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1個のドーナツの向こうに
ドーナツ人気が再燃している。
いや、再燃して早数年が経っているといっていい。
不二家も昨年9月にドーナツ業態を展開し、好スタートを切っているようだ。
ミスタードーナツの高付加価値戦略による売り上げ回復、コンビニドーナツの定着など、ここ10年でドーナツという食べ物は日本人の食に急速に溶け込んだ。
そんな昨今だが、僕にはドーナツの穴の向こう側に一抹の苦しさを感じる時がある。
特にセブンイレブンのドーナツを見るたびに苦いような渋いような記憶が蘇るのだ。
各社のドーナツマーケティング戦略を語る上で、四苦八苦する製造現場を忘れてはならない。
2015年の春、僕はドーナツ工場にいた。
爆発的な売り上げを記録したコンビニコーヒーに合うものを。
バーターを探すようなノリで、僕が新卒で入った大手パンメーカーはドーナツ製造計画を進めていた。
2015年、新卒研修が急に切り上げられ、急遽広島に異動となったウエダ青年。
どう考えてもドーナツ製造要員としての徴兵令だ。
赤札代わりの辞令によって、油にまみれた1年が始まった。
延々とミキサーで生地をこね続ける者。
延々と油に浮いてるドーナツをひっくり返す者。
延々と流れるドーナツにチョコをかける者。
延々と流れるドーナツを4つずつトレーに乗せる者。
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僕は油に浮くドーナツをトングで裏返すポジションだった。
チャッキ チャッキ チャッキ チャッキ……
規則正しいリズムでオールドファッションを産み落とすマシン。
初めのうちは
「リズムゲーみたい!!♩」
とか思っていたが、8時間ずっとこれだ。
クソゲーオブザイヤーまっしぐらだ。
寝ても覚めても
チャッキ チャッキ チャッキ チャッキ……
「もう止めてくれ!!!」
「誰か代わってくれ!!」
「銀行の受付とかAIじゃなくていいから、ドーナツひっくり返すのをロボット化してくれ!!」
何度思ったことか。
それでも現地の中国人・韓国人・インド人・ブラジル人と協力し乗り越えた。
たまに元コックのインド人・クマールのナンも食べた。
そんな苦労の向こう側に、今日のコンビニドーナツがある。
本当はドーナツのマーケティング論ておもしろいという話をしようと思ったが、
あまりにも記憶が強烈すぎて趣旨が変わってしまった。
1つのドーナツの穴の向こうには、たくさんの人の苦労がある。
甘いばかりがドーナツではない。
そんなドーナツに思いを馳せるのもたまには良いと思った。
つづく。