本を読んでものすごく考えさせられた。
わたしたちはしているようで「させられている時間」が多い。TV番組のCMなんかもそう。見させられている。SNSもそうかもしれない。いかにアプリ滞在時間を長くさせるか、考え抜かれたUIの元、見させられていることがある。
仕事はどうだろう。なぜ8時間働いているのだろうか。好きで働いているとしても、8時間は働かなければならないからそうしているのではないか。
 
全部を変えるのは無理だとしても、24時間の中で時間を主体的に使えるような生き方をしたいと思った。前置きが長くなってしまったが、自分のもとに時間を取り戻して生きていきたいと思うようになったのだ。

そして、環境問題に関わることを直接的な仕事にしなくてもいい。人事まわりのことで人々をしあわせにできる一助となるのであれば、それを仕事にし続けようと思いが定まった。(収入源に人事のことを置き、環境問題は別の活動で形にする。)

奇しくも、いろんな方のご縁や紹介で1月から業務委託などのお仕事依頼を頂けることになった。そのうちの1つは、なんとエコ住宅の販売をしている会社さんの人事サポートである。人事と言う手段で環境に関わるサービス提供をしている会社のサポートができるとは、すべての希望が叶う最高な形でのお仕事だ。

こうして転職活動にも終止符を打ち、2月、正式にフリーランスとしての仕事をはじめていくこととなった。

環境に関わることは、移住先の二宮町で自然栽培の畑仕事に関わったり、コンポスト生活をしたり、ライフスタイルという切り口からできることをやっている。

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自然栽培の畑

さいごに

学生時代の「自分探しの旅」とは違い、社会人生活を経てからのエクスプローラー期間は、言うなれば「人生からの引き算」だと思う。

知らぬ間に身に着けてしまった ”自分のようなもの” を見つけ、剥がしていく作業。身に着けては剥がし、身に着けては剥がし、、これを一定の周期で繰り返し、人生ステージを変化させていくのだろう。

【無限の可能性の中からかなえさんがどのような道を歩み出すのか、楽しみです。】

と締めくくってくれた冒頭のインタビュー記事。

あれから1年後の私は

【人事も環境に関わることもどちらも好き。自分のコア(核)に耳を澄ませて正直に、どちらも大事にする道を選べたよ】

と返事をしたいと思う。