新聞が生き残るには。「パッケージ」の価値を考える
生き残りの道は茨の道だ。
公正取引委員会は今年9月21日に示した報告書で、ポータルサイトの一部の行為が報道機関に対する優越的地位の乱用にあたる可能性を指摘。特にポータルサイトに掲載する記事の対価(許諾料)設定や掲載方法をめぐって、公取委は透明性を求めた。
ポータルサイトの存在感が高まってきているのと同時に、新聞が読まれなくなってきているのは間違いがなく、ポータルサイトと報道機関の駆け引きは今に始まった事ではない。しかし、新聞社に残された時間はもはや短く、許諾料の改定を待っているだけでは各紙とも倒れてしまう。座して死を待ってはならず、余力を投じて最後の攻めに転じてほしいと思う。
新聞や通信社、雑誌社は政治、経済、社会に深く切り込む取材力に優れ、多くの政治スキャンダルを暴いたり、社会の暗部に光を当ててきた。それらは存在意義に等しいが、伝え方にも価値があると話す識者もいる。
「新聞やテレビは知りたいと思っていなかった知るべき情報もパッケージで伝えてきた。そこに価値があり、ネット上でもそれを再現するプラットフォームを自前で作るのが理想だ」(武田徹・専修大教授、毎日新聞2023年9月22日朝刊)
知るべき情報をパッケージで伝えるというのは、まさに新聞やニュース番組の得意とするところだろう。読者にニュースサイトよりも多くの話題を俯瞰させ、編集段階でのニュースバリューも知らしめる。いくつものスクープは紙面の中に紛れ込むことで、世間の耳目に触れた。
ただ、それらの機能を内包したサービスを自前で作るのは決して容易ではない。2008年に日本経済新聞、読売新聞、朝日新聞の3紙が合同で「新s」(あらたにす)というサイトを設けて読み比べを促したが、サービスとしては定着できず4年後に消滅した。先進的な取り組みだったと思うが、すでにポータルサイトの発信力が高まっていた時期であり、抗うには遅すぎたほか、同業同士の連合体は運営が難しく盛り上がりに欠けた。おそらく今もう一度同じサイトを拵えても、同じ結果に終わるだろう。
新聞、週刊誌も含めて報道機関は必要なものである。政治や社会に対する眼があることは、自由で開かれた世界であるために欠かすことはできない。しかし、生き残るには選択肢は限られている。直接の収入源たる紙媒体の購読者は大きく減り、掲載される広告も減衰している。新聞を読まない人たちは現役世代のかなりの部分に及び、その子どもたちは当然、新聞という文化に触れる機会がなくなってきた。さらに危機感を覚えるのはテレビまで衰退基調にあることだ。テレビに関しては視聴者のテレビ離れも起きているが、ニュース番組の質の低下も否めない。
活字媒体と放送媒体で事情はやや異なるとはいえ、報道に関心が行かなくなるのは問題だ。
私とて新聞は紙では読まず、iPadのアプリで購読している。紙面リーダーアプリは全体を俯瞰でき、記事を拡大して読んだり、スクリーンショットやアプリ側の機能を使ってスクラップできる。パッケージでニュースを知るという意味では重宝している。拡大して自分の好きな文字の大きさにして読めるというのは、高齢者にもやさしいと思う。
新聞が生き残る道の一つは、実はそこではないかと思っている。各紙は自社のニュースサイトを開設したり、ニュースを読むことに特化したアプリを用意したりしている。しかし、最新のニュースを読むという意味では、ニュースを主要コンテンツに掲げ、多大な開発費を投入して改良を行なっているポータルサイトやニュース特化アプリに、新聞社のアプリが勝てる可能性は低い。すでに勝負はついていると言っても良かろう。
逆にポータルサイトが新聞的な紙面を作れるかといえば、決して簡単ではない。餅は餅屋。今の新聞社はニュースがパッケージ化された新聞紙面をどう提供するかという部分に注力してもいいのではないか。
収入に直結する部分では、紙面ビューワーアプリを改良したり、プリインストールされたスマートフォンやタブレットを協業で提供したりするということも考えられる。週刊誌やマンガを並べるリーダーアプリも掲載のターゲットになる。もちろん紙の新聞そのものを販売を維持するための方法も考えなければならないし、ポータルサイトやニュースサイトの掲載許諾料金の見直しも喫緊の課題だ。
未来の読者を育てるために、子どもたちが新聞を読む機会を設けたり、親世代の新聞回帰を促すような仕掛けをすることも大事になる。さらに、上述のようにタブレット端末は視力が落ちてきた高齢者にも便利で(実際に父にiPadのリーダーアプリを見せると拡大できることに驚いていた)、新聞を読んできたが文字の読みにくさから新聞離れを起こしている高齢者層にも働きかけていくという施策も意味がある。
今や誰もがスマートフォンやタブレットを手に取り、その手の中で情報を眺める時代となった。情報媒体で絶頂期にあるのはポータルサイト、ニュース配信アプリ、ソーシャルメディアなどだが、幸か不幸か一部のソーシャルメディアは自壊しつつあり、ポータルサイトには世界的に当局から厳しい目が向けられている。だからといって「それならば直接、新聞を読もう」となるとは限らないが、新聞社が最後の攻めに出ていける時期が実は到来しているのかもしれない。