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タイトルをつけられなかった小説を君だけに

プロローグ

いつもより少し早く学校にきて俺は自分の席についた。
そして昨日の出来事のことを思い出す。
昨日の夜、父さんから真剣な眼差しで「再婚する」と言われた。
実際こんなこと言われたら反対もできるはずがない。だけど、俺は少し不満に感じていた。
「再婚するってなんだよ。」
怪訝そうな顔をしていると、ボブの女子がやってきて隣の席の椅子を引きながらしゃべりかけてくる。
「おはよ。田島君。何一人でぼそぼそ喋ってるの?」
その女子は藤咲唯花だ。成績優秀、2年生徒会副会長、顔も可愛く生徒からも人気の人物で完全無欠。
なにより俺の訳あり幼馴染だ。
詳しくは後々わかる。
独り言を聞かれた俺は焦って答える。
「あー、おはよ。藤咲さん。何でもないよ。」
「再婚ってなに?田島君自身が再婚する感じ?」
そんなわけないだろ。というかはっきり聞こえているじゃないか。
ため息をつく。
「そんなわけないだろ。父さんが昨日の夜急に言い出して。」
「そっか・・・」
唯花は表情を曇らせる。
「・・・今日、久しぶりに帰らない?」
唯花と帰るのは久しぶりだ。
でもいいのだろうか。一緒に帰って。
さっきも言った通り藤咲唯花という人物は優等生で、いつの間にか目の上の存在になってしまったというか・・・対照的に俺はクラスでも何となく目立たない方だし、部活も文芸部だし、唯一長けているところを言えば唯花より頭がいいということだ。つまり、頭がいいということだ。
そんなことは置いておいて、普通に考えて俺と唯花の関係は幼馴染かつ友達という訳だから心配はいらない。
たぶん。
「いいよ。」
「じゃあ部活終わったら門で待ってるね。」
俺は返事をしつつ授業の宿題を進め始めた。
そしていつも通りの6時間分の授業が終了して部活に向かう。
俺の部活は文芸部。
なぜ俺が文芸部に入ったかって?
俺が思うにアニメ、漫画、ラノベなどのラブコメは大体主人公の男の子は文芸部に所属しているからだ。
あまりにも偏見過ぎるかもしれないが。
ただ実際は、自分の物語を書いてみたいって思っただけなんだけど。
部室に向かう。部室は司書室。活動場所は図書館。
いつものように図書館の扉を無言で扉を開けた。そこには今年受験を控えた二人の先輩がいた。
一人は部長の鍵山徹先輩だ。もう一人は姫川妃和(ひより)先輩だ。
いつも疑問に思う。なぜこの二人はこの文芸部に入部したのだろうか。かっこいいし、可愛いし、可愛いし。
鍵山先輩の見た目はさっぱりとしたかっこいい野球青年のような見た目だ。
姫川先輩はお家でクッキーを焼いていそうなかわいらしい顔をしている。
実際二人はどういう関係なのだろうか。どちらかが好きになってもおかしくないと思うけど。
気になる。
「おー来たか。」
「あっいらっしゃい。」
俺は一年生の新入部員かのように可愛がられている。むしろ両親からの愛に近い。二人とももうそういう関係なんじゃないだろうか。
俺は頷く。
「お疲れ様です。今日も頑張ってますね。」
鍵山先輩は国立大学志望なので分厚い参考書を開いて勉強を頑張っている。
普通だったら部活をやめるところを俺が一人になるのが可哀そうだとか何とか言ってやめないらしい。
これも親心の一つだ。
「まぁーな。さすがに数学を頑張らないといけないし。」
目の下にクマがあるのが苦笑いした時に見えた。
辛いんだろうなーと感じながらも、俺は応援することしかできない。 頑張れ。
「優君も今日はお勉強?」
おねぇさんキャラの姫川さんが俺の肩に手を後ろからおいてきた。
いいにおいがする。そして優君呼びなのが、またいい。
「いや、今日は普通に本読んで時間をつぶそうかと思って。」
俺は司書室にあるソファーに腰をおろし、ダイニングテーブルのような机にカバンから出した本を置く。
「あっ白夜行?私もそれ、ちょっと前に読んだよ。」
「そうなん・・ですか・・・」
俺の隣に座ってきた。明らかに男女の距離ではない。だけど柔軟剤?香水?わかんないけど良い匂いがする。
「先輩は受験大丈夫なんですか?」
「もお。すぐにそうやって現実に戻そうとする。私は家で勉強してるから大丈夫なの。」
頬を膨らませて言う。
大丈夫なのだろうか。まぁ本人が大丈夫って言うならしょうがない。 大丈夫なのだろう。
その後、なぜか俺たちは背中をお互い合わせながら逆の方向を向きながら別々の小説を2時間読み続けていた。
久しぶりにこんなに集中した。
図書館で勉強している学校の生徒たちが続々と帰る準備をし始めていたので、俺たちも自然と解散となった。
「優くん。また明日ね」
姫川先輩が可愛らしくそういう。
「はい先輩。ありがとうございました」
部活の挨拶をして図書室を出る。
俺はもちろん唯と帰る約束を忘れているはずがない。
俺は小走りで唯のいる学校の門まで行った。
そこには風に吹かれた髪の毛を耳にかける女子がいた。藤咲唯花だ。
俺は目を奪われてしまった。というか昔から好きなんですが。
「ごめん。お待たせ。」
「遅い。」
頭が真っ白になった。
あれ?俺なんかしたかな。
「ごめん。遅かったよね。」
「違う。遅くない。」
遅くないんかい。なんなんだ?でも確かに不機嫌だ。
「ごめん。教えてくれないかな」
唯は気持ちを整えるかのようにして首を横に振る。
「ごめん。なんでもない。態度悪くしてごめんね。」
「いや。何でものなくないでしょ。」
唯花ははっとした表情で俺の顔を見上げる。
俺はいつの間にか唯の手首を握っていた。そして声が少し大きかった。そして下校する生徒の注目の的だった。
「ここだとなんだしさ、とりあえず駅まであるこっか」
「そうだね」
そしていつもの道を横に並んで歩く。一人分の距離を開けて歩く。
沈黙が続いていたがそれを破ったのは唯からだった。
「あのね、うまく言えないんだけど、なんか嫌だなっておもちゃっただけなんだ。」
「ん?」
俺の服の袖をつんつんと引っ張ってくる。俺はその方向を見ると正面を向いて顔を赤らめている唯の姿があった。
「4時間目が終わってお昼休憩の時にさ、石川君と話してたこと。」
俺の記憶が白黒でもなく4kでもない。もちろん色彩は鮮明で8kの記憶が俺の頭に映し出された。
俺は休憩の時間にサッカー部でレギュラーの石川直樹と会話を交わした。直樹は仲のいい友達で同じ中学校で同じ部活だった。
そう。俺も中学校の頃はサッカー部だったのだ。一応部長だったし。そんなことは一回置いておこう。
それで確か、再婚するっていうことを直樹に話したんだ。
ーおーおめでとうございます。
最初は誰も傷つけないようなことを言っていた。
ー優斗のお父さんの選んだ奥さん・・・なんかこの響きいいな。
何がいいのかさっぱりわからない。直樹の汚れた心が見えてきて、不穏な空気になってきた。
ー今日初めて会うんだけどさ、その人と。
ーなるほどね。美人で巨乳で優しい人だったらいいな。
それは直樹の理想だろ。そんなことは思いつつ俺の理想でもある。
ーまぁ期待しておく・・・よ。
ーん?どうした。
俺の目線の先を直樹が見つめる。
ーあっなんかごめんな。でも、もうそろ関係を戻したらどうだ?
目線の先には藤咲唯花がいたのだ。
真顔で俺たちは見つめあっていた。少し経った後唯は友達に呼ばれて教室を出ていった。その時に自分の胸を2度見していた。
そしてこのことをなぜ俺は完全に忘れていた。
「嫉妬しれくれたのか?」
「別に嫉妬はしてないよ。だって美人で巨乳で優しいって私にあてはまるくない?。」
「「・・・」」」
気まずい。
「フォローしてよ」
学校から駅まで5分の4地点くらいのところに川があって橋が架かっている。俺たちはそこで自然に止まって会話を続けた。
「まぁでも藤咲さんには藤咲さんのいいところはあるよ。」
「私が美人で巨乳で優しいっていうことすんなり否定されたんですけど。」
いつの間にかついた身長差を俺は実感した。そして上目遣いで俺のことを見る唯は可愛かった。
「でも。やっぱり期待してるわけでしょ。そういうお母さん」
はにかむように言う。
俺は川をのぞき込み水の流れを見ていた。唯は俺の隣で車道を走る車の方向を見ている。だから表情はわからない。
そして俺は別に期待している訳ではない。
「そんなことないよ。それに父さんの再婚が俺はどうも賞賛できないというか。勿論父さんには感謝しているんだけど・・・」
「納得いかないの?」
唯は俺と同じ方向を向き下の川を見つめ始めた。
「・・・いや。そんなことはない。俺が父さんの幸せを奪うのもよくないし。」
歯切れ悪く俺は言う。
「うまく言葉で田島君のこと支えてあげれるわけじゃないけど、無理せず相談するんだよ。私に。」
「ありがとう」
少し沈黙が続いた後唯がしゃべりかける。
「田島君の幸せは何?」
川の流れを見つめながら耳を赤くする唯がいた。
「なんで、そんなことを聞くの。」
俺は思った疑問をそのまま唯にぶつけた。
唯は俺の方向を向き目を見て言う。
「お父さんが幸せになったとして、残るのは田島君だけじゃない。」
もっと疑問が深まった。
「その、田島家3人でお母さんになる人、お父さんは幸せかもしれないけどさ、・・・優斗だけ納得いかないで一緒に暮らすとなると、何か幸せになるためのものが必要なんじゃない?」
久しぶりに唯に名前を呼んでもらったことが驚きでもあり、嬉しかった。
だけど、

幸せになるためのもの。

俺はあの時を境に幸せなものや大切なものを作ることが怖かった。
「大丈夫だよ。そこんところは。」
唯は口を開きかけて閉じる。
沈黙が続く。
「あのさ・・・」
またしても沈黙を唯から破る。
そして、真剣な顔つきで俺の方を向いていたので橋にもたれかけていた体を起こして俺は唯の方にすべてを向けた。
「高校に入って1年以上たったけど好きな人とかできた?」
急にこんなことを問われて焦った。

俺の好きな人は藤咲唯花だ。

なんてこと簡単に言えたら苦労しない。
「なんで。」
すかした回答をした自分にあきれてしまう。
「私は好きだよ。優斗のこと。今でも。」
俺の質問に答えるとすぐに少し早口で少し目をそらして言う。
俺たちは中学2年の一学期から三年生あたりまで付き合っていた。だけど3年生になってお互い受験のことを意識し始めてから関係が悪くなったとかそういうのじゃないけど、お互いのためにという理由で別れた。
俺は嫌われたんだって正直思っていた。
「優斗は?」
一歩俺に歩み寄る唯。二人の距離は近くなる。
「俺は__」
ブブーブブー
俺のポケットの中のスマホで、父さんからの電話だった。
タイミングが最悪だった。
俺は唯にごめん父さんからと言い唯に背中を向けて電話に出た。
「もしもし、あと1時間で沙織さんたちが来るから早く帰って準備するぞ。」
電話に出た時の第一声がそれだったのでよっぽど急いでいるのだろう。
だけど俺は父さんのしゃべっている単語の一つが理解できていなかった。
「ちょっと待って沙織さん「たち」ってなに」
「言ってなかったけ娘さんが二人いるんだよ。」
二人の娘・・・5人家族になるっていうことなのか?
「娘が二人?聞いてないんだけど」
驚きのあまり大声をあげてしまった。
「ごめん。伝えていなかった。申し訳ない。それで嫌か?」
「嫌ではないけど、ちゃんと言って欲しかった。」
俺は父さんに小声で伝える。
前にいる唯は顔を赤くして涙がこぼれそうだったけれど我慢していた。
俺は唯に背中を見せて目を合わせないように
「ごめん電話一回切る、30分後には戻る」
と言って電話を切った。
明らかにこの会話で唯を傷つけたことが表情から痛いほど伝わってくる。
俺は父親よりも元カノである唯を優先するべきで、きっぱりと無理というべきだったのだろうか。いや聞いたことがない、元カノを優先するとか__
「相手の方娘さんいるんだね。」
「ごめん聞こえてたよね。俺も今知った。もっと知ろうとするべきだった。ごめん。」
川の水が鏡となって夕焼けを俺たちに当ててくる。
「帰らなくていいの?時間もうすぐなんじゃない?」
学校でいつも見せている表情で俺に喋りかける。
「多少遅れても大丈夫だけど・・・」
今言うべきことはあるんじゃないか。
物語の登場人物はコンプレックスとかトラウマとか抱えている。けどそんなもの四捨五入したらプライドに過ぎない。
だから、俺も踏み出す必要があるんじゃないだろうか。トラウマというプライドから。
俺は大きく息を吸う。そして空気を吐く。
「俺は唯と一緒で今も変わらず唯のことが好きです。だから、

俺を幸せにする人になってくれませんか。」

そこには、ぽかんとした顔で田島優斗を見つめる藤咲唯花がいた。
そしてそのが沈黙と続くと、少し声を出して唯は笑う。そして心の切り替えを意味する咳払いをした。
「はい 私も優斗に幸せにしてもらいます。」
はにかんだ笑顔で・・・可愛かった。
落ちていた桜の花びらが一気に春風によってすくわれた。
「帰ろうか。家まで送るよ。」
「やった。」
いつもの顔なんだろうけどいつもの顔じゃない。
いつもの可愛さなんだけど昔の可愛さがあった。
その可愛さに浸っているときほんの少しずつ、ほんとに少しずつ肩を寄せてきた。
そして俺の制服の袖をつんつんと引っ張る。
「ねぇねぇ、なんでさ私のこと中三の夏休み終わってから藤咲さんっていうようになったの?」
顔を膨らませている。やはり可愛い。
「クラスメートの女の子にはさ普通に名前で呼ぶのに。」
「でも一応別れてるし、けじめだったんだよ。」
「そういうことじゃないよ。結構モテてるんだから優斗。」
顔をほんの少し赤くしてほほを膨らませている。
「そうか?・・・ゆい」
藤咲唯花はゆいと言われて嬉しいのだろう。
顔面をくしゃっとして笑顔で笑った。それを見てくしゃっと心までつかまれる。
俺たちは自転車の駐輪場がある人通りの少ない裏路地を歩いた。
「ちょっと止まって。」
唯がそんなことを言ったので俺は唯の方を振り向くと、遠慮気味に俺の胸に頭を預けるようにしてくっついてきて、俺の背中に腕を伸ばした。
「好きだよ優斗」

☆唯視点

田島優斗に家まで送ってもらった藤咲唯花は呆然としていた。
「ただいまー」
ママは今日もまだ仕事らしいから家には誰もいない。
そして階段を上がり、何かを考える訳でもなく、ただ一歩一歩と階段を歩く。
自分の部屋に着いたら靴下、セーラー服、スカートをおろし、そのまま、ベットに倒れこんだ。
そしてうつ伏せの状態から大の字になった。
そしてその瞬間考えることを放棄していた脳みそが着々と働き始めた。
また、自分自身の顔が熱くなるのが自分でも実感できたほどだ。
天井を見ながら腕をクロス状にした形で赤い顔を隠した。
部屋をうろうろ歩き回ったり、お風呂に気づけば三〇分浸かってたり。またベットに倒れこんで足をばたつかせていた。
足をバタバタしたせいでベットに目覚まし時計や寝る前に読む本や参考書が置いてある棚からペンギンのぬいぐるみが落ちてきた。
このぬいぐるみは「ぴょんすけ」お父さんからもらったものだった。
私はぴょんすけを持ち上げながらしゃべりかけた。
「つきあちゃった__。私ちょっと強引すぎたかな。はしたない女だと思われたらどうしよ。でも、優斗といると、そういう気持ちが抑えきれなくなっちゃうっていうのは事実だし、ねぇぴょんすけ、黙ってないでなんか言ってよー」
ぴょんすけは顔を変えないまま困った表情をする。
「でも、それと同じくらい気になることがあるんだよね。
優斗のお父さんが再婚したらしいんだけどさ、継母の連れ後に二人の娘がいるらしいんだよね。どうしよう、かわいい子だったら。優斗、可愛い子としゃべるとすぐへらへらして、にやにやして、テンションがルンルンになるからな。やっぱり男子は可愛い子が好きなんだよね。はぁ当たり前か。ねぇーだから黙ってないでなんか言ってよ。」
唯は人形の頬をツンツン突く。
ぴょんすけはまたしても顔を変えないまま困った表情をする。



第一話


彼女ができた。
一応復縁ということにはなるがちゃんと立派なカップル。何も躊躇う必要はない。
そして今日、家族が増える。それはつまり
俺が幸せになるためのもの、俺の大切なものが増えたということだ。
だけど一つ懸念点を言えば唯のことになる。
帰り際なんだか冴えない表情をしていた。もちろんなぜそんな顔をしているか俺にはわかる。新しい家族に女の人がいるからだ。もちろん一緒に住む。
俺が如何わしいことをしなければ何の問題もない話なのだが、まぁそういいことだ。
でも、女子にとって単純に、好きな人が家で他の女の人と一緒に暮らされるのが嫌なだけではないんじゃないか__?多分それもある。うん。
こういう理由であれ、俺が信用されてないだけであっても唯からしたら女の人と俺が同居に対して遣る瀬無い気持ちを抱いているのだろう。
俺には彼女がいる。だから継母の連れ子さんとかに期待する必要はない。必要はないけど気になる。
可愛い子だったらいいな。期待する必要はないんだけどね。
いやでも待てよ。年齢が近いことを勝手にイメージしてるけど、俺よりかなり年下の可能性もあるし、もうすぐ大学卒業しそうなお姉さんかもしれない。
どちらかに期待しよう。
「おっと時間がやばい」
俺は唯を家まで送ったところで、二人とも同じ駅だが家は真反対だ。俺は駅から東側、唯は南側なのだ。
だから駅まで小走りで行き、駅に置いてある自転車に乗って家までペダルを漕いだ。
家に着いた時には汗だくになってしまった。
「遅いじゃないかもうすぐでついちゃうぞ、って汗やばいな。早くお風呂入っておいで、急ぎで」
玄関を開けるとちょうど近くにいた父さんが焦ったように早口で言う。
ちなみに父さんの見た目はいつもよりシャッキとしているが、怖い雰囲気はなく和やかな雰囲気を漂わす感じだ。
「あー分かった。ちゃちゃっと入ってくる」
おれはしばらくお風呂に入っていつも最後に顔を洗うのがルーティーンなのだが、顔に泡が付いたままお風呂にある時計に表示されている時間を見ると7時半だった。
3人が家に来る時間だった。
声が聞こえるような、聞こえないような、だけど、足音の振動が感じられるような気がした。
早く着替えないといけないと感じ、ばたんととびらを勢いよく開けた。
そうすると、中学生くらいの女の子が手を洗っていたのだろう。俺と完全に5秒以上目が合っている。
「うわーぁ」と俺は咄嗟に叫んでしまった。
その女子中学生Aは「気持ち悪い」と真顔で言った。
急いで風呂場に戻ったが頭はぼーっとしていた。女子中学生に裸を見られた・・・。賢者タイムのような時間を過ごす。
「ごめんなさい。うちの渚が、もう出て大丈夫です。」
母親の沙織さんは洗面台の扉の向こうでそう言ってくれた。
初めての会話がこんなものなのか。俺は何とも言えない感情に襲われる。
「あ、はい」
頭がくらくらする。これはお風呂のせいではないのは確実にわかっていた。
俺はいつも通りの服装に着替えて洗面台の扉を開けて廊下をリビングに向かう。
リビングでは2人の女性の声が聞こえてくる。
なんだか緊張してきた。
そして俺はリビングのドアに手を伸ばし扉を開ける。
そこには女の人が3人いた。
いつもは男二人しか使わないダイニングテーブル。そこには今日急いで父さんが買ってきたのか前から準備していたのかわからないけど、3つの椅子が加わってあった。
父さんはダイニングテーブルの一番奥の左側に座っていて、その前にいるのが沙織さんだろう。
そしてその右にはお嬢様のように髪の毛を半分おろして残りの半分を結んでいるきれいな女の子がいた。女の子といっても同い年くらいだろう。
そして、その横には肩にかかるくらいの長さの髪の毛の女の子がいた。この子はたぶん女子中学生Aだろう。渚ちゃん。
ちゃん付けはきもいか。
だけど俯いていて性格が暗いのだろうか、そういう印象を持った。
「あっ、こんにちは優斗君。これから再婚再婚させていただく母の白石沙織です。」
椅子から立ち上がって沙織さんは俺に挨拶をする。
それにしてもお母さんまできれいな人だな。遺伝子強すぎる。
だけど、人のお母さんに欲情するような愚かな人間では俺はないがな。
「こちらこそ、これからよろしくお願いします」
おれも笑顔で頭を下げる。
「さっきはごめんね」
「いえいえ」
掘り起こさなくて大丈夫です。
「渚、謝ったの?」
「全然僕の方が悪かったですし。」
「ごめんなさい」
渚は小さな声で謝った。
かっかっ可愛いじゃないか。
「こっちこそそごめんね。」
沙織さんが娘たちの紹介を始めた。
最初に紹介したのは中学二年生の白石渚さんだった。次は姉の白石あかりさんだった。なんと同じ高校らしい。それも同い年で高校二年生だ。誕生日は11月13日だそうだ。ちなみに俺の誕生日は9月13日だ. ちょうど二か月前。なので俺が一番年上ということになる。
ある程度の自己紹介のようなものが終わって、ほんの少し堅苦しい空間がほどけた。
俺は父さんがみんなに何か飲む?と聞き俺とあかりさんは何ももらわなかった。
沙織さんが渚に何か飲む?と聞き渚は沙織さんに伝えた。
父さんが飲み物を入れに、キッチンにたちがると俺も気まずさから逃れるために対角線上にあるソファーに行こうとして立ち上がった。
俺がソファーまで行くとあかりさんは俺についてくる。
俺はあかりさんがソファーに座るかと思って奥の方の床に座る。そしてソファーにもたれかかる。
あかりさんに手前の方のソファーに座ってもいいよみたいな雰囲気をだしたが床に座って俺の横に座り込んでソファーにもたれかかる。
「ソファー座らないの?」
俺は意味の分からないことを聞いてしまった。
「うん。大丈夫。」
コクリ。とうなずく。
「ねぇねぇ優斗君」
あかりさんがしゃべりかけてきた。
「ん?」
「私たち同じ高校なんだね!部活何やってるの?私はね吹奏楽に入ってる。」
少し身を乗り出すように聞く。ちょっと近い。
「俺は文芸部。」
文芸部ってなんですかみたいな表情をされた。
「サッカー部かと思った。」
「中学校はサッカー部だったんだけどね」
あかりさんは友好的でしゃべりやすかった。
唯とは違う女性らしさがある。いろいろな部分で。
例えばスタイルの面では唯は劣ってしまう。劣っている=負け。という概念は俺には一切ないから安心してほしい。
あとは性格。国の大統領で表そう。白石あかり氏は外交向きの人物でコミュニケーションに優れている。藤咲唯花氏は自身のスキルが有能な点、包容力がある。どちらにも言えることは二人とも優秀かつ支持率がそこそこ高いことだろう。そして俺は何を考えているのだろうか。
でも、正直心の底から言いたいこと。
「可愛すぎる」こんな幸せな機会があっていいのだろうか。
こんなことを考えていると唯の怒る顔が目に浮かぶ。怒られるのも悪くはないが。
父さんと沙織さんはダイニングでコーヒーを飲んでしゃべっている。
渚ちゃんはスマホを触っている。
「あかりさん何組なの?」
今度は俺から質問した。
「2組だよ優斗君は?」
「俺は8組。だから見たことなかったのか。」
あかりさんは文系らしい。俺は理系。
この後もいろいろと話をしたが結構話は弾んだ。10時くらいに帰る予定で今は9時52分だ。
そんな時あかりさんがお願いをしてきた。
「「ゆう」ってよんでいい?」
藤咲唯花という彼女の存在がよぎった。こんなに馴れ馴れしく呼ばれていいのか?
正直悩んだ。だけどここで断ると気まずい雰囲気になるのが火を見るより明らかだった。
「いいですよ。」
「あと優、敬語もだめ。同い年だし生まれた早さで言っても優の方が先なんだから使う必要ないよ。私たちもう家族なんだから。」
「分かりました。」
自然にでた硬い言葉にあかりさんはくすっと笑った。
俺は咳払いをしてもう一度言う。
「わかった。あかり」
たぶんこの時の俺はにやけていていたのだろう。
こんなことを唯が聞いたらどうなんだろうか。きっと悲しむだろう。だからといって隠すことは良くない。どうするべきなのか。一応簡単にlineで説明しておこう。いや口で言おう。
そして帰る時間が来て俺たち五人は一緒に玄関を出た。
沙織さんの車に乗る前にあかりが頭の上で大きく手を振ってくれた。俺に対して。さすがに父さんではない。父さんであってたまるか。
でも一番驚いたのがリラックスした表情で渚があかりと話していたことだ。
あかりに対して手を振り返した後、渚がこわばった表情だったけどコクリと頭を下げてくれた。
今度は渚に手を振った。
沙織さんたちの車が行ったあと父さんに聞いた。いつからこの家に引っ越してくるかと
「1週間以内には荷物が届いて一緒に住めるようになるって。」
「早くない?まぁ別に良いけど」
「優斗に言っておかないことがあるんだがそのもう長くはないんだ。」
真剣なまなざしで俺に父さんは言う。
「ん?何が」
でもこの言葉『もう長くはないんだ』はトラウマだった。
反射的に体を丸める。そこにはそんな田島優斗の一人の姿があった。
俺の質問に答える父さんは辛辣そのものの表情だった。。
「白石あかりさん、持病があって、そんなに長くはないらしいだ。」
そんなことがあっていいのか。
神様は残酷だ。あんなに生きることを楽しみ、今後も楽しみにしている少女に病気を与える。
『俺にできることとは?』そんなことを考えた。
たぶん彼女には死ぬまでにやりたいことがあるはずだ。それを俺が手伝ってあげることだろう。
だけど俺はできない。

やれない。

したくない。

だって、怖いんだ。


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