【序章の序章】ツール・ド・フランス2023 勝手にプレビュー【Vol.2】1週目プレビュー編
第2ステージ
ビトリア・ガスティス→サンセバスティアン
208.9km/丘陵/7月2日(日)
優勝予想:トーマス・ピドコック(イギリス/イネオス・グレナディアーズ)
大会初日もゴール直前に丘が出てきたが、今日は前日よりも長い。残り16.5km地点にある2級山岳ハイスキベルは登坂距離8.2km、平均勾配5.3%のプロフィールで、バスク地方の起伏を利用したワンデーレース、ドノスティア・サンセバスティアン・クラシコア(1.UWT、クラシカ・サンセバスティアン)の名物区間だ。
その大会で昨年はレムコ・エヴェネプール(ベルギー/スーダル・クイックステップ/※ツール今大会不出場)が独走勝利を挙げたが、仕掛けに使ったのがハイスキベル。右手に海を眺める快走路でほとんどのライダーを置き去りにし、食らいついたサイモン・イェーツ(イギリス/ジェイコ・アルウラー)も次の登坂で振り切った。
エヴェネプール自身はツール・ド・フランスは不出場ながら、このコースはエヴェネプールのような総合系の選手やアルデンヌ・クラシックを得意とする選手に向いているのが良く分かる。つまりハイスキベルの勝負を知るS.イェーツ、アルデンヌ・クラシックを圧倒するタデイ・ポガチャル(スロベニア/UAE・チームエミレーツ)は優勝の筆頭候補。さらに今年のストラーデ・ビアンケを制したトーマス・ピドコック(イギリス/イネオス・グレナディアーズ)にもチャンスはありそうだ。
風景は今日も目まぐるしく変わっていく。出立地ビトリアはバスク地方アラバ県の県都で、古くから商工業で栄えてきた。面影は旧市街に残り、それを取り巻く新しい街並みは自動車や家具を生産する工業やそれらの物流でにぎわっている。終盤のイルン(残り29.6km)はフランスとの国境に隣接した都市。旅客鉄道と貨物鉄道の大きなターミナルがあり、トーマス・クック時刻表の後継誌ヨーロピアン・レール・タイムテーブルの情報を信じるなら、フランス方面からの列車と接続してマドリードを目指す長距離列車が発車する。
今日のコースはイルンで反転し、そこから先がくだんの登坂。視聴者は天然の要害からビスケー湾を美しく眺め、ライダーたちの勝負は熱を帯びてくる。(画像=イルンとハイスキベル)
第3ステージ
アモレビエタ・エチャノ→バイヨンヌ
187.4km/平坦/7月3日(月)
優勝予想:ヤスペル・フィリプセン(ベルギー/アルペシン・ドゥクーニンク)
バスク地方3連戦のラストを飾るのは、スプリンターたちが暴れる平坦ステージとなった。アモレビエタ・エチャノを出発した一行は、前半戦こそ細かなアップダウンを繰り返すが、後半は厳しい勾配に見舞われることはない。昨日と一部同じコースを走りながら集団は東進し、残り60.1km地点のイルンでフランスに入る。フィニッシュラインはフランス側バスク地方の都市、バイヨンヌに引かれた。ビスケー湾から吹く風が穏やかであるほど、最後は大集団ゴールになりやすい。
ゴール地バイヨンヌは交通の要衝として発展してきた。古城、軍事基地もある。市の人口は4万人ほどだが、都市圏人口は20万人を超えている。
残り5キロでラウンドアバウトを180度ターンして市街地への道路に入る。ここをこなせれば、あとはスプリンターたちのバトルだ。早めに飛び出せばマッズ・ピーダスン(デンマーク/リドル・トレック)、最後までアシストたちのトレインが機能すればヤスペル・フィリプセン(ベルギー/アルペシン・ドゥクーニンク)が先行するだろう。カレブ・ユアン(オーストラリア/ロット・デスティニー)が輝くにはちょっとイージーすぎるレイアウトだ。
そして、一つだけ忘れてはならないことがある。ツール・ド・フランス(ツール・ド・中央総武緩行線?)が海を見るのは今日が最後。このあとのステージで出てくるボルドーはガロンヌ川の深い河口に面しているが広がっているのは海ではない。集団は残り42.7km地点にあるサン・ジャン・ド・リュズ=写真=で大洋に別れを告げる。
第4ステージ
ダクス→ノガロ
181.8km/平坦/7月4日(火)
優勝予想:マッズ・ピーダスン(デンマーク/リドル・トレック)
今日から集団は本格的に東へと進むようになる。ダクスをスタートし、残り88.2km地点で中間スプリントポイントがある自転車乗りの聖地「ノートルダム・デ・シクリスト」(Notre Dame des Cyclistes)を通過。その後、すぐにオクシタニー地域圏のジェール県に入る。このあたりはピレネー山脈から流れる河川の下刻作用によって、土地がひだのように波打っているのが特徴だ。もっとも川に沿って走る限りは極端なアップダウンはない。
フィニッシュは巡礼の街、ノガロ。ただ市街地にゴールするのではなく、街に隣接するノガロ・サーキットを半周ほど走り、バックストレートで勝負を決する。スプリンターがやり合うにはちょうどいい場所。重量級スプリンターがいくつもの列を作って飛び込んでくるだろう。
サーキットはフランス初の常設サーキットとして1960年に開場し、当地出身のレーサーだったポール・アルマニャックの名前を冠している。詳しく述べられているWikipediaのフランス語版によれば、F4やGTレースの舞台になることはあるようだが、最近はビッグレースに恵まれていないという。今回のツールは自治体にとっては名を広める絶好のチャンスとなりそうだ。またWikipediaはツール・ド・フランス1973年大会を制したルイス・オカーニャを記念する意味もあると付け加えている。73年大会は15ステージと16ステージで近郊を通過。エディ・メルクス不在だった大会でオカーニャは区間6勝と圧倒し、総合優勝に輝いた。
第5ステージ
ポー→ラランス
162.7km/山岳/7月5日(水)
優勝予想:タデイ・ポガチャル(スロベニア/UAE・チームエミレーツ)
今年最初の本格的な山岳コースが組まれた。集団がピレネー山脈に挑む日だ。超級山岳スデ峠(残り75.2km)は登坂距離15.2km、平均勾配7.2%で連続して10%が超える区間も出てくる。ツール・ド・フランスの山岳ポイントはレベルの低い順に4級、3級、2級、1級と続き、最も難易度が高いのが超級(HC、Hors(オー) Categorie)。非常に厳しい登坂だが、個人総合時間優勝を狙う選手たちが大きく遅れるとは考えにくい。
むしろ残り18.5km地点にある、少しだけカテゴリーが低い1級山岳のマリ・ブランク峠のほうがパンチ力はある。7.7kmの距離で約700メートルを直登する区間で、とりわけ終盤の3キロは平均勾配が12%に達する。逃げ集団はこのあたりで吸収され、最終的には総合系の選手たちが“集団で”ゴール地点のラランスに到着しそうだ。おそらく総合優勝争いをする選手たち同士では圧倒的な差は付かない。一つの組み合わせを除いては。
そう。今日のステージでタデイ・ポガチャル(スロベニア/UAE・チームエミレーツ)は一つのタスクを完遂しなければならないのだ。すなわちチームメートのアダム・イェーツ(イギリス/UAE・チームエミレーツ)よりも先着し、自分がリーダーであることを示すという作業。ヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク/ユンボ・ヴィスマ)に立ち向かう前に、まずは自分のチーム内でも立場をはっきりとさせる。それをやるべき彼にとって、今日はちょうどいい登坂距離と言えよう。
第6ステージ
タルブ→コトレ・カンバスク
144.9km/山岳/7月6日(木)
優勝予想:タデイ・ポガチャル(スロベニア/UAE・チームエミレーツ)
山でのバトルは今日、一つの正解を教えてくれる。誰が表彰台争いの権利を持っていないか。アスパン峠、トゥールマレー峠、コトレ・カンバスクの三つの登坂は夢を打ち砕くのには十分すぎる。
タルブを出発した集団は、開始から10km、残り134.9km地点で右に折れ、早速ピレネー山脈に正対するようになる。前衛ビゴール山を含む山塊が目に入ることだろう。あの山の奥に悪魔が潜んでいる。スプリンターたちはサランコランのスプリントポイント(残り95.7km)までは残れるかもしれないが、そこから先は遅れてでもゴールに着かなければならない。
1級山岳アスパン峠(残り76.8km)は登坂距離12km、平均勾配6.5%。そんなはずもないのに、他がゆえに「非常に」緩く、ここでの勝負は全く起きない。ただ次に訪れるトゥールマレー峠(残り47km)はそうはいかない。バールと教会がぎゅっと集まったペルイットの街から登坂距離17.1km、平均勾配7.3%、後半は連続して9%超という坂道が始まる。ほぼ直登と言っていいこの登坂は、下手をしたら3分、下手をしなくても1分くらいは遅れる“優勝候補だった選手たち”が出てくる。
はげ山のトゥールマレーを超えても、もうひとつの山が待っている。コトレ・カンバスク(ゴール地)だ。登坂距離15.9km、平均勾配5.4%というプロフィールだが、残り5.2km地点でコトレの街を離れ、山岳道路に入ると様相は一変する。特にゴールの4キロ手前からは激坂区間に変化し、2.5キロにわたって九十九折りの道が続く。仮にトゥールマレーの下り坂で“優勝候補だった選手たち”が追いついたとしても、すでに過去の人となった者たちが勝負できるはずもなく、真の優勝候補たちだけが先頭に残るだろう。
トゥールマレーを越えてもなお髪の毛が出ていれば、彼が再び笑顔を見せる可能性は高い。
近年のツールではコトレ市街よりも先に行ったことはないが、2003年のブエルタ・ア・エスパーニャ第7ステージではクライマーだったミカエル・ラスムッセン(スペイン/ラボバンク=現ユンボ・ヴィスマ)が制した。なお、途中のトゥールマレー峠はジャーナリストやツール・ド・フランスのディレクターとして大会発展に貢献したジャック・ゴデットの特別賞が設けられている。
第7ステージ
モン・ド・マルサン→ボルドー
169.9km/平坦/7月7日(金)
優勝予想:ディラン・フルーネウェーヘン(オランダ/ジェイコ・アルウラー)
フランスを横切る今年のツール・ド・フランス(中央総武緩行線)ながら、今日は縦に進む。モン・ド・マルサンを北上して、ボルドーに至るというレイアウトだ。マツの人工林と自然林が混じるガスコーニュ自然公園の東縁を走り、集団は原則としてゆったりとボルドーを目指す。
ガロンヌ川右岸からボルドー市街地に入り、サン・ジャン橋で左岸に移るが、橋梁の前後は鋭角のカーブがある。この位置取り争いで勝負の大半は決するかもしれない。したがって、集団がここを目指す時はかなりの高速。エーススプリンターを温存したまま鬼門を越えられるチームのみに勝利の女神はほほえむだろう。
それ以外の敵は風だ。横風が吹けば、集団はあっさりと分裂する。残り120.2kmのロスの街から、グリニョル(残り81.9km)に引かれている中間スプリントポイントを過ぎ、ガロンヌ川に出合うランゴン(残り56.4km)までの区間は気が抜けない。横風職人たちは昨夜、寝る間を惜しんで天気予報と地図を眺めているかもしれない。
第8ステージ
リブルヌ→リモージュ
200.7km/丘陵/7月8日(土)
優勝予想:マーク・カヴェンディッシュ(イギリス/アスタナ・カザクスタン)
終盤に4級カテゴリーの山岳が2カ所出てくるが、取るに足らない。登坂距離1.5キロ弱、平均勾配約5パーセント。スプリンターをふるい落とすほどの勾配ではなく、むしろ山の疲れがすっかり癒えている彼らにとってはちょうどいいギアチェンジの場だろう。多少はプロトンの後ろに下がってしまうかもしれないが。
気になるのはシャロルー(残り14.5km)という小さな街にある不可解で小さなクランク。直進すれば道は狭くはなるが、それほど危険とは言えない。しかしツールはわざわざ住宅街の道を選んだ。主要道から離れて左に折れ、すぐに右折。そしてすぐにまた右折して、ラウンドアバウトを左へ。ここばかりは慎重に進みたい。
翻って、ちょっとした困難の先に行き着くリモージュの街は平穏だ。荒れた展開のあとの平穏は誰に向いているのか。35勝目を目指す彼ならば、いくらチームに恵まれていなくても、勝機を引き寄せられるだろう。ビニヤム・ギルマイ(エリトリア/アンテルマルシェ・サーカス・ワンティ)、マチュー・ファンデルプール(オランダ/アルペシン・ドゥクーニンク)、それにペテル・サガン(スロバキア/トタルエネルジー)も候補に挙がるステージだ。
第9ステージ
サンレオナール・ド・ノブラ→ピュイ・ド・ドーム
182.4km/山岳/7月9日(日)
優勝予想:ティボー・ピノ(フランス/グルパマ・エフデジ)
ツールはしばらくフランス中部の大都市クレルモンフェランを行き来することになる。今日は当地近郊の火山ピュイ・ド・ドームの山頂を目指すステージだ。昨日の終着地に近いサンレオナール・ド・ノブラをスタートし、標高700メートル前後の国立ミルヴァッシュ・アン・リムザン自然公園を横断。中間スプリントポイント(残り152km)はヴァシヴィエール湖の湖畔に引かれた。
集団は残り31キロ付近から一気に標高450メートルのクレルモンフェランまで下り、最後は一転して急登坂に挑む。勝負が始まるのはここから。山岳鉄道と並走するピュイ・ド・ドーム(画像)の登坂は登坂距離13.3km、平均勾配7.7%。それが登坂全体のプロフィールだ。
しかし細かく見れば三つのパートに分けることができる。残り13.3kmから残り8.2kmの前半区間は平均勾配約7.5パーセントの斜面。その後残り4.8km地点までの中間部は平均勾配約3パーセントほどと緩い。ここには路線バスと山岳鉄道との乗換地点があり、あとは鉄道で登るか、己の足を試すかのどちらか。最後の区間の平均勾配は約12パーセントに達する激坂だ。
間違いなく、間違いなく総合系の争いは起きる。だが、総合優勝候補が区間優勝まで成し遂げるかどうかはまた別の話。レイアウトは逃げ切りに向いている。誰かがかっ飛んでこない限りにおいて、先行する小集団は“誰か”に捕まることなく、火山を極められるだろう。
休息日
(7月10日/クレルモンフェラン)
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