ハダカデバネズミの“友だちの唄”
最近、生命科学の分野で存在感を増している実験動物がいる。Naked mole-rat、ハダカデバネズミと呼ばれるネズミの一種だ。下の参考リンク先にある写真をご覧になれば、その名に合点がいくことだろう。実験動物界の大先輩にあたるハツカネズミとそれほど大きさが変わらないものの、実験室での飼育環境下では15年以上も生きるという長寿(ハツカネズミは長くて2年)でありながら、がんを患うことなく、しかも酸素がなくても十数分くらいはへっちゃらというタフネスである。さらにそれが、女王を頂点として300匹近い集団社会を形成して生活しているというから驚きだ。そんな彼らの社会生活の一端を垣間見せてくれる研究成果が発表された。
ハダカデバネズミはコミュニティー固有の言語(実際は“さえずり”のような鳴き声:2つめの参考リンク先の動画で視聴可能)を発達させ、仲間を認識しているらしい。その“唄”は、女王から発せられコミュニティー全体に拡がっていく。女王が変われば、しばし移行期の混乱を経て、やがて新しい女王の声がコミュニティーを支配することになる。これはつまり、彼らはその音声を識別し、記憶し、真似できる能力を持つということである。すなわち、齧歯類(ざっくりネズミの仲間ですね)が発声学習することを示した初めての例になる。普通のネズミは個体識別を嗅覚に依存している(匂いで仲間かそうでないかを、文字通り嗅ぎ分ける)ので、これは極めて珍しい。あるコミュニティーで生まれた新生児を、異なる言語が支配する別のコミュニティーに人為的に移してやると、移した先のコミュニティーの言語を使うようになることから、言語体系は遺伝的ではなく後天的に獲得されるものだということが分かる。
この驚異の(ネズミにしては、だが)能力は、ハダカデバネズミの社会構造と行動を考えると合点がいくかもしれない。地下の暗闇が生活の場であるため、彼らは目が見えない。その中にあって集団で餌を探すなど高度に利他的で組織化された集団生活を営んでいる。だが、いやだからこそかもしれないが、そこに他所のコミュニティーからの闖入者があれば容赦しない。ためらわず攻撃して“排除”してしまうという、コワい一面ももつ。従って、闇の回廊で出くわした相手が仲間かそうでないかを識別するのは彼らにとっては命がけのミッションになるのだ。
そういったニーズがあって彼らは音声によるコミュニケーションという、手間のかかる方法を発達させた。クジラや鳥なども類似の方法により仲間の識別を行っているが、実験室で手軽に飼育できるサイズと生態を持つ生物で研究を進めることが可能であることが判明したのは大変に意義のあることだ。人間の言語の出現・構造・進化を考えていく上で大きな助けになっていくに違いない。
参考リンク
(本記事は、上記リンク先の内容を、筆者独自の感想を交えながらかみ砕いて解説したものです)