ツアーガイドの思い出 第八話
「ディズニーにいる間、お互い敬語やめない?」
ホテルに前泊し、明日へ備えてそろそろ寝ようかというタイミングで社長からこんなLINEが入った。
これもまた、社長のお気遣いであることに間違いなかった。
明日からいよいよインパークである。この日までLINEと電話などで何度も打ち合わせをしてきた。少しでも不安や不明な部分をクリアにして差し上げたく、自分なりに対話を重ねてきたつもりだ。
コロナ禍前はよくお会いしていたが、それ以降は機会がなかった。
「この状況が落ち着いたら、またお会いしてご飯でも!」なんて話してくださった社長。「大変な二日間になるだろうけど、まぁここは肩の力を抜いて、大人の我々も楽しみましょうや」、という、粋な計らいによるお声がけだったのだと思う。
ぼくは思った。
む り。
いや、無理だろう。無理じゃね?フツーに、無理じゃね????
キツイって。厳しいって。危機感持っちゃうって。
いくら長いお付き合いをさせていただいているからといって、お取引先様である。急に、フランクには、なれねえって。
しかし、しかしだ。
ここでタメ口で話すことを固辞してしまうのは堅苦しく、ノリが悪い印象だ。だがここでいきなり
押忍押忍!敬語STOP、りょ🫡
明日から二日間よろしく👅
道中気をつけて!いい夢見ろよ。PEACE🇯🇵
と言おうものならおそらくLINEをブロックされるに50万ペリカ。
売上をバンバン稼ぐ仕事のデキる営業マンなら、こんな時も瞬時に最適解を弾き出し、懐に飛び込んでゆくようなベストオブベストレスポンスをするのだろうが、ぼくは所詮、日陰の隅で地味に目立たずのうのうと息をし鼻をほじるだけの無能セールス。社会人三流。見た目は中年、頭脳は子供、頭皮はいつでもツンドラ地帯。
そんなヤツがこの時考えに考え抜いて出した答えとは。
「わぁーマジですか!うれしいっす!!」
どうだろう。タイムマシンというものがこの世にあるのなら、この時に戻って自分を思い切りぶん殴ってケープコッドに沈めてやりたい。
なんだ、うれしいっす、って。うれしいと1ミリも思っていない野郎の言葉である。薄っぺらさ、この上なし。
いやしかし、なんとお返しすればよかったのだ、、、
LINEはすぐに既読となり、社長から「👍」のリアクションがついて終わった。そりゃそうだ。リアクションされただけありがたいと思え。
こんなもん、健全そうだったアカウントが急に陰謀論的な投稿をし始めたのと同じぐらい困惑モノである。
自己嫌悪に陥る前に寝よう。睡眠は全てを解決する。
その日は早くにベッドに入ることにした。
【ツアーガイド初日 舞浜 東京ディズニーランド】
昨夜までの暴風雨が嘘のような晴空のもと、ぼくたちのインパークは幕を開けた。
この日はぼくと娘が先にランドへ入園、夏休みの影響を鑑みて早朝から動き出した我々、見事にハッピーエントリー1列目を確保、当然入園ゲートも1番目となり、娘のテンションが上がるまま、スペースマウンテン、スプラッシュマウンテン、ビッグサンダーマウンテンをいとも容易く制覇、空いた時間でアストロブラスターに搭乗してスコアカンスト、「必死になっててキモい」と、娘からありがたいご指導をいただいたのであった。
この間もちょくちょくスマホを確認し、ご家族様の動向をLINEでチェックしていた。飛行機、送迎バスともに順調な運行で、当初想定していた11時に合流できる見込みとなった。
ソフトランディングでモバイルオーダー、娘とクーリッシュのアイスを食べながら小休憩をとっていた時、通知が入った。
「ランドに到着しました!もう少しで入園します!!」
ジャスト11時。素晴らしい!
柔らかくなったクーリッシュアイスの残りを一気に口へ運び、ぼくは身なりを整える。
「到着したって!そろそろ向かおうか!」
快晴、夏空、そして、予想よりもはるかに少ないゲストの数。
これは、なにかいいことあるかもしんまい!
人生変えちゃう夏かもね!!(伝われ)
やや急ぎ足で、我々はワールドバザール方面へ向かった。
あるサプライズを小脇に抱えながら。
ーつづくー
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?