【ポガるそ?】ツール・ド・フランス2023 勝手にプレビュー【Vol.1】総合優勝展望編
フランスを“一周”する世界最大規模の自転車ロードレース「ツール・ド・フランス」が7月1日に開幕する。
普段のプレビューは3人くらいの読者に向けて、くだらない御託を並べているに過ぎないが、今回はちょっと違う。私の身近なところで行われる「ツール・ド・九州」が10月に初開催されるのを前に、ぜひとも観戦機運を高めたい。そのためにも本場のツール・ド・フランスに触れて、ロードレース観戦の魅力を感じてほしいと思う。
しかし、熱が高じて書きすぎたので、プレビューは4段階に分けて公開することにする。今回は大会全体の展望と第1ステージのプレビュー。2回目で1週目、3回目で2週目、4回目で3週目を概観する。ちょっと数字が分かりにくいが、我慢してほしい。今年は我慢が大事だ。
J SPORTSで中継&配信
日本でのテレビ中継とネット配信は有料のJ SPORTSが担う。視聴方法が広がってきているようで、Prime Videoにもコンテンツが登録されている。ステージによっては無料放送やハイライト動画の配信もあるだろう。ぜひ機会があれば見ていただきたいと思う。
また観戦の一助になるよう今回のプレビューは分かりやすく伝えることを念頭に置いた。コースの詳細画像には本稿執筆時点での放送開始時間も書き込んでいるので参考にしてほしい。(放送時間は変わることがあるため当日は番組表で再確認を)
今年は中央総武緩行線
「ヨコギル・ゾ・フランス」の真相
ツール・ド・フランスは、直訳すると「フランス一周」。21ステージにおよぶ過酷なレースと2日間の休養日をあわせ、計23日間でフランスを一周するというもの。一応は。
「一応は」というのは実際には一周するわけではなく、ピレネー山脈とアルプス山脈の二大勝負どころをコースに組み込みつつ、あらゆる地方を巡りたいという“政治”も働くため、どうしてもいびつな形になってしまう。したがって、23日間で「レースをしながらフランスを巡る」くらいの感じで捉えてもらえればいい。
それでも特に今年はひどい。図を見てもらえれば分かるように、スペインにまたがるバスク地方をスタートし、ほぼ直線的に東へとフランスを横断する。解説者の栗村修さんは「ヨコギル・ゾ・フランス」と表現しているが、その通りである。山手線と思ったら中央線だったというくらいのアンチ一周っぷりだ。奇遇にも中央線と総武線を直通する緩行線のラインカラーは黄色だが。まあ、それもまた、魅力と思おう。
そもそも何を競うのか?
大会のコースは毎年いろいろと変わるが、出走人数や賞は変わらない。全22チームが出場し、各チームは8人で構成される。
10種類近い賞が設定されており、このうち1位の選手に特別ジャージーが用意されているのが、個人総合時間賞、ポイント賞、山岳賞、ヤングライダー賞の4賞。他にチーム総合時間賞、各ステージの敢闘賞、全ステージでの総合敢闘賞、アンリ・デグランジュ記念賞(最高標高地点首位通過者)などがある。
個人総合時間賞、ポイント賞、山岳賞は他のレースもほぼ例外なく設定されており、「ツール・ド・九州」でも採用されるだろう。複数の速さをめぐって争われるというところが、ロードレースの面白さでもある。
これらのうち最も栄誉ある賞が「個人総合時間賞」で、総走行時間(累計時間)の最も速い選手に贈られる。「総合優勝」と言うとこの賞を指すのが一般的だ。ツール・ド・フランスでは黄色の特別ジャージーを贈っており、フランス語で「マイヨ・ジョーヌ」(黄色ジャージー)と呼んでいる。
21ステージを終えてなお上位に入っているには、どんなステージでもなるべく前方でゴールすることが求められる。山岳での登坂力、平地でのリスク回避能力はもちろん、小さなケガやトラブルをものともしない強い精神力さえ必要になる。「個人」と付いているが当然一人で戦うのは不可能に近く、一人のエースを勝たせるために、残り7人がアシストするという鉄壁の布陣で臨むチームもある。
下のツイートは2016年のツール・ド・フランス第21ステージ。黄色のマイヨ・ジョーヌを着ているのがクリス・フルームだ。チーム・スカイ(現イネオス・グレナディアーズ)は彼を優勝させるために強力な布陣で臨み、果たしてレースを支配した。当時は各チームが9人で出走した。
総合優勝できるのはほんの一握りの選手たちだが、大会の序盤戦では登坂力がなかったり、経験が浅い選手が暫定で総合トップに立つこともある。意外な選手がマイヨ・ジョーヌを着るということもあるが、徐々に最終的な優勝候補は絞られていく。
近年は若手や自転車新興国の台頭が目覚ましく、昨年はヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク/ユンボ・ヴィスマ)=下のツイート=が最も速くフランスを駆け抜けた。その前年までは若手のタデイ・ポガチャル(スロベニア/UAEチームエミレーツ)が2連覇を達成している。今年も彼らを中心とする総合優勝争いとなるのは間違いがなく、ヴィンゲゴーはなんとも言えない表情、ポガチャルはヘルメットから飛び出す毛量が注目だ。
個人賞をチームで追う奥深さ
ところで、チームスポーツながら「個人総合時間賞」が最も栄誉あるのはちょっと理解に苦しむ人もいるだろう。もちろん「チーム総合時間賞」という賞もあるが、それほど重視されていない。
例えばサッカーでは通常、チームで勝ち点を積み上げていき、もっとも勝ち点の多かったチームが優勝する。すなわちチームで一つのゴールを守り、チームで一つのゴールを攻め、勝ち点を積み重ねることに意義がある。チームスポーツとしてはとても分かりやすい。
だが、もし勝ち点ではなく、得点王に最も意味があったらどうなるだろうか――。リーグ戦の一つ一つを勝つのと同時に、特定のエースストライカーに得点を取らせようと頑張るだろう。一人の得点王のためにみんなで頑張る。サイクルロードレースをサッカーで言い換えればそういうことになる。その分、チームの方針と個人の思いが合わない状況も出てくるので、レースは単純には進まない。複雑な人間模様が絡み合うのもロードレースの奥深さだ。
祭り開催の各賞をプレビュー
個人総合時間:2強は揺るぎないか?
今大会の個人総合時間賞で有力な選手たちは以下の通り。
ヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク/ユンボ・ヴィスマ)とタデイ・ポガチャル(スロベニア/UAE・チームエミレーツ)の頂上決戦という感じもするが、一人一人で走る「個人タイムトライアル」が少ない今大会は、チーム力と個の登坂力が大きなファクターになる。
前哨戦の「クリテリウム・ドゥ・ドーフィネ」はヴィンゲゴーが制し、2位にアダム・イェーツ(イギリス/UAE・チームエミレーツ)が入った。A.イェーツはツール・ド・フランスではポガチャルのアシストに回るため、総合上位争いに割って入るかは分からないが、総合3位だったベン・オコーナー(オーストラリア/AG2Rシトロエン)、同4位だったジャイ・ヒンドレー(オーストラリア/ボーラ・ハンスグローエ)は表彰台圏内の有力候補だ。
顔つきと年齢がようやく一致するようになってきたリチャル・カラパス(エクアドル/EFエデュケーション・イージーポスト)は今年、EFエデュケーション・イージーポストに移籍して総合上位を目指す。今年は目立った成績は出せていないが登坂力で十分に勝機をつかめそう。
そのカラパスが昨季まで所属していたのが、“銀河系軍団”ことイネオス・グレナディアーズ。メンバーは次の8人で、このうち◆印を打った選手は総合上位に入る実力があり、◇印を付けた選手は一週間前後のレースでは優勝争いができる力を持っている。
ただ、エガン・ベルナル(コロンビア/イネオス・グレナディアーズ)は大ケガから復帰したばかりでまだ本調子とは言えない。それに総合上位に入れる選手は他チームに比べても明らかに多いが、3週間レースの優勝候補となると、誰がそれを担えるのか、疑問符は付く。イネオスはもともとチーム内で競い合ってエースが決まってきただけに、今年は新しい局面に入っているのかもしれない。
そんな中で誰が総合優勝に輝くのか。私の予想は次の通り。
優勝予想したポガチャルに関しては後述する。ヒンドレーを2位としたのは、一発の登坂で他の総合系を後ろに回せる力に期待しているから。ポガチャルとヴィンゲゴーのワン・ツーフィニッシュとはいかないと見ている。
ポイント賞とスプリンター
個人総合時間賞の次に重視される賞がポイント賞だ。ツール・ド・フランスでは緑色の特別ジャージー、フランス語で「マイヨ・ヴェール」(緑色ジャージー)が贈られる。
ポイントは着順に対して加算されていくもので、毎日、中間スプリントポイントとゴール地点の2カ所の順位に応じて配分される。時間は全く関係がないため、個人総合時間賞とは違って日々前方でゴールする必要はない。狙ったステージで1位や2位になってポイントを積んでいければ良く、平坦のレイアウトを得意とする「スプリンター」と呼ばれる脚質の選手が獲得しやすい。
今大会の有力スプリンターは次の通り。
ワウト・ファンアールト(ベルギー/ユンボ・ヴィスマ)は2022年大会でポイント賞トップ、ヤスペル・フィリプセン(ベルギー/アルペシン・ドゥクーニンク)は2位だった。また、マーク・カヴェンディッシュ(イギリス/アスタナ・カザクスタン)はツール・ド・フランスでステージ通算34勝を成し遂げており=下のツイート=、往年の名ライダー、エディ・メルクス氏の記録に並んでいる。カヴェンディッシュはポイント賞よりもステージ優勝を重視しているが、現役引退も表明しており、今大会が記録更新の最後のチャンスだ。
この状況を踏まえて今大会のポイント賞トップは次の予想を立てた。
ラポルトは途中に山岳があるようなレイアウトや緩い登り坂のフィニッシュでも上位に入る実力があり、山岳が厳しいとされる今大会は彼に向いている。他のスプリンターも平坦コースで荒稼ぎしたいが、力のあるスプリンターが多く、勝利数を等しく分け合うような展開が考えられる。ポイントを伸ばすには、少し厳しいステージでも数字を積み上げられる力が必要だ。
山岳賞:結局は…
次の特別ジャージーは山岳賞だ。ツール・ド・フランスでは水玉模様を採用しており、フランス語で「マイヨ・ブラン・ア・ポワ・ルージュ」(白地に赤の水玉ジャージー)が贈られる。長いので、「マイヨ・ア・ポワ」(水玉ジャージー)と略すこともある。
山岳賞は登坂の頂上を通過した順位に応じてポイントが配分される。比較的体重が軽く、登坂力のある「クライマー」が獲得するはずの賞ながら、総合優勝争いをする選手たちの勝負どころも山岳コースのため、総合優勝する選手が山岳賞も持って行くという『2枚獲り』が起きやすい。実際に昨年はシモン・ゲシュケ(ドイツ/コフィディス)が途中までは山岳賞上位を独走したが、ヴィンゲゴーに逆転されている。
一応、クライマー脚質の選手たちを並べると次のようになる。
では、誰が獲得するだろうか。予想は次の通りとした。
山岳の厳しいコース設定だけに、今年もきっと総合優勝争いの選手たちの手に渡りそうだ。
ちなみに特別ジャージーにはスポンサーが付いており、山岳ジャージーは仏スーパーマーケット最大手のE.ルクレール(E.Leclerc/単にルクレールとも)が担っている。かつては同業2位のカルフールが山岳ジャージーのスポンサーをしていたほか、チームのスポンサーになっているユンボ(ジャンボ)、リドル、アンテルマルシェ(インターマルシェ)もスーパーマーケット。小売業界にとっては分かりやすいアイコンなのだろう。
ただ山岳ジャージーが総合1位の選手と重なった場合、2位の選手が繰り下げでジャージーを着て走ることになる。フランス国内で1位のルクレールにとって、2位が着るのを黙って見ていていいのだろうか。そろそろ心配になってくる。
ヤングライダー賞:選択の余地なし
特別ジャージーの最後は、25歳以下の選手が対象のヤングライダー賞。個人総合時間賞のうち25歳以下の選手だけをピックアップして上位を競う。特別ジャージーの色は白で、「マイヨ・ブラン」(白色ジャージー)と呼んでいる。
24歳のタデイ・ポガチャル(スロベニア/UAE・チームエミレーツ)、22歳のカルロス・ロドリゲス(スペイン/イネオス・グレナディアーズ)などが対象となるが、総合優勝をポガチャルと予想している以上、自動的に予想は決まる。
なお、ヤングライダー賞のスポンサーはメガネの小売りを中心とする視聴覚機器大手の仏クリスグループ。彼らももしかしたら「2位に着させるのは…」と思っているかもしれない。
その他の賞は次のように予想した。
で、ポガるのか?
本当に夏のポガチャル祭りの開催となるのだろうか。ポガるのか。ポガれるのか。ポガるそ? ポガるほ?(山口弁) ポガるんかっちゃ?(北九州方言)
仏レキップ紙は「Je n'ai rien à perdre」(失うものは何もない)との見出しを立てて「ヨナス・ヴィンゲゴーにあらゆるプレッシャーを掛ける」と煽り、ロイターはポガチャルの「自信」を世界に伝えた。世界は彼のみが知る(もしかしたら彼さえも知らない)大暴れを、期待と、疑心と、絶叫を上げる心の余裕をどこかに持って、今か今かと待ちわびている――。
ポガチャルは今年2月にシーズン初戦を迎え、レースカテゴリーの低いハエン・パライソ・インテリオール(レースクラス=1.1)で快勝すると、ブエルタ・ア・アンダルシア(2.Pro)を圧勝。トップカテゴリーレースのパリ~ニース(2.UWT)では8ステージで区間3勝を挙げる圧巻のレース運びで総合優勝に輝いた。
さらに4月はワンデーレースの頂点にあるとされるロンド・ファン・フラーンデレン(1.UWT)を制し、さらにアムステル・ゴールドレース(同)、ラ・フレーシュ・ワロンヌ(同)も優勝。ところが向かうところ敵なしで春を謳歌していたポガチャルだったが、4月23日のリエージュ・バストーニュ・リエージュ(同)で落車し、左舟状骨(手首)を骨折し、戦線離脱することとなった。
復帰の遅れが伝えられていたが、6月22日から開催されたスロベニア国内選手権でスタートラインに戻ってきた。登りレイアウトの個人タイムトライアル(15.7km)では2位に5分14秒差を付けて勝利し、ロードレースでもルカ・メズゲッツ(ジェイコ・アルウラー)、マテイ・モホリッチ(バーレーン・ヴィクトリアス)など実力者をくだして優勝している。
コンディションは戻っているように見えるが、ツール・ド・フランスは3週間の長丁場。ケガをしたことで、ポガチャルはアグレッシブな走りを少し抑え、ディフェンシブな戦いをするかもしれない。
ただ、昨年は積極性が裏目に出て鉄壁のユンボ・ヴィスマ勢に先行されてしまった。それを考えればヴィンゲゴーの出方を見ながら戦うほうが3週間を無難にこなせるはずだ。
唯一の不安はポガチャル本人ではなく、強力なアシストのアダム・イェーツ(イギリス/UAE・チームエミレーツ)の存在だ。立場としてはアシストながら、総合優勝候補となってもおかしくないトップライダー。ポガチャルは彼をアシストに使わなければならないが、ちょっとした野心が働けばパワーバランスは崩れてしまう。まずは最初の山岳ステージでA.イェーツに差を付け、立場を明確にしたい。
ヴィンゲゴーにとってはポガチャルが無理な走りに転じるような状況を作れれば、連覇は叶う。ユンボ・ヴィスマがチームの総力を挙げて攻撃に出るか、敵失を待つか。いずれにせよ彼らにとっての勝負どころは1週目でも2週目でもなく3週目になるだろう。今年のジロ・デ・イタリアがそうだったように、ツールも我慢が好機を呼ぶ戦いになる。
第1ステージプレビュー
ここからは各ステージの概要を予想していくが、第1ステージをさらっとは書けなかったので、まずは第1ステージだけを記し、別途、第2ステージ以降を展望したい。
第1ステージ
ビルバオ→ビルバオ
182km/丘陵/7月1日
優勝予想:マチュー・ファンデルプール(オランダ/アルペシン・ドゥクーニンク)
ツール・ド・フランスは今年、自転車好きの集まるバスク地方を出発地(グラン・デパール/Grand Départ)に選んだ。スペイン側のバスクがスタートに選ばれるのは1992年以来31年ぶり。1992年大会はミゲル・インデュライン(スペイン/レイノルズ、今のモビスター)が総合優勝を果たし、大会2連覇。インデュラインはさらに連勝記録を伸ばし続け、5連覇を成し遂げることになる。
初日のコースは上図に示した通り。起伏に富んだバスク地方を楽しむアップダウンの続くレイアウトとなった。
起終点のビルバオはネルビオン川とビスケー湾(ビスカヤ湾)が出合う場所にある工業都市。19世紀末から製鉄業で勃興し、製鉄、製紙、窯業などが盛んだ。観光では14世紀建立のサンチアゴ大聖堂、河口にあるゴンドラ可動のビスカヤ橋(世界遺産)、1997年に開館したグッゲンハイム美術館=写真=で知られる。三方を山に囲まれているが、市域人口は約35万人と多く、もしネルビオン川を“洞海湾”に例えれば、市の性格は北九州市の西部とよく似ている。
レースの流れをおさらい
レース初日はロードレースの“流れ”を確認するのにちょうどいい。選手たちはアスレティック・ビルバオ(サッカー ラ・リーガ)の本拠地「サン・マメス」に集い、出走のサインをする。そして何らかのセレモニーが行われたあと、テープカットを経て走り出す。
ただし、ここではまだレース本戦は始まっていない。パレードラン、仮スタートなどと言い、市街地での顔見せ、ウオーミングアップ、機材確認などの意味を持つ。モータースポーツのフォーメーションラップのようなものだ。
実際のスタート地点はビルバオの郊外。60分間隔で電車がやってくる郊外鉄道の踏切を過ぎ、ビルバオ空港の滑走路に近い場所で大会の総合ディレクター、クリスティアン・プリュドム氏が旗を振り、レースが本格的に始まる。
そのあとは(自然な流れで)様々な思惑を抱いた「逃げ集団」とエース選手とアシスト選手を多く含んだ「大集団」(プロトン、メーン集団)とに分かれて展開する。
逃げ集団の思惑
今日の「逃げ集団」は10~20人くらいの規模になりそうだ。思惑は様々と書いたが、逃げ集団に入る目標の一つは、今日の区間優勝を目指すこと。つまり最後まで大集団に捕まることなく逃げ切ってしまおうという大きな夢を描いている選手が数人はいる。
また、別の思惑として大きいのは特別ジャージーの一つ「山岳賞」を取るということだ。
特別ジャージーは何もパリまで行かないともらえないわけではない。今日を終えた時点で「個人総合時間賞」「ポイント賞」「山岳賞」「ヤングライダー賞」のどれかでトップに立っていれば、明日は特別ジャージーを着て走ることができる。
もちろん21ステージ後の表彰台は何よりの光栄だが、一日だけでも着られるなら、選手にとっても、チームにとっても、チームスポンサーにとっても嬉しいに違いない。そして初日に一番得やすい賞が山岳賞だ。今日は山岳ポイントが得られる登坂がいくつも出てくるため、ここをトップで通過していければ一日だけでもチームのみんなを笑顔にできる。
さらに別の思惑があるとすれば、大集団で走るよりも小さな逃げ集団のほうが走りやすいとか、逃げ集団に入ることで間接的に大集団内のエースを援護したいとか、そういうことが考えられる。このあたりは当日の放送でコメンタリーがいろいろな思惑を語ってくれるだろう。
ゆったり始まり、激しく終わる
レースはアップダウンを繰り返し、山岳賞を巡るバトルを繰り返しながら海沿いを走る。
ポイント賞に関係する中間スプリントポイントはゲルニカ・ルモ(残り98.3km)=写真=に引かれている。ネルビオン川河口の美しい湿地帯、そしてゲルニカ爆撃とパブロ・ピカソの絵画で知られる街だ。
河口域をぐるぐると回ったあとは、内陸部に方向転換。残り27.1キロ地点にある2級山岳ヴィヴェロは少し厳しく、メーン集団からも逃げ集団からも今日の優勝を目指して仕掛ける選手たちが出てくる。ここで一つ目の攻撃に出て、次の3級山岳パイク(残り9.4km)で二つ目の勝負を仕掛けるとちょうどいい。
総合時間から最大8秒を減算するボーナスも付くこの3級山岳は、登坂距離2km、平均勾配10%。後半の500メートルは15.6%と厳しく、道路標識も14%と表記されている。ここを駆け上がると残りはゴールまで9キロしかない。ここで先頭に出たわずかな選手たちが独走に近い形でビルバオに戻ってくるだろう。
登坂で突き放し、下り坂も快走し、なおかつ独走勝利ができる選手といえば、タデイ・ポガチャル(スロベニア/UAEチームエミレーツ)が筆頭候補。しかしケガ明けの彼がどこまで攻められるかは未知数だし、上述したようにディフェンシブに走るなら今日はおとなしくしているかもしれない。もしかしたら“テストのつもり”で勝負してしまうかもしれないが。
他の候補を挙げれば、素手で軋む自転車を押さえ音が鳴るようにガシガシと漕ぐマチュー・ファンデルプール(オランダ/アルペシン・ドゥクーニンク)、登坂力も独走力もある脚質不詳の超人ワウト・ファンアールト(ベルギー/ユンボ・ヴィスマ)、アップダウンのあるコースに強さを誇るジュリアン・アラフィリップ(フランス/スーダル・クイックステップ)、バイクコントロールでは他の追随を許さないトーマス・ピドコック(イギリス/イネオス・グレナディアーズ)など。
ポガチャルでないとすれば、最有力はファンデルプール。ちょっと登坂は彼には厳しく、登ったあとの距離も短すぎるが、チームはうまく3級山岳を立ち回って彼をアシストするだろう。ちろんベテランのジョン・デゲンコルプ(ドイツ/DSM)、グレッグ・ファンアーヴェルマート(ベルギー/AG2Rシトロエン)も忘れてはならないが。
そうやって第1ステージを優勝した選手は「個人総合時間賞」「ポイント賞」で今日時点でのトップに立ち、さっそくマイヨ・ジョーヌを着ることになる。