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憑物

 亡霊のような瞳で、ぐったりと昼間を過ごす。念仏のように呪詛を唱えて横になっているが、夜になると元気になる。誰もいない田んぼ道を、真っ暗なのをいいことに、音楽を聞きながら、走ったり踊ったり、星を眺めたりしている。どうしたら痛みなくこの世を去れるかと並行に、タトゥーを彫ってみたいとか、流氷で釣りをしたいとか、プロレスの観戦予約とかを考えている。頭の中の、幾百かの憑物達が、死にぞこないを突き動かしていく。

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 病気になると、幻覚が見えることがある。ある女性は、夜中になると、子どもの首が見えるとか、虫がいるとか、男が立っているとかでナースコールをしょっちゅう呼んでいた。ありえないとわかっていても、確かめるまでは消えてくれない。頭の中の、幾千の虚像が、現実を惑わせる。しかしそれを解消するのは、否定するのではなく、実際に宙を触ったり、憑物達と付き合ってみることである。空をパンチをすると、飛んでいったわと女性は苦笑いする。

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 病気ではなくても、強迫的に動いてしまうことがある。ある男性は、何度注意しても、支援員の見えないところで、金銭的な略奪や暴言を繰り返してしまう。反省の素振りはあっても、改善は見られずに、怒られてばかりいる。間違っている行為とは知っていても変えられないのは、幼いうちからそういう行為を脳に刷り込んでしまい、それでしか生きることができなかったと想像する。幾万回と繰り返された悪習を止められないとしても、その鎌を振り回すことは誰かを傷つけると障壁を張る。

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 祖父の1周忌がある。体調が悪くて参加はできなかったが、もう1年も経過していることに驚く。知っている人が亡くなる経験は十を超えるが、その数だけ、彼らの魂は記憶や景色に取り憑いて褪せない。誰かがこの世を去ることと並行に、ラーメン屋で飲んだスープの香ばしさとか、職場で汚れた爪先とか、夜中に走った後の空の冷たさとか、痛みのある生を感じている。頭の中の、体の節の、心の奥の、幾億もの憑物たちとともに、死にぞこないは生き存えている。

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