物覚えが悪い僕の記憶法
これもどうでもいい話なんだけど、僕は覚えるのが苦手だ。そのせいで僕は学生時代にさんざん苦い思いをさせられた。
たとえば、英語の単語なんかだと、ページの頭から覚えて、最後の単語にたどり着いた頃には、初めの方のほとんどの単語を忘れているという有様だ。一つ覚えれば一つ忘れるという具合だった。
それでも何とか大学受験で合格できたのは、ある方法を試したからだ。
問題は根本的なところにあった。そもそも覚えられないのは、すぐに忘れてしまうからだ。それならば、初めから覚えなければいいのではないかという、ちょっと禅問答のようなひねくれた方法だった。
でも、覚えないでどうやって受験の問題に立ち向かうんだ、と言いたくなるのもわかる。僕も実際にこの方法を本で読んだときはそう思った。
その本によると、覚えるのではなく馴れろと言うのだ。たとば、学校や会社で今あなたの隣の席に座っている人の名前を答えろ、と言われたら、誰だってすぐに答えられる。
「〇〇さんだ。そんなの当たり前じゃないか」と誰もが言うだろう。
じゃあ、その人の名前をどうやって覚えたのかと考えればいい。そもそも覚えようなんてことはしていないはずだ。毎日呼びかけているからだろう。
そう、今度はそれを受験勉強にも応用すればよい、と言うのだ。
まずは参考書の1ページ目を何度も読む。覚えようとしないで、もう飽きたよ、わかっていますよ、書いてあることなんて、と思うまで読む。
僕の場合だと20回ほど目を通せば、そんな感じになる。そして次の日になったら、2ページ目を同じように眺めるのだが、その前に1ページ目にざっと目を通してからにする。そして3日目は3ページ目を何度も読むのだが、その前に1ページと2ページをざっと眺めるのだ。
そうやって毎日毎日眺めるページが増えていく。100ページ目を勉強する頃には、99ページ分に目を通さなければ今日の分を始められないので、一時間ほどかかる。
だが、恐るべきことに、初めの1ページ目はもう99日も目を通しているので、ぱっと見るだけで何が書かれているのかがわかる。
そうやって最後までやると、今度は最後のページから同じことを始めるのだ。それを何回かやるとほとんど丸ごと参考書が頭に入ってしまうという寸法だ。
試験の日、もし必要なことが思い出せなくとも慌てることはない。頭にある参考書のページをゆっくりとめくれば、そこに答えがあるというわけだ。
僕は文系だったので、英語と日本史はほとんどその方法で突破できた。
ただし今それらのことを覚えているかというと、何も残っていない。
まぁしょうがない。高校時代の一学期に隣に座っていた人の名前を言え、と今言われても、名前どころか誰だったかさえ思いだせないのと同じだ。
だけど、これはおかしな話なんだけど、僕は高校時代に付き合った彼女の電話番号を今でも記憶している。(もちろんかけたりしないんで安心してください)
携帯などなかった時代、僕らはガールフレンドと連絡をとるのも大変なことだった。
小銭をじゃらじゃらとポケットに入れ、わざわざ電話ボックスまで行ってかけていたのだ。
それだけじゃない、電話を受ける方の彼女が自宅電話の側にいてくれればいいが、まずそんなことはない。誰か彼女の家の人、大概はお母さんなんだけど、運が悪いとお父さんが出てくることもある。
「〇〇さん、いますか」と僕が訊くと、たとえ彼女が家にいても「〇〇はいません」と不機嫌にお父さんが応えるのだ。
すると電話の向こうから、彼女の怒った声が聞こえ、「ごめんね、うちのお父さんは理解がなくて」と電話に出てくれる。
こんな苦労を散々しただけあって、彼女の電話番号を今でも覚えているのだろう。
いや、それだけじゃない。彼女の家の電話番号は当時の僕にとって何よりも大切な番号だったからに違いない。それは試験に出る英単語なんか目じゃないくらいに。
うん、でもこのことで僕の記憶力が本当は良いとはとても言えない。
だってどちらかと言うと、覚えているんじゃなくて、忘れたいのに忘れられない、と言うのが正解だからだろう。