ベルナルは勝てるのか? ツール・ド・フランス2020 勝手にプレビュー
今年5月。私はツール・ド・フランスが開催されたなら、従来は出場しない予定としていたロマン・バルデ(アージェードゥゼール)が勝つのではないかと予想した。それほどクライマー向きのコース設定だったからだ。そして実際に東京五輪を目標としていたバルデは今年、ツール出場に予定を変更。これでバルデ(とディボー・ピノ)の優勝争いという可能性も出てきた――。
ところがそう上手くはいかない。バルデは来季のサンウェブへの移籍を発表し、今ツールでは総合争いには関わらないというコメントも出したという。
もちろん最初の1週間でバルデが上位に生き残れば、総合上位を狙えるリーダーとしてチームはバルデをアシストするだろうが、現実的な選択肢は山岳賞争い。いきなりの山岳バトルが組まれるオープニングウィークで失速すれば、なおさら彼は総合争いのリストから簡単に落ちてしまう。私の当初予想も当たることはあるまい。
最強軍団、イネオスの隙
現実を見て優勝予想をするとき、各チームがどういうメンバー選考をしようとも、表彰台に最も近い場所にいるのはチーム・イネオス(ツール・ド・フランスはチーム名を「イネオス・グレナディアズ」として参加する)の『誰か』だ。
しかし、前哨戦のクリテリウム・デュ・ドーフィネではチームとして総崩れした。ディフェンディング・チャンピオンのエガン・ベルナルは背中の痛みで最後までは走らず、パヴェル・シヴァコフは落車した。
ベテランもドーフィネでは調子の悪さが露呈し、ツールからは外された。すわなち、クリストファー・フルームは昨年の大ケガからの回復が十分ではなく、ゲラント・トーマスも早々にベルナルのアシストを辞めた。今年は前哨戦がこの大会しかなく、脚を隠すような余裕はなかったはずで、イネオスのチームとしての不調は間違いがない。
ただ、ベルナルとシヴァコフは大事には至っておらず、ドーフィネでの走りそのものにはそれなりの手応えがあるだろう。アシストの川崎さんことミハウ・クフィアトコフスキーは仕上がりが順調だ。
表彰台前後の争いができる個の戦力は整っている。が、頂点には立てるだろうか。この2年間、イネオスは真のエースが勝てず、セカンドエースがポディウムの最上段に立った。エースが崩れてもチームとして動けていたのは間違いないが、運もあれば、ベテランの存在の大きさもあった。それに、何よりニコラ・ポルタル監督(スポーツダイレクター)が選手の隣にいた。
デイヴィッド・ブレイルスフォードGMの戦略を戦術に変換し、選手に落とし込むという点で、ポルタル監督は若いながらも有能だった。しかし今年3月、わずか40歳の若さで心臓発作のために死去。イネオスにとって計り知れない損失となった。
今年、イネオスのラインナップにはチームを掌握できるだけの選手がいないし、チームカーにはポルタル監督もいない。エースを任されるベルナルも、セカンドエースのシヴァコフもリーダーになるべき選手だが、チームを束ね、ましてやプロトン(大集団)をコントロールするには若すぎる。厳しい結果――それでも他チームがうらやむ上位争いをするだろう――を受け入れる覚悟はいる。
イネオス・グレナディアズのスタートリスト
1 BERNAL Egan
2 AMADOR Andrey
3 CARAPAZ Richard
4 CASTROVIEJO Jonathan
5 KWIATKOWSKI Michał
6 ROWE Luke
7 SIVAKOV Pavel
8 VAN BAARLE Dylan
ユンボはアシストも豪華。ログリッチが最有力
巷間で優勝候補最有力とされているのがスロベニア人ライダーのプリモシュ・ログリッチだ。スキーのジャンプ競技出身という異色の経歴を持ち、表彰台でのテレマークポーズが定番のネタとなっている。若そうに見えるが、実は30歳。昨年のブエルタ・ア・エスパーニャで総合優勝するなど、選手としての円熟期に差し掛かっている。
彼を擁するユンボ・ヴィスマはアシスト態勢も充実している。2017年のジロ・デ・イタリアで総合優勝したトム・デュムラン、前哨戦のクリテリウム・デュ・ドーフィネで活躍したセップ・クスなどは山岳のアシストとして申し分ない。ワウト・ファンアールトは昨年のツールで負った大ケガから完全復活。タイムトライアルスペシャリストのトニー・マルティンも擁する。平地や丘陵のステージでは彼らが力となる。
ユンボ・ヴィスマのスタートリスト
11 ROGLIČ Primož
12 BENNETT George
13 JANSEN Amund Grøndahl
14 DUMOULIN Tom
15 GESINK Robert
16 KUSS Sepp
17 MARTIN Tony
18 VAN AERT Wout
唯一にして最大の心配事は、ログリッチのケガだ。ドーフィネで落車し、左半身を中心に擦過傷を負った。走れる状態ではあるが、最序盤はディフェンシブな戦いをせざるを得ない。
オランダを本拠とするユンボ・ヴィスマは、スポンサーこそ一定しないが、かつては「ラボバンク」というチーム名で活動し、ワンデーレースや短いステージレースを中心に勝利を重ねてきた。ユンボ(ジャンボと呼ぶ場合も多い)がスポンサーに付いた2015年以降は偏りのない戦力編成を行い、国際化が推む。
今年のチームに占めるオランダ人は半数程度で、ツールメンバーに限れば、デュムランとロバート・ヘーシンク以外は国外選手ばかりが名を連ねる。クスはアメリカ人、ジョージ・ベネットはニュージーランド人だ。国際色豊かな布陣の能力は高い。ログリッチに万が一の事態が起きたとしても、デュムランやクスで上位を狙える層の厚さには驚くばかりだ。
ただ、やはり中心となるのはログリッチ。本当の勝負が懸かる2週目以降に本領発揮となるか。チームがどうであるかや、周りのチームがどう動いてくるかに関係なく、優勝の可否は全くもってログリッチ次第だ。
若手も、ベテランも。エースは様々
ベルナルやログリッチに挑戦する他の総合系選手の中で、最も挑戦者として有力なのがUAEチームエミレーツのタデイ・ポガチャルだ。
ポガチャルはログリッチと同じスロベニア出身の21歳。昨年のツアー・オブ・カリフォルニアで総合優勝し、今年のUAEツアーでも第5ステージ(コロナウイルス関連の影響で最終ステージとなった)でベテランの総合系を置き去りにしてステージ勝利を飾った。チームのセカンドエースは実力者のファビオ・アル。彼らを今年のドーフィネで山岳賞を取ったダヴィド・デラクルスが支える。アシストの枚数こそ最有力2チームには及ばないが、十分に戦える顔ぶれを揃えて、ツールに臨む。
ボーラ・ハンスグローエはエマニュエル・ブッフマンとマキシミリアン・シャフマンの2人の有力選手を抱える。このチームはペーター・サガンのポイント賞獲得が最優先目標のため、総合争いにはアシストを割けないが、サガンの調子次第では総合狙いにシフトする可能性もある。もっともポイント賞狙いから総合狙いに変更するという例は過去に見たことがないが…。
EFプロサイクリングはリゴベルト・ウラン、バーレーン・マクラーレンはミケル・ランダ、ミッチェルトン・スコットはアダム・イェーツ(※本稿初出時、サイモン・イェーツとしていたが訂正)を総合争いのリーダーに据える。グルパマ・エフデジのフランス人クライマー、ティボー・ピノは「自分向きのツール」という発言をしているが、まさに彼向きのレイアウトではある。あとはプレッシャーをどう跳ね返すか。
フランス人といえば昨年はドゥクーニンク・クイックステップのジュリアン・アラフィリップが終盤までマイヨジョーヌをキープし、最終成績も5位と健闘した。ただ、本来の狙いはステージ勝利と山岳賞。今年の総合上位争いは考えにくい。
トレック・セガフレードはリッチー・ポートがエース。アシストも実力のあるライダーが多く、何とか3週間を上位で戦い抜きたい。コフィディスはフランス人のギョーム・マルタンが総合のリーダーながら、逃げ職人のニコラ・エデ、スプリンターのエリア・ヴィヴィアーニを抱えているため、一人で戦う場面は増えそう。
モビスターチームはアレハンドロ・バルベルデとエンリク・マスが総合狙いの中心になりそうだが、このチームがポジティブな話題で注目を浴びられるだろうか。アスタナ・プロチームはコロンビア人のミゲル・アンヘル・ロペスがリーダー。ゴルカ・イザギレ、ヨン・イザギレ、ルイス・レオン・サンチェスとアシストも豪華で、死角はない。
ワイルドカードで出場するアルケア・サムシックはナイロ・キンタナが総合を狙う。しかし、キンタナはコロンビアでの練習中に負傷したため、状況によってはワレン・バルギルの出番もあるだろう。アシストの戦力に不足はなく、全22チーム中3枠しかないセカンドレベルのチーム(UCIプロチーム)から総合表彰台に選手が輩出されても何らおかしくはない。
グリーンジャージーはサガンで決まり!?
ポイント賞争いはもちろんボーラ・ハンスグローエのペーター・サガンが有力とされている。ユンボ・ヴィスマのファンアールトは総合のアシストをするため、ここには絡まない。
対抗馬としては、ロット・スーダルの「ポケットロケット」ことカレブ・ユアンの名前を挙げねばならない。登れるスプリンターのジョン・デゲンコルブがアシストし、ユアンを発射させるという贅沢なラインナップだ。勝利を量産し、結果としてグリーンジャージーに袖を通している可能性は「大」だ。
山岳賞は、総合争いをしないクライマーやオールラウンダーにチャンスがある。つまり、ドゥクーニンク・クイックステップのジュリアン・アラフィリップとアージェードゥゼールのロマン・バルデのいずれかに水玉ジャージーが渡るはずだ。
予想表彰台!
総合優勝(マイヨ・ジョーヌ、黄)
プリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)
ポイント賞(マイヨ・ベール、緑)
カレブ・ユアン(ロット・スーダル)
山岳賞(マイヨ・ブラン・ア・ポワ・ルージュ、赤水玉)
ロマン・バルデ(アージェードゥゼール)
ヤングライダー賞(マイヨ・ブラン、白)
タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)
今年も「ひどい」ステージだらけ
次に、ステージ勝利者を簡単に予想していこう。
ここでは以下のとおり、日付、距離、勝者予想、見どころを順に綴っていく。
第1ステージ
8月29日/ニース→ニース(周回)
平坦 156km
[勝者予想]カレブ・ユアン(ロット・スーダル)
[見どころ]後背に山が迫るニースの周回コース。平坦とはいえ、「ど平坦」であるはずもなく多少の登りをこなす必要がある。序盤は3級山岳のリミエ丘陵での山岳ジャージー獲得を目指した逃げが起き、総合争いに絡まないチームやセカンドカテゴリー(UCIプロチーム)のチームが選手を送り出す。レーススピードを抑えたいチームも戦略的に逃げに参戦するかもしれない。しかし展開に番狂わせは起きない。残り20キロほどでロットやボーラが逃げを料理し、スプリントに持ち込む。
第2ステージ
8月30日/ニース→ニース(周回)
上級山岳 186km
[勝者予想]ジュリアン・アラフィリップ(ドゥクーニンク・クイックステップ)
[見どころ]2日目にして主催者は山岳ステージを組んだ。終盤はコロナのために打ち切られた春のステージレース「パリ~ニース」の忘れ物を取りに行くようなルート。おそらく例年の「パリ~ニース」最終日と同じような展開になる。つまり、スプリンターが絡まない小集団スプリントだ。アラフィリップとアレハンドロ・バルベルデ(モビスター)は最後まで残れるだろう。ワンデーレースのような内容だけに、フィリップ・ジルベール(ロット・スーダル)も残っていたいが。
第3ステージ
8月31日/ニース→シストロン
平坦 198km
[勝者予想]ジャコモ・ニッツォーロ(NTTプロサイクリング)
[見どころ]標高24メートルのニースをスタートし、1148メートルのレック峠まで100キロを掛けてだらだらと登り、そして100キロを使って488メートルのシストロンにゴールする。地味にきついステージだ。ただ、この日をスプリンターは逃すまい。ニッツォーロが最有力。エリア・ヴィヴィアーニ(コフィディス)はリードアウトが決まれば可能性は出てくる。
第4ステージ
9月1日/シストロン→オルシエール・メルレット
中級山岳 160.5km
[勝者予想]アレハンドロ・バルベルデ(モビスターチーム)
[見どころ]9月に入ってのツール・ド・フランス。その初日は1級山岳「オルシエール・メルレット」にゴールする。ステージの最後にある1級山岳は、何回ものつづら折りでリズムを狂わされるとはいえピュアクライマーには緩すぎる。総合優勝争いに関わるレーサーたちにとって動くべき山ではない。むしろ、パリまでは着続けられないが、一度はイエロージャージーに袖を通しておきたい選手にとって向いているだろう。昨年のジュリアン・アラフィリップのようなドリームを追いかけて…。もっとも、何をするか分からない選手が飛び出す可能性もある。例えば、40歳のバルベルデには勝負を懸けやすい登坂だ。
第5ステージ
9月2日/ギャップ→プリヴァ
平坦 183km
[勝者予想]ペーター・サガン(ボーラ・ハンスグローエ)
[見どころ]後半に二つの4級山岳が用意されているが、このくらいで脱落するようなスプリンターはツールにはいない。ただし、ゴールも上り坂の先にある。ちょっとした登りだが、春先のワンデーレースで表彰台に立ち続けられるくらいの実力がなければ、こなせない。プロトン(集団)の中で一番に資格があるのはサガンだ。ワウト・ファンアールト(ユンボ・ヴィスマ)も候補に挙げられるが、チームの自由が許されなければ難しい。ユンボ・ヴィスマは総合の有力選手を抱えているだけに、彼が狙うのは簡単ではない。
第6ステージ
9月3日/ル・テイユ→モンテグアル
中級山岳 191km
[勝者予想]ニコラ・エデ(コフィディス)
[見どころ]残り13.5キロ地点にある1級山岳「ラ・リュゼット峠」は緑の美しい山を登っていく。一部に勾配10パーセント超の区間があり、この山岳を登り切った先にゴールがあるならクライマーたちの目の色が変わるはずだ。だが、ゴールはさらに先。5キロほど下り、8キロを掛けてゆるやかに登ってゴールする。1級山岳での仕掛けが成功しても独走力が必要。予想もしないような勝者が出てくる可能性さえある。
第7ステージ
9月4日/ミヨー→ラヴォール
平坦 168km
[勝者予想]カレブ・ユアン(ロット・スーダル)
[見どころ]最後の50キロは吹きさらしの平坦。横風が吹けば、集団が分断し、軽量の選手たちは遅れていくだろう。ただし、横風が吹けばの話。そうでもなければ、少人数の逃げを最終局面で大集団が飲み込み、スプリンターたちが脚を競い合うステージになる。退屈なステージになるかどうかは、風のみぞ知る。
第8ステージ
9月5日/カゼール・シュル・ガロンヌ→ルーダンヴィエル
上級山岳 141km
[勝者予想]ロマン・バルデ(アージェードゥゼール)
[見どころ]今大会初の超級山岳が登場する141キロのショートステージ。レースは超級山岳「ポール・ド・バレス」を越え、1級山岳「ペイルスルド峠」を越えると、一気に下ってゴールする。前方ではステージ優勝争いが展開され、後方では総合優勝を狙う選手たちが牽制し合う。ステージを飾るのは登坂力があり、下りでもミスを冒さないライダーに限られる。美しい人工湖のほとりに先着するライダーとしてはバルデが有力。スペインの国内選手権を制したルイス・レオン・サンチェス(アスタナプロチーム)もチェックしておきたい。
第9ステージ
9月6日/ポー→ラランス
上級山岳 153km
[勝者予想]プリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)
[見どころ]下ってからのゴールという点は前日と同じ。残り18キロ地点にある1級山岳「マリー・ブランク峠」は距離7.7キロ、平均勾配8.6パーセントというプロフィールだが、後半は10パーセント前後の急勾配だ。しかし、ゴールはそこではない。やはり下りをこなしてからのフィニッシュ。総合争いをする選手たちはこの日もまとまってゴールに向かうことになる。もっとも、ゴール前100メートルで飛び出す選手はいるはず。ピレネーの高峰が見えたなら、彼は自分の出番と思うだろう。2018年の第19ステージでログリッチはゲラント・トーマスも、ロマン・バルデも置き去りにして、ラランスで両手を突き上げた。
(9月7日:休養日)
第10ステージ
9月8日/イル・ドレロン→イル・ド・レ
平坦 168.5km
[勝者予想]ニコラ・ボニファツィオ(ディレクトエネルジー)
[見どころ]フランス語で「イル」(île)は島のこと。すなわちドレロン島をスタートし、レ島にゴールするステージというわけだ。海沿いを駆け抜けるステージで不安なのは横風と、横風への警戒から生まれる集団落車。順当なスプリントステージになり、スプリンターが勝つのは間違いないが、後ろで総合系の選手たちが無事であろうか。支配者なきプロトンは混沌としたままゴールにたどり着くのかもしれない。
第11ステージ
9月9日/シャトライオン・プラージュ→ポワティエ
平坦 167.5km
[勝者予想]カレブ・ユアン(ロット・スーダル)
[見どころ]海から離れて内陸へと向かう平坦ステージだ。何ら癖はなく、何ら語ることもないが、落とし穴はポワティエの街に入ってから連続する交差点たち。90度のカーブで、せっかくのトレインは崩壊するかもしれない。一人でさばけるライダーにこそ有利だ。ペーター・サガン(ボーラ・ハンスグローエ)が沈んだとき、上がってくるのはユアン以外に考えられない。
第12ステージ
9月10日/ショーヴィニー→サラン・コレーズ
中級山岳 218km
[勝者予想]グレッグ・ファンアーヴェルマート(CCCチーム)
[見どころ]200キロ超のコースの中に、4つのこぶのような山岳が挟み込まれている。ワンデーレースにありがちなレイアウトで、逃げ切りが容認されやすい。しかし、コロナ禍で多くのレースが消えた今年は、一つでも多くの勝利を手にしたいワンデースペシャリストたちが黙っているだろうか。逃げ切りといえばトーマス・デヘント(ロット・スーダル)だが、はたして。
第13ステージ
9月11日/シャテル・ギュイヨン→ピュイ・マリー・カンタル
上級山岳 191.5km
[勝者予想]エガン・ベルナル(イネオス・グレナディアズ)
[見どころ]フランス中南部の中央山塊を舞台にする、険しい山岳ステージが組まれた。ピュイ・マリーのゴールは木々のない高原地帯。クライマーたちの優劣を決する場としてはふさわしい。ケガから回復していればナイロ・キンタナ(アルケア・サムシック)、3週間というレースに順応できていればタデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)にもチャンスはある。
第14ステージ
9月12日/クレルモンフェラン→リヨン
平坦 194km
[勝者予想]ジュリアン・アラフィリップ(ドゥクーニンク・クイックステップ)
[見どころ]この日のフィニッシュ地点、リヨンの街に入ってから二つの4級山岳が設定されている。とりわけゴールに近い4級山岳「ラ・クロワ・ルス」は見通しの利かないつづら折り。ピュアスプリンターを出し抜くにはここしかない。アラフィリップは8月23日のフランス選手権でも最終登坂で仕掛けた。このときはブライアン・コカール(B&Bホテル・ヴィタルコンセプト)とアルノー・デマール(グルパマ・エフデジ)に追いつかれたが、幸いにしてデマールはツールをパスした。
第15ステージ
9月13日/リヨン→グラン・コロンビエール
上級山岳 174.5km
[勝者予想]プリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)
[見どころ]ふざけたステージである。褒め言葉として。このステージ、フランスで「最も厳しい峠」だと言われる「グラン・コロンビエール」を2度も登るのだ! 誰がこんなコースを考えようとしたのか。一度目は西側からよじ登り、山頂から直線で1キロも離れていない中腹のラ・セルで折り返す。『もう一度登り直すのか』とライダーたちの心をへし折ったあと、次は全く別の1級山岳「ラ・ビッシュ峠」で山塊の反対側に下り、最終的に最大勾配22パーセントのグラン・コロンビエールを今度は西から登っていく。ここを制する者が、今年のツールを制するはずだ。
(9月14日:休養日)
第16ステージ
9月15日/ラ・トゥールデュパン→ヴィラール・ド・ラン
上級山岳 164km
[勝者予想]ピエール・ラトゥール(アージェードゥゼール)
[見どころ]スキーリゾートの3級山岳にゴールする。その手前20キロメートル地点に1級山岳「サン・ニジエ・デュ・ムシュロット」が用意されているが、登ってからの平坦の長さを考えると総合争いをする選手たちは勝負に出ないだろう。自由を得たアージェードゥゼールのクライマーが暴れるには打って付けの場だ。もちろん、リリアン・カルメジャーヌ(トタル・ディレクトエネルジー)が活躍すれば、表彰台の番人を襲名しつつあるトマ・ヴォクレールが、後輩の活躍を相好を崩して出迎えるに違いない。
第17ステージ
9月16日/グルノーブル→メリベル ラ・ロズ峠
上級山岳 170km
[勝者予想]ミゲル・アンヘル・ロペス(アスタナ・プロチーム)
[見どころ]レースディレクターのティエリー・グヴヌーは「巨大な戦場だ」と言い、大会委員長のクリスティアン・プリュドムに至っては「地獄になる」と話したという(大会公式プログラムより)。総合勢を襲う地獄といえば、2014年の第5ステージが思い浮かぶ。雨の石畳ステージでクリストファー・フルームが餌食になり、生き残ったヴィンチェンツォ・ニバリが同年の総合優勝に輝いた。今年はツール初登場のロズ峠が約束された地獄絵図となる。標高2304メートルを極める道は距離21.5キロ、平均勾配7.8パーセントで、最後の5キロは約10パーセントの勾配が続く。標高を味方にできるコロンビア人ライダーには、少しだけ天国からの光が差しているかもしれない。
第18ステージ
9月17日/メリベル→ラ・ロシュ・シュル・フォロン
上級山岳 175km
[勝者予想]タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)
[見どころ]スタートから1級、3級、2級、1級、超級の各山岳をこなし、スイスとの国境に近い麓の街、ラ・ロシュ・シュル・フォロンにゴールする。もし前日の疲労が残っているなら、総合争いは休戦となるかもしれない。山岳賞のポイントを荒稼ぎしようとするクライマーたちが先行し、上位に踏みとどまっているライダーたちは後方のプロトンで脚を休ませる。落とし穴は一カ所。超級山岳「ル・プラトー・デ・グリエール」の頂上から先、2キロ弱の未舗装路が待ち構えているのだ。石が飛び出した荒れた道。疲れで障害物を避けられなかったり、悪運を引いて石にプスリとやられたりするわけにはいかない。
第19ステージ
9月18日/ブール・カン・ブレス→シャンパニョール
平坦 166.5km
[勝者予想]サム・ベネット(ドゥクーニンク・クイックステップ)
[見どころ]ピュアスプリンター向きのスプリントステージになる。ゴールの1キロほど手前にテクニカルなカーブがあり、逆バンクになっているようだが問題はなさそうだ。ゴール直前には踏切がある。列車は1日3往復。プロトン(集団)がどんなに遅刻しても、遮断機に通せんぼされることはない。
第20ステージ
9月19日/リュール→ラ・プランシュ・デ・ベル・フィーユ
個人タイムトライアル 36.2km
[勝者予想]ミハウ・クフィアトコフスキー(イネオス・グレナディアズ)
[見どころ]今大会で唯一のタイムトライアル。最近のツールでお馴染みとなった「ラ・プランシュ・デ・ベル・フィーユ」に登る山岳コースで、有力選手は登坂直前の30.3キロ地点(残り5.9キロ地点)でタイムトライアルバイクからノーマルバイクに乗り換えるだろう。クライマー勢がタイムを失うレイアウトではなく、余程のバッドデーでもない限り、ここで順位が入れ替わることはない。優勝のチャンスは誰にでもある。翌日はアシスト不要の最終日。スプリンターチーム以外の選手たちは解き放たれたように自由気ままに走っていく。特に登れるタイムトライアラーは楽しそうに走るに違いない。
第21ステージ
9月20日/マント・ラ・ジョリ→パリ シャンゼリゼ大通り
平坦 122km
[勝者予想]カレブ・ユアン(ロット・スーダル)
[見どころ]シャンゼリゼ大通りのステージを昨年はカレブ・ユアンが制し、軽量のスプリンターであっても石畳で勝てることを証明してみせた。シャンゼリゼのくせ者の石畳はこれまで、アンドレ・グライペル(イスラエル・スタートアップネーション)、アレクサンダー・クリストフ(UAEチームエミレーツ)などの重量級に用意された花道だったが…。おそらく例年以上に大会期間中のリタイア者が多い。この日の小さな集団から「ポケットロケット」が飛び出てくる構図は、十分に予想できる。
機材差よりも「慣れ」が問題か
少しだけ機材について述べると、優勝候補の2チームは、イネオス・グレナディアズがピナレロの「ドグマ F12」、ユンボ・ヴィスマはビアンキの「オルトレ XR4」をベースにしている。2チームともにディスクブレーキモデルは用いない模様で、制動力よりも交換のしやすさを優先している。コンポーネントはいずれもシマノのデュラエース。
機材差が出やすいとされるタイムトライアルバイクを使用するレースは、今大会は第20ステージの平坦部分のみ。大会を通して、純粋にチームと個人の力で勝負できるのではないかと思われる。
ただ、今年は十分に自転車に乗れていない選手もいるだろう。移籍にともなってメーカーが変わった選手は、まだ特性に慣れていないかもしれない。それに、コロナ禍によるチームやメーカーの予算縮小を受け、バイクの種類を絞らざるを得ないチームがあっても不思議はない。そもそもコロナ対応によるストレスも大きいはずで、2週目、3週目と進むうちに、想定外の疲労が選手に出る可能性はある。
チームとしての練習があまりできなかったため、ボトル渡し、機材交換などレースをする以外の部分でのトラブルもあり得る。さまざまな不確定要素との戦いが待っている。
プロトンを束ねるリーダーは誰?
最後に、今大会でのプロトン(集団)のリーダーついて、不安とともに述べておきたい。
近年のグランツールでは、言うまでもなくクリストファー・フルームがプロトンのリーダーだった。レース中に大会側の車両に近寄り、様々な相談をしている姿も見られた。2017年のブエルタ・ア・エスパーニャ最終ステージでは降雨で滑りやすくなっていたため、その対応について協議している。プロトンのリーダーとして選手側の意見を反映させるためだ。
これは実力者か、集団をまとめるリーダーシップがある選手でなければできない。ベテランでも天然系には務まらないし、過去の優勝者であっても周りが話を聞いてくれるような資質がなければ務まらない。今年のメンバーを見ると、ジュリアン・アラフィリップならば引き受けられそうだが、総合上位勢だけの集団で何かが起きたとき、誰が対応するのだろうか。
総合争いに関係しそうな選手が機材トラブルで遅れた際、トラブルに乗じたアタックを避けるというのが不文律だが、それを愚直に守り、また、それに守られたのもフルームだ。2017年のツール・ド・フランスでは、フルームがトラブルに見舞われた際にライバルチームがアタックを仕掛けるが、これをBMCレーシング(当時)に移籍していたリッチー・ポートが抑え、フルームは事なきを得た。
今やトラブルもレースの一つとはいえ、スポーツマンシップに則った部分も必要。サッカーでもケガで選手が倒れた際、リスタートは相手チームにボールを返すところから始まる。一定の不文律を守り、毅然とした振る舞いを自らがするだけでなく、周りに促せる選手がどれだけいるのか。新しい時代のエースを探して、今年は競うという部分以外にも注目していたい。