ツアーガイドの思い出 第十六話

「お父さん、ここ空いてるよ。」

店内に入ってものの数十秒の出来事だった。
なんとまたしても娘が5人分の空席を瞬時に見つけるという超絶ファインプレーをやってのけた。
しかも、アナとエルサの肖像画が飾られているエリア、肖像画が目の前にある位置。
娘よ、きみは一体何者なんだ、、、?(娘だ)

おかげさまで約50分、それなりに余裕を持って夕食を楽しむことができた。
社長はこの日何度目かのビールをキメていた。

社長「いやぁー、KAZさんと娘さんのおかげですごい順調に回れてるじゃん!すごいね!」

ぼく「いやぁ、自分もこんなにスムーズにいくとは思っていなくて驚いてますよ。」

娘「肉うま。」

協調性があるのかマイペースなのかわからない娘であった。

その後施設内のフォトスポットで写真撮影、いよいよ、いよいよフローズンジャーニーの時間となった。アプリ内「運営中」の文字は、幸いにも変わることはなかった。


お子さんが最も楽しみにしてきたアトラクション。
ご自宅で繰り返し何度もアナ雪を観ているというお話を伺って、絶対に体験していただきたいと今日まで強く思ってきたアトラクション。
ぼくはプレビューの時以上に緊張していた。

スムーズに進む待ち列。乗り場まですぐだった。
すると、乗船直前お子さんが予想外の発言をした。

「わたし、○○(娘の名前)ちゃんと一緒に乗りたい!」

これまでほぼ、お子さんは社長か奥様と一緒に乗り物に乗ってきた。
1列につき2人〜3人乗りのものは大人が付き添っていなければならないので自然とそうなったし、お子さん自らそのような発言がなかったのだ。

ぼくはとても嬉しくなった。
前日初めて会ったばかりなのに、そんな風に言ってくれるなんて。

乗船は4人と1人で分けることにした。当然1人というのはぼくのことだ。
社長から「いいの?」と言われたが、ぜひこうしましょうと言った。
キャストさんに4人と1人で分かれたいです、とお伝えしご快諾をいただけた。幸いにも1列目と2列目への案内だった。ぼくは2列目の左端へ。後ろから前の4人を見守ることにした。




いざ、乗船。
アナとエルサのフローズンジャーニー、開幕。




船が動いてゆくと、娘とお子さんは話しながらいろんな所へ目線を移していた。後ろから見て、とても楽しそうであることは一目瞭然であった。


頼む、途中で止まらないでくれ。
止まったら止まったでレアな演出が見られるけど、それは今日この時じゃなくていい。
4人が楽しめている安堵感と、完全に捨てきれない不安がぼくの中で入り混じっていた。

船はどんどん進んでゆき、ついにクライマックスとなった。
ネタバレをしたくないので詳しい描写は避けますが、『アナと雪の女王』1作目のラストのシーンの場所である。

楽しそうな姉妹と、それを見守る仲間たち。
最後のオラフの台詞を聞き、乗船場へと戻ってきた。


トラブルは、起こらなかった。


「楽しかったぁ〜〜!!」

お子さんはとても満足げな表情でいらっしゃった。
ぼくが何度も「このアトラクションはシステム調整になりやすい」と話していた影響で、社長はホッとした表情を浮かべていた。
これにて希望のアトラクションは全て乗れ、体験できたことになる。その上予想より空き時間が多くなり、乗れないであろうと思われたものも体験することができた。

さぁ、いよいよ最後のプログラム、ビリーヴが待っている。当然DPAは取得済みだ。場所はミッキー広場側、ザンビーニブラザーズリストランテ付近のハーバーの湾曲部分。
ここでぼくと娘、ご家族3人は別行動となる。ショーが終了次第連絡を取り合い合流とした。

これまでほぼガイドとして務めてきたが、ぼくにはまだやらなければならないことがあったのだ。それは、娘の希望をかなえること。
娘がこの日乗りたいと希望を出してくれた「インディジョーンズ」、「ソアリン」「センターオブジアース」に乗るのだ。
抜かりなく、移動の合間合間に全てパスは時間を調整しながら取得していた。

「おらー!今からウチのターンじゃー!」

娘は大の絶叫系大好き人間だ。
社長のお子さんが苦手ということもあり、朝からこれまでのプランは絶叫系が全く組まれていなかった。
フラストレーションを発散させるが如く、夜のロストリバーデルタで叫んでいた。合流するまでの約2時間、ぼくはガイドでなく、クレヨンしんちゃんの黒磯のごとき付き人となった。



シーのメインアトラクションを立て続けに体験し、気分が高揚した状態のまま、ぼくと娘はザンビーニブラザーズリストランテに入った。この時すでにビリーヴは始まっており、ゲストの殆どがハーバーに沿って集まっている状態だった。
ぼくと娘はドリンクとリトルグリーンまんをそれぞれ頼み、今日までの2日間の労を労った。

「お疲れ!今回、○○(娘の名前)がいなかったらこんないい2日間にはならなかったよ。ほんとありがとね。」

「いや、まぁ、ウチも楽しかったから。オッケーでしょ。」

2日間の振り返りながら話したり写真を見返したりしていると、ショーもいよいよクライマックスとなり、MISIAさんの『君の願いが世界を輝かす』が流れ始めた。
ぼくは外から聞こえてくるこの素敵すぎるにも程がある曲を聴きながら、心地よい疲労とともに喜びを噛み締めた。


思えばきっかけはひょんなことだった。
「ひょんなこと」って、ほんとに起こるんだな。
これまで色々大変だったけど、その全てが報われてよかった。
こんなことってあるんだな。


曲も、ショーも、終盤に近づいてゆく。
長いようで短かった2日間が、終わってゆく。
あぁ、このままもう1泊してぇなぁ、、、
帰りたく、ねぇなぁ、、、


最後の一節が終わり、盛大にビリーヴは幕を閉じた。









全日程、終了。









終わった、、、、、、










燃え尽きたぜ、、、真っ白にな、、、、、






本当に、終わった。
特に何事もなく、終わったのだ。
とても心は穏やかだった。この2日間、楽しみながらも心のどこかがざわついていたけど、今はとても静かである。

お店を出て、アクアスフィア前で社長たちと落ち合った。

「ビリーヴ、お楽しみいただけましたか?(アナウンス風)」

「KAZさん、やばかった!すごかったね!娘、ずっとすごいすごいって言ってた!めっちゃいい位置だったし、最高だったよー!!」

よかった。本当に良かった。

社長はハイテンションのまま、お子さんに風船を購入した。
ぼくも娘と初めてディズニーへ来た時、風船を買ったのだ。あの時を思い出して涙腺が緩んだ。

「KAZさん、本当にありがとう!おかげさまでとても楽しく過ごせたよ!、、、まぁ、娘にはこんな感じが当たり前だと思って欲しくないけどね笑」

奥様もお礼を言ってくださった。
とんでもないことです。家族旅行に見知らぬ親子二人がくっついてきてお騒がせして本当にすみませんでした。

バス乗り場までお見送りをすることにした。
ぼくたちはこの日車で帰宅、社長たちご家族はホテルに泊まり、明日午後、飛行機で帰られる。

ロータリーにはちょうどバスが来ていた。
ではここで、ということになる。
バイバイをお互いにした時、お子さんがふいにぼくと娘にハイタッチをしてくれた。

「またね〜〜!」

ガイド冥利に尽きる瞬間だった。
多分、全日程の中でこの瞬間が一番嬉しかったかもしれない。
ヘンなおじさんなのに、ありがとね。
また舞浜に来てね。

バスに乗り込み、遠くなるまでぼくと娘は手を振った。

「じゃ、帰ろっかねぇ。」

「うわー帰りたくねぇー!宿題もしたくねぇー!」

「帰りたくないけど、宿題はやろうね。」

夜21時30分。
ぼくと娘のツアーガイドは幕を閉じた。



ーあとがきへつづくー

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