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【筋書きの表裏】ツール・ド・フランス2023 勝手にプレビュー【Vol.4】3週目プレビュー編

第16ステージ
パシ→コンブルー
22.4km/個人タイムトライアル/7月18日(火)
優勝予想:サイモン・イェーツ(イギリス/ジェイコ・アルウラー)

今年のジロ・デ・イタリアでは「とんでもない」という表現こそぴったりな山岳個人タイムトライアルが登場し、ゲラント・トーマスはプリモシュ・ログリッチにリーダージャージーを渡すことになった。それに比べれば容易いコース設定だが、やはり登坂を含むレイアウトが組まれた。

個人タイムトライアルは通常のロードレースとは異なる完全なる個人戦(もちろん先に走ったライダーのフィードバックを得られるなどチームとしての戦いはあるが)。総合優勝を目指す選手にとっては独走力という“個の力”も必要になる。これはある意味でサッカーのFWに言う“個の力”と似ていて、絶対的なパワーがあるほど試合を制しやすい。個人タイムトライアルが軽量のクライミングスペシャリストよりも、やや重さがあるオールラウンダーに有利なのはそのためだ。

しかし登坂を含むタイムトライアルの場合、軽い選手が背負うハンディーキャップは小さくなる。それに距離は22.4kmと短めなのも、クライマーには一安心できる材料だ。かつて軽量のナイロ・キンタナやロマン・バルデ(フランス/DSM/※14ステージでリタイア)が感じた絶望を、今年は追体験しなくてもよかった。3位を目指すならば。

レースは序盤から緩く登り、残り15.7km地点(スタートから6.5km地点)に第1計測地点、下りと平坦のセクターを経て残り6.2km地点(スタートから16km)で第2計測地点を迎える。ここからが登りとなり、連続して10パーセントの勾配区間が現れる登坂に取り掛かる。残り3.7km地点(スタートから18.5km)地点に第3計測地点が設けられ、ここからゴールまではやや登坂は穏やかになるが、引き続き上り基調でフィニッシュに至る。

ヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク/ユンボ・ヴィスマ)とタデイ・ポガチャル(スロベニア/UAEチームエミレーツ)が上位を競うのは間違いがない。残念ながらクライマーたちが暴れるには最後の区間が緩すぎるのだ。やはりオールラウンダーの頂上決戦に持ち込まれる。

クライマーたちは昨日の休息日に何を思っていただろうか。今大会で総合優勝を目指しているならば絶望を追体験し、総合3位を目指せばやる気は沸くかもしれない。個の力と機材の両面でタイムトライアル能力が上がっているサイモン・イェーツ(イギリス/ジェイコ・アルウラー)ならば、3位の夢を見て両手を挙げる瞬間は訪れてもいい。

なお第3計測地点に2級山岳ポイントが設定されており、第2から第3までの区間速度が最も速い選手にポイントが与えられる。

第17ステージ
サンジェルベ・モンブラン→クーシュベル
165.7km/山岳/7月19日(水)
優勝予想:アダム・イェーツ(イギリス/UAEチームエミレーツ)

今日はクイーンステージ(最難関ステージ)には違いない。だから何かが起きるのか。起きないのか――。そう考えて冷静になった時に、今年の3週目に忖度を見てしまわないだろうか。まるでブエルタの最終盤のような。

ツール・ド・フランスのあと例年であれば少なくない数のレーサーは、「クラシカ・サンセバスチャン」(ドノスティア・サンセバスティアン・クラシコア)を走る。つまり、今大会のスタート地点に戻り、ある意味でツール(一周)を達成するわけだが、今年はさらに規模の大きなワンデーレースがそのあとに控えている。そう。世界選手権がこれまでよりも1カ月半も早く、イギリスで行われるのだ。

それへの配慮だとは彼らは決して言わないにしても、3週目はかなり割り切ったデザインになった。つまり、勝負どころは今日の第17ステージと語るにしては緩い第20ステージしか残っていない。今日はメーンディッシュ。あとはデザートをどれだけおいしく食べるか。

第17ステージは最難関にふさわしく1級山岳セジー峠、1級山岳ロゼラン、2級山岳ロンジュフォアとアップダウンを繰り返し、超級山岳スデ峠に取り付く。スデ峠は残り6.6km地点にあり、少し下ったあと再び短い激坂を登ってゴールラインに至る。最初に大きな逃げ集団が発生して徐々にふるい落とされ、スデ峠で逃げ切り勝利を狙う者たち、総合表彰台を狙う者たちなど思惑の異なるライダーが渾然一体となって頂上を目指すだろう。

スデ峠は登坂距離28.1km、平均勾配6%というプロフィールながら、終盤の5キロは勾配が厳しく、瞬間的には24%の最大勾配に達する。峠は標高2304mの高地にあり、コロンビア人などに有利なレイアウト。ただ近年のコロンビア人ライダーの調子はそれほど良いものではなく、ツール3週目に勝負ができる選手はあまりいそうにない。それに勝負できる登坂がもう指折り数えられるくらいしか残っていないのだから(まだ第17ステージなのに!)、総合優勝、総合表彰台(3位以内)、10位以内などそれぞれの目標に挑む総合系ライダーたちが圧倒しそうだ。

おいしいデザートのために今日こそが勝負の時。どこから仕掛けるか。あるいは誰を逃げに乗せ、誰を集団に残すか――。決戦をロズ峠まで待てば最大で1分、手前から主導権を握れれば2分くらいの差は十分に付けられる。そして、総合系による大逃げも可能性はゼロではない。シェフの忖度の結果、あらゆる可能性が同時にテーブルの上に並んでしまった。この掟破りのフランス料理を食べずして、やはりツールは語れない。

なお、スデ峠は今大会の最高標高地点であり、最初に通過したライダーにはアンリ・デグランジュ特別賞が贈られる。

第18ステージ
ムーティエ→ブールカンブレス
184.9km/平坦/7月20日(木)
優勝予想:ヤスペル・フィリプセン(ベルギー/アルペシン・ドゥクーニンク)

今日は寝ても差し支えない。昨日までのバトルは日本の自転車ファンに取り返しがつかないレベルの睡眠不足をもたらした。だから、今日は寝よう。フルフラットと言ってもいいスプリントステージだ。1週間ぶりに足を鳴らせるスプリンターは今日を逃すわけにはいかない。逃げ切りの可能性はわずかにあるが、勝てていないスプリンターチームはチャンスを逃すまい。いかに昨日で疲れていようとも――。

終着地、ブールカンブレスの市街地で左への直角カーブがある。スーパーマーケット・リドルがある角は左折路(本来は右折路)が荒れていて狭い。このコーナーの通過が勝負の分かれ目になるが、はたしてリドル・トレックのマッズ・ピーダスン(デンマーク/リドル・トレック)は全てのリスクを回避できるだろうか。ゴール地はカルフールの前。ツールが再びカルフール(以前の山岳賞ジャージーのスポンサー)に食指を動かす前に、リドル勢は今日こそ笑いたいのだが。
この日、寝落ちなかったいくつかのファンはヤスペル・フィリプセン(ベルギー/アルペシン・ドゥクーニンク)との直接対決を目撃できる。

第19ステージ
モワラン・アンモンターニュ→ポリニー
172.8km/平坦/7月21日(金)
優勝予想:マグナス・コルト(デンマーク/EFエデュケーション・イージーポスト)

ジュラ山地の麓を走る今日は、緊張感に満ちている。コースプロフィールを冷静に見れば、終盤に3級山岳が設けられているが、そこからゴールまでは28kmの距離があり、多くのスプリンターは戻れる。つまり“普通に考えれば”今日も集団スプリントの可能性が高い。

ただ、逃げ切りの可能性も秘めたステージだ。総合表彰台の可能性を山に忘れてきたエースたち、ワンデーレースやスプリントを得意としながらまだ勝てていない区間優勝候補たち、それに「何かを持ち帰らなければ」と焦るチームの何人かが入り乱れ、白兵戦の様相を呈するかもしれない。緊張感の理由はそこにある。

もし大きな逃げ集団ができたなら、そこにはマグナス・コルト(デンマーク/EFエデュケーション・イージーポスト)、ジュリアン・アラフィリップ(フランス/スーダル・クイックステップ)、ルイ・コスタ(ポルトガル/アンテルマルシェ・サーカス・ワンティ)などの試合巧者が確実に入っている。

幸か不幸かバンチスプリント(集団スプリント)でエースを支えるべきマチュー・ファンデルプール(オランダ/アルペシン・ドゥクーニンク)、明日の山岳最終決戦のアシストとなるワウト・ファンアールト(ベルギー/ユンボ・ヴィスマ/※本稿執筆後DNS)は逃げには乗るまい。この決して心地よくはない緊張感の中で、逃げ屋たちが勝利を引き寄せられる日だ。集団を諦めさせるまでジュラ山地西麓の攻防が続く。

第20ステージ
ベルフォール→ル・マルクスタイン
133.5km/山岳/7月22日(土)
優勝予想:ジャイ・ヒンドレー(オーストラリア/ボーラ・ハンスグローエ)

一団は昨日までの平坦な地形に別れを告げ、ヴォージュ山地での最終決戦にやってきた。ゴールラインはル・マルクスタインの山岳リゾート。ただ当地の警戒標識がドライバーに促している注意は放牧の牛とパラグライダーだ。高原が提供するあらゆるメニューに今日は自転車が仲間入りする。

133.5kmという短いステージの中に、カテゴリーが付いた登坂だけでも6カ所が入っている。2級山岳バロン・ド・アルザス(残り109.5km)、2級山岳クロワ・ドゥ・モイナ峠(残り77km)、2級山岳グロス・ピエール峠(残り68.6km)、3級山岳シュルシュト峠(残り54.1km)、1級山岳プチ・バロン(残り25.3km)、1級山岳プラッツァーバーゼル峠(残り8.2km)という順だ。

ただし、コースプロフィールの通り“独立峰”となっているのは最初の2級山岳と1級山岳プチ・バロンのみ。レース中盤はカテゴリーが付いていない登坂を含んだアップダウンを続ける。明瞭な長距離の下り坂があるのは、最初の2級山岳、途中の3級山岳、終盤の1級山岳プチ・バロンを過ぎたあとの3カ所。いずれもテクニカルで高速という危険な坂道で、小さくない差が下りで付いても何ら不思議はない。

レースは最初の2級山岳とそのあとのスプリントポイント(残り96.3km)まではわちゃわちゃとした展開になる。

山岳賞に手を伸ばすライダー、スプリントポイントの点を稼ぎたいライダー、今日の逃げ切り勝利を狙うライダー、そして手ぶらで帰るわけにはいかないチームたちが先頭を陣取ってアタックを続ける。そして、自チームの(総合や山岳賞の)順位を脅かすライダーが入らないようマークする役も前方に入り、ますます混沌としてくる。

集団に「もう彼らを逃がそう」という諦めが出てくるのは、中盤の山塊に入ってからだろうか。動きが停滞する時こそ、人間を感じる瞬間だ。チームカーに乗っている数人の監督たちは絶望している。「良く頑張った。グッジョブ」と選手に声を掛ける一方で、手ぶらで終えるツールと来年の契約が天秤の上であっけなくバランスを崩しているのだから。

今日の勝負はもちろん登坂距離9.3km、平均勾配8.1%の1級山岳プチ・バロン(残り25.3km)、登坂距離7.1km、平均勾配8.4%の1級山岳プラッツァーバーゼル峠(残り8.2km)で決着が付く。逃げ切りが決まるステージだが、逃げ集団での最終的なアタックも、後方で起きる総合表彰台争いの駆け引きも、この二つの厳しい山で決する。

時機到来と言わんばかりの雌伏雄飛のヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク/ユンボ・ヴィスマ)、試練の時を迎えている夙成のタデイ・ポガチャル(スロベニア/UAE・チームエミレーツ)。そして彼らを主役から引きずり下ろそうとする者たち。2023年のツール・ド・フランスの全てが詰まった第20ステージは何一つ見逃せない。

第21ステージ
サンカンタン・アン・イブリーヌ→パリ・シャンゼリゼ
115.1km/平坦/7月23日(日)
優勝予想:ブライアン・コカール(フランス/コフィディス)

今年もパリ・シャンゼリゼ大通りの周回コースで23日間、全21ステージのレースが終わる。例年通りシャンゼリゼの周回に入るまではパレード区間で、選手たちは自転車に乗ったまま記念撮影をしたり、思い思いに歓談したりしている。

周回コースはあれだけの登坂をこなしてきた者にとっては容易いアップダウンと、あれだけの登坂をこなしてきた者にとっては酷に過ぎる石畳で構成される。最後にもう少しだけ疲れてほしいというのが、ツールのメッセージだ。

もっとも平坦基調には違いなく、集団スプリントで最後の区間優勝者が決まる。リタイアせずに残っているスプリンターにとって、シャンゼリゼでの勝利は格別。石畳の路面ゆえに重量級のスプリンターに有利ながら、テクニカルなカーブの先という特徴は軽量級のスプリンターやパンチャーにも可能性を残しており、エーススプリンターの全てが横並びでゴールに入ってくるだろう。

スプリンターが火花を散らした数秒後、優勝者は肩を組んでフィニッシュラインを横切る。肥沃の大地、歴戦の山を西から東へと横断した第110回ツール・ド・フランスは、西日を抱く大通りでフィナーレを迎える。

(了)

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