深海の"ソフト"ロボット
つい先日、NASAの新しい火星探査機「パーサビアランス」が、火星に"タッチダウン"する際の緊迫した模様を動画で伝えてきたり、無事に着陸し一段落ついたところでふっと見上げた火星の夜空の全天写真を送ってきたりということが話題になった。人類の探求は宇宙に向かって着実に広がっていることを実感させられるが、その目は地球の深部にも向けられている。
マリアナ海溝。海表面から1万メートル以上の深みに刻まれた地球の「シワ」だ。火星にロケットを飛ばすのも大変だが、ここに探査機を送り込むのも、たとえ「地続き」だからと言えど容易なことではない。なんといっても水圧〜たかだか1センチ四方の平面になんと1トン以上の重圧がかかる計算になる。そんな環境でも平ちゃらなキカイを創るとなれば、圧力に負けない超合金(あればの話だが)の鎧をまとわせるか、外圧に負けないように内側からも同じ圧力をかけて潰れないようにするしか方法がない。が、どちらも大掛かりで途方もなく巨大な物体になろうことは簡単に想像できる。
仮にそんな探索機ができたとして、例えば我々がその中からうっかり外の深海に出ようものなら(ドアを開け閉めして行き来できればの話だが)一瞬でぺしゃんこにされてしまうだろう。ところがそんな海の底の底の底でちゃんと生きている魚がいる。生物の適応能力の凄さ、進化の無限な可能性を感じさせるが、それはとりあえず置いといて、この度この生物に範を取ったロボットを作製したとのことだそうだ(参考リンクの文献参照)。
Mariana snailfish(マリアナスネイルフィッシュ)、敢えて訳すならマリアナカタツムリウオ?ただしスネイルフィッシュはクサウオとの俗称もある。実際に8,000メートル近い深海で捕獲されたこともあるこの魚は、他の魚で見られるような頭蓋骨を持たず、代わりにスカスカの、それこそ屋台骨のような骨格をしている(CTスキャンの画像がイカしてる)。これがどうやら強力な外圧を「いなす」のに一役買っているらしい。ロボットの開発者はこれをヒントに探査機内部の電子機器をバラバラにして、柔らかな素材でできた胴体に分散配置した。これに薄膜の翼と、移動のための推進力を生む尾ひれを有した姿は、風を受けて空を泳ぐカイトのようにも見える。実際に70メートルの湖、次いで3,000メートルの海に「放った」ところ、翼をゆらゆらとはためかせながら優雅に泳ぐ姿が観察された(参考リンクの動画参照)。
そして最後に1万1千メートルの深海に送り込む。さすがにこの深度ではまだ自由に泳がせることはできなかったが、45分間にわたって翼をはためかせることには成功した。これはつまり、この深度における水圧(人間が50機のジャンボジェットを背負う勘定になる)の中でクサウオ型ロボットが機能することを示している。
別に深海でサクサク動き回る必要はない。ゆるゆると移動しながら、見たり聞いたり嗅いだりした情報を地上の私たちに伝えてくれればそれでいい。そのためのセンサーを装着して、より賢く「進化した」ソフトロボットがマリアナ海溝の秘密のベールを開いてくれる日もそう遠くはなさそうだ。
<参考リンク>
文献: https://www.nature.com/articles/s41586-020-03153-z
動画付き記事: https://www.nature.com/articles/d41586-021-00605-y
(本記事は、上記リンク先の内容を、筆者独自の感想を交えてかみ砕いて解説したものです)