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焦点

 友人の影響で、映画をよく見るようになる。エンドロールが終わり、幕が上がると、決して広くない自宅や、くだらない現実に照明が当たる。人生の主役は自分だけど、SNSにも映えない景色や、可燃ごみの曜日を数えるような日々や、誰も見ていないような闘いに身をやつしている。焦点の合わないレンズで、終幕のわからない劇場を、淡々と生きていく。

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 悲劇のような日々を生きる人がいる。親類に見放され、家族とは離反し、借金にまみれ、仕事もない人が、滔々と我が身を語る。怒ったり泣いたりと感情の起伏を激しながら、まるで自分がハムレットの人物のように振る舞う。不運を嘆くが、彼が導いた結果も大きいと感じている。人生の主役は自分なので、観客から見える焦点とズレていることが多い。自分の胸にも問うている。

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 喜劇のように振る舞う人がいる。立派なうんちが出て「大統領だ!」と笑い、人の車椅子を勝手に動かし「これゃ快適だ」とほくそ笑み、夜中に徘徊しながら「月が出てるな〜」と悦に浸る。真面目に考えることがくだらなく思える日々を、認知症の人々は生きている。まるで自分がチャップリンのように、ちょっとした振る舞いが日々を愉快にする。焦点の合わないレンズだから、映せる景色も面白い。

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 寸劇もないような日常を送っている。テープを何度も再生するような繰り返しの中で、ふと秋の風を感じる。ごくありふれた暮らしや人生に身をやつしているが、切り取ったシーンの中には、そのかけがえのなさに笑みや涙がこぼれることもある。霧雨の中に花火が上がっていて、ふとお酒が飲みたくなり夜のコンビニまで歩く。終幕のわからない人生を、淡々と、まごうことなく生きている。くだらない現実に、月光が煌々と当たる。

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