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監視カメラを覗く時、監視カメラもまたこちらを覗いている
ビルという鉄の塔。
こんな鉄の塊が、放置しておいて機能を為すわけがない。
誰かが操作し、誰かが直し、誰かがキレイにしているのだ。
僕はビルメンテナンスの営業をしている。
業界を選んだ理由は、正直言うほどでもない。
興味がないわけでもなく、
人のためにならないわけでもなく、
ビジネスモデルが優れていないわけでもなく、
面接官がいい人だったからだ。
つまり深い理由はなかった。
しかし嫌にもならないところを見ると、我ながら収まりのいい社会貢献度の高い仕事を選べたと誇っている一面もある。
そんな営業である僕も、年に数回は現場に立つ。
某・日曜日。
設備員が忌引きとなり、応援も捕まらず、イエスマンの風上に常設されている僕に白羽の矢が立った。
課長から声が掛かれば、企業戦士である僕に「断る」という2文字はない。
日曜日の朝6時50分、僕はビルの裏口にいた。
モグラよろしく、その生涯の多くを地下の中央監視室で過ごす設備員の生態は、一般にはあまり知られていない。
朝は開錠だ。
ビルの裏口のセキュリティを解除しB1Fへ。B1F金庫のダイヤルを回し、カギ①を入手する。カギ①でキーボックスを開け、カギ②を手に入れる。カギ②でB1F防災センターを開け、キャビネットからカギ③を手に入れる。カギ③で駐車場のシャッターを開け、さらに駐車場のキーボックスを開け、カギ④〜⑥を手に入れる。さらに…
ほぼバイオハザード2だ。
なぜカギを手に入れるためのカギが必要なのか。
カギごとに所有者がちがい、それを管理するのも設備員の仕事だ。
そのあとは電圧や水質の測定、定期的な巡回、エアコンの管理、テナント対応などをしながら中央管理室で1日を過ごす。
たまに酔っ払いやクレーマーと対峙したりもする。
そして監視カメラと睨めっこ。
水曜日のダウンタウンで芸人を監視してチャチャを入れる場面がある。
小藪が「そんな動きするかー?」とか言うが、監視カメラを見ていると、そんな刹那の連続だ。
エレベーター横のステンレスに向かって、キムタクの如く一所懸命に毛先をチョねる男性を見ると、応援と嘲笑の複雑な心境が押し寄せる。
設備員も人間だ。許してほしい。
1日が無事に終わると、深い満足感に包まれた。
僕が過ごした8時間によって、ビルを利用する何千何百人の8時間が無事に終わろうとしている。
こういう当たり前をつくるのが、僕の仕事なのだ。
気まぐれでたどり着いた現在地だが、悪くないなと思えるだけ幸福だ。
そんな気持ちが毎日会社に足を運ばせている。
どうせやるなら、もっとたくさんの人の当たり前を作っていきたい。それができるポジションを目指したい。そんな事を日々、思っている。
つづく。