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宙からの琴の調が聞きたくて [#1 ブルーメンブラット編]

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期待の花束を携えて

2023年6月3日、東京競馬場第5レース、メイクデビュー東京。
芝1600mCコース、天候曇、馬場不良。

新鋭の2歳馬たちにとって断じて恵まれたとは言えないその舞台で、彼は2着馬に9馬身もの差をつけて逃げ切るという鮮烈なデビューを果たした。

父は国内外のマイルGⅠ4勝に芝2000mGⅠ2勝まで収めたモーリス。
母は遅咲きのマイルCS勝ち馬、そして父にアドマイヤベガを持つブルーメンブラット。
さらにその母Wildwookは米国産Caro系種牡馬Cozzeneの祖母にあたる。奇しくもCozzeneはアドマイヤベガの同期&同厩舎であり、朝日杯3歳ステークス(現朝日杯フューチュリティステークス)とそれからの長いブランクを経て安田記念の2つのマイルGⅠを制するアドマイヤコジーンの父だ。不思議な縁である。

さて、いかにもマイル界を席巻せんと感じさせる血統を持つこの馬の名は、シュトラウス。馬名の由来はドイツ語における花束を意味する「Blumenstrauss」。

次戦のGⅢサウジアラビアロイヤルカップこそ勝ち馬ゴンバデカーブースの強烈な末脚と、ウマ娘の立役者たる藤田晋オーナー所有馬ボンドガールの意地に屈して3着に甘んじたが、3戦目のGⅡ東京スポーツ杯2歳ステークスを早め先頭から押し切って重賞初制覇を成し遂げる。奇しくもブルーメンブラットが初重賞制覇を果たした府中牝馬ステークスと同じ舞台、東京芝1800mでのタイトル奪取だった。また、管理する武井亮調教師にとっても嬉しい初タイトルとなった。

そして何より、過去にキングヘイロー、ナカヤマフェスタ、サトノクラウン、ニシノデイジー、そして言わずと知れたコントレイルやイクイノックスなど後にGⅠを制する数々の名馬を輩出してきたのがこの東京スポーツ杯2歳ステークスなのだ。つまり、シュトラウスも出世街道たるレースを制したことになる。この事実はアドマイヤベガの血を応援し続ける私にとっても非常に喜ばしいものだった。

4戦目に選ばれた舞台は2歳王者決定戦、GⅠ朝日杯フューチュリティステークス。シュトラウスはここまで2戦2勝のジャンタルマンタルに続く2番人気に推された。

だが、ここからが彼にとっての苦難の始まりとなった。

ゲートが開く。シュトラウスは、出遅れた。
競馬に「タラレバ」が禁句と言われているのは分かっている。
分かっているが、それだけだったら、よかったのかもしれない。

彼は、抑えきれぬ前進気勢のままに、前へ、前へ、前へ、前へ。
逃げたセットアップが前半600m34.1秒という、淀みのない流れを刻んだところで先頭へ。ペースを考えればあからさまな「暴走」だった。

最後の直線、この走りをしてもなお押し切ってくれれば怪物──という刹那の願いもむなしく、彼は馬群に飲まれ、沈んだ。結果は10着。

再起を誓って距離短縮のGⅢファルコンステークスに出走。3番人気に推されるも出脚がつかず、最後方に置かれた。前に馬を置き、折り合い重視の競馬をして末脚勝負に挑むも1着馬ダノンマッキンリーから0.8秒離された9着。

彼は、秘めた能力と己の抱える気難しさの狭間で、必死にもがいているようだった。

とある「おてんば娘」との共通点

朝日杯フューチュリティステークスの直後から、シュトラウスのレースぶりからこんな声がSNSで散見された。

「牡馬版メイケイエールだ」

メイケイエール。2020年にデビューし、短距離・マイル重賞を7勝するという類い稀なるスピードの才を魅せるもGⅠ未勝利のまま競走生活を終えた牝馬だ。前の馬を抜かせばよいことを理解した(?)が故の「真面目さ」が災いし、暴走してしまう「おてんば娘」という属性、そして同期の白毛のGⅠ3勝馬ソダシのいとこにあたることも重なり、人気を博した。かくいう私もメイケイエールの大ファンであり、現地にまで観に行った引退式では号泣を抑えられなかった。

2024年3月24日、ラストランとなった高松宮記念の一幕

話を戻そう。正直なところ他の名馬に形容されることを好まない私は、メイケイエールといえどそう例えられることに複雑な心境であった。一方で、そう例えられてしまうのも仕方ないと思える血統背景もシュトラウスにはあった。

2頭とも牝系を遡っていくとシュトラウスではマイワイルドフラワー、メイケイエールではシラユキヒメ一族の祖となるウェイブウインドに達したところである種牡馬が現れる。

Topsider。日本で出走した直仔から重賞勝ち馬は出なかったものの、父にTopsiderを持つAssatisは初代ジャパンカップダート(現チャンピオンズカップ)王者ウイングアロー、帝王賞・かしわ記念覇者でエスポワールシチーやフリオーソ、スマートファルコンらの砂の猛者と共に駆けたボンネビルレコードなどを輩出。そして同じく父にTopsiderを持つDoulabはGⅠ昇格後初のフェブラリーステークス王者となった一方で、幾度となく繰り返された「噛みつき癖」としても知られるシンコウウインディを輩出。

シンコウウインディは言わずもがな、ボンネビルレコードについても気性が荒かったというストーリーがあった。リンクを貼っておくのでそれぞれ参照されたし。

そう、Topsiderの血は主にダートで活きる確かな能力を継ぐ一方で気性難を引き起こすリスクも抱えている。メイケイエールに限らず、自ずとTopsiderの血を持つことになるシラユキヒメ(白毛)一族は気性難な面を抱えている子が多い印象だ。特にソダシやママコチャの母で知られ、その愛くるしいブチ模様で人気となったブチコが幾度かゲートを突破してケガを負ってしまった話は有名だろう。

つまるところ、シュトラウスにおける気性難な面は祖母マイワイルドフラワーの持つTopsiderの血に由来している可能性がある。

ブルーメンブラット産駒のレースを確認してみる。初子であるオレアリア(父シンボリクリスエス、JRAダートで2勝)は道中行きたがっているのか、力みながら走るシーンが目立つ。後に秋華賞とドバイターフを制するヴィブロスの初陣を退けた4番子クラシックリディア(父ハービンジャー、JRA芝で1勝)も前進気勢の強い面がみられるし、産駒初のGⅠに挑んだ9番子フォラブリューテ(父エピファネイア、執筆時現役)もアルテミスステークスや紅梅ステークスにて鞍上のC.ルメール騎手が手綱を引いてなだめているように見える。他に印象的な面を挙げるなら、ゲートは決して上手くない。前進気勢に通ずる気持ちの昂ぶりがあるのだろう。

一方でブルーメンブラット産駒は10頭がJRAでデビューし、うち9頭という高い割合でJRAでの勝利を収められているように、その前進気勢が確実に活かされれば武器にもなる。そしてこれまでに勝利した舞台は芝、ダート、さらに障害と幅広い。ブルーメンブラットから繋がるアドマイヤベガの血が花開くチャンスは多彩だ。

花びらは未来に舞う

しかし満開になった桜も必ずいつかは散るように、繫殖牝馬も身を引く場面がいずれ訪れる。ブルーメンブラットは2023年8月31日をもって繫殖牝馬としての仕事を無事に終えた。現在(執筆時)、デビュー待ちの直仔にはドレフォン産駒の2歳牝馬(リンゲルブルーメ)とミスターメロディ産駒の1歳牝馬の2頭がいる。彼女らはどんな色の花を咲かすのだろうか。

ブルーメンブラット産駒の牝馬たちも繁殖入りを果たし、未来を虎視眈々と見据えている状況だ。先駆けて産駒(ルドヴィコ、父トーセンラー)がデビューしたスウィートテイルズこそ亡くなってしまったが、クラシックリディア、ヴィルデローゼ、ブルーメンクローネ、パールデューの4頭がブルーメンブラットの後継として次なる花を育んでいる。順調にいけば今年中にも彼女らの産駒が開花宣言を目指して駆ける姿を見られるだろう。

そして何より、シュトラウスの旅はまだ始まったばかりだ。

2024年5月5日、シュトラウスは再びGⅠの舞台にやってきた。3歳世代のマイル王を決める戦い、NHKマイルカップ。

史上初、2歳マイル王ジャンタルマンタルと2歳マイル女王アスコリピチェーノがこの舞台で相まみえるとあって、大いに盛り上がった。

他にもサウジアラビアロイヤルカップ組のゴンバデカーブースやボンドガールが再起を誓うほか、トライアルのアーリントンカップで豪脚一閃を放ったディスペランツァ、姉にマイルGⅠ馬ナミュールを持つ良血馬アルセナールなど皆それぞれがこのチャンスをものにせんとNHKマイルカップの舞台に集った。

だけど、私が見つめるのはただ一頭。

私の誕生日(7月13日)を彷彿とさせる7枠13番に入ったシュトラウス

そして彼に、夢を、願いを、託した。

勝ってくれたら嬉しいけれど、まずは無事に帰っておいで。
まだ見ぬ、咲き誇るべき未来が、きっとどこかで待ってるから。

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おかえりなさい。ありがとう。

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